暗躍-2
同日 22時30分
東京、羽田国際空港
飛行機のビジネスクラスに乗り込むと、
休養を取った。
アルバートは読書をしているようだったが。
アルバートと仕事を一緒にするのは2回目だった。
俺は長らく地中海支部で活動を行っていたので、
アルバートとはグリーンランド本部のラボ以来、
面識がなかったのだ。
アルバート=ファインマン。
身長は約5.6フィート、
どちらかと言うと小柄な方で、
髪の毛はアッシュグレー、
長めで無造作にしていた。
どこか人を見透かしたようで
あまり好きなタイプではないが有能な事に
疑問はなかった。
それに、自分が好きかどうかなんて
大した問題じゃない。
何しろ、作戦さえ立ててしまえば、
一緒にいることはほとんどないのだから。
グリーンランド本部で、
俺もアルバートもiPS細胞のスペアの身体が培養されている、
言ってみれば『交換の利く兵士』だった。
幼少期から青年期に、
なんだかの理由で集められた有能な50人が被検体になり、
iPS細胞を使って様々な実験が水面下で行われた。
強靭な兵士を作るため薬物や機械化で、
肉体や頭脳強化を行われたのが半分の25名。
一方、兵士として有能に育てて、
身体の全ての部分を培養されスペアの利く兵士として
訓練されたのが俺やアルバートのような25名だった。
俺たちは、薬物や機械化を施されなかった代わりに、
毎回ミッションごとに脳の並列化を義務図けられている。
俺たちの組織では21世紀初頭に
f-MRIが大きく進歩したおかげで、
既に脳科学が大きく発達し、研究し尽くされ、
脳のどこの部分でどこが活動して
記憶中枢の海馬に記憶されるか解明されていた。
そしてスペア脳に同じ電気信号を受けさせ
記憶の並列化と、学習を施しているのだ。
だから、ラボで知り合いだった誰かは
既に脳にダメージを受けて、
脳の交換が行われているかもしれなかった。
実際、俺も定かではない。
もし、俺の脳が代わっていたとして、
周りが黙っていたら
どうやって見分けをつけるのだろう。
一応、オリジナルの脳とされているが、
そういう点で、交換されていてもわかるわけもなかった。
既に俺の身体は地中海での任務
『第一次東欧戦争(2038年)』で脳から下は交換している。
その点、隣で読書をしているアルバートは優秀で、
まだオリジナルの身体を保っている。
まるで、実験動物のような扱いにだんだんと嫌気がさす。
地中海支部の任務時で調子に乗って、
殺意のまま動いているときM-16を持ったまま
右腕を吹っ飛ばされたのだった。
身体のバランスが悪くなるとかで、
結局、脳を除く全身換装を余儀なくされ、
リハビリも苦労した。
最も、実験動物のような俺でも
生きているのだとも思ったが。
さて、俺は寝よう。
アルバートはよく本を読んでいるが、
何が楽しくて読んでいるのやらさっぱりわからなかった。
所詮、俺たちは使い捨て、学習して何になる…。
必要な学習は効率よく脳に
組織が叩き込んでくれるのだから。
◆
ジョンは眠ったようだった。
会話をしていて、これは直観だが、
ジョンもあまり使えないと思う。
実戦経験を積んでいる分、
普通の兵士よりは有能かもしれないが、
洞察力と緻密な思考に欠ける。
僕たち兵士は、行き当たりばったりではいずれ死ぬ。
ジョンも、僕も、恐らく
『実験動物のような生活』に
うんざりしているのは一緒だろう。
だが、それを転覆させようとは思わないのだろうか。
この僕たちを虫けらのように
管理しているヤツらをいつか、
スムージーのようにバラバラにしてやりたいとは
思わないのだろうか。
ジョンも、この『実験動物のような生活』に
嫌気は差しても、既に飼い慣らされているのだ。
慣れは恐ろしい。
ほとんどの事にみんな慣れてしまう。
常に新鮮な気分でいるために
本は欠かせないもののひとつだった。
ハワイ支部へ帰って脳波検査を受け、
グリーンランド本部のスペア脳に
同じ記憶を並列化したとしても、
僕自身が何を考えているかまでは
今の技術でf-MRIを利用してもわからない。
だから、安心して反逆心を持つことができる。
こういう反逆心を持った時から、
まず何を考えているのかわからないように
心理学を使ってごまかすすべを学んだ。
隣にいるジョンも
恐らく僕を好きではないだろうが、
これはジョンに限った事ではなかった。
心理学に従って行動すると、
人からあまり好かれないようになった。
普段から自己顕示欲を出すようなしぐさを見せれば
当然だが構わなかった。
特有のからかうような仕草だ。
親切にさえしていれば、
人は表立って好戦的な態度は取ってこない。
例え嫌っていたとしても。
次に、この僕をモルモットのように
使う組織にどのようにすれば復讐できるのかを
考えている。
僕をこの組織に巻き込んだ父親を
バラバラにしても気の済む問題でもない。
組織まるごと、
地球上から跡かたもないようにしてやらねば。
僕たちの組織は、一見すると
普通の会社のように部署ごとに分かれ、
専門分野を持った、緻密な組織に見える。
だが、これは単なるリスク分散だ。
ジョンのように所属部署が変わっても、
組織のトップが誰なのか、
どのように意思決定をしているのか、
まるでわからない。
そもそも、情報部はどうやって相反する国、
例えば中国とアメリカ、
などから依頼を受けるのかも謎だった。
どこにそれだけの人脈があり、
足跡がつかないのか。
テロの需要はあっても先進国の当局にすら
情報がリークされないのは、
何だかの理由があるからに違いなかった。
いけない、復讐を考え出すと、
ついつい深くのめり込んでしまう。
思い直して、読みかけの本を再び読み始めた。
1月9日 13:00
ハワイ島
ここは、ハワイ島の地下200メートルに作られた、
僕たちの所属する
組織<シンフォニー>のハワイ支部。
ホノルルから観光用の潜水艇を乗り継いで、
小型の軍事用潜水艦に海中で乗り換え
この地下基地のドッグまで入港する。
無論だが、この観光用潜水艇自体が
カモフラージュで、
僕たちの基地に向かうときは
貸し切りになっていた。
さらに、アメリカ海軍のソナーですら
探知できない小型の流体電磁推進の潜水艦で入るため、
パールハーバーの近くであっても、問題なかった。
ハワイ島自体が、火山島であるため、
誰も地下基地を建設するとは考えない。
僕らの組織のAIが叩きだした計算で、
火山活動があっても深刻なダメージを受けない地区に
建設している。
僕らの組織のAIはビッグデータを統計的に処理する先進国家の
統計処理型AIではない。
量子コンピュータを利用している点で同じだが、
微積分型AIになっている。
もちろん統計処理も行うが、
物事の因果律がしっかりとわかるシステムなのだ。
10:30にホノルルに到着して、
この基地までまっすぐ帰還すると、
すぐに脳の並列化チェックを行う。
一番嫌な時間だが、
痛みなどは伴わないため、
時間が過ぎるのを待つだけだった。
20分ほどで終了すると、
昼食をとって、コーヒーを飲んでくつろいだ。
そして、今のブリーフィングに入っている。
今回は上陸とその後の撤収まで作戦会議で、
ブリーフィングルームには、
作戦指揮官、ジェファソン大佐、ハワイ支部陸戦部隊指揮官
艦隊士官、ジョンソン中佐、潜水艦<ドヴォルザーク>艦長
陸戦士官、スティール少佐、今作戦の陸戦指揮官
陸戦士官、ファインマン大尉、今作戦の実践部隊員
陸戦士官、ブラッグ中尉、今作戦の実戦部隊員
情報部分析官、ライアン中尉、今作戦の実戦部隊支援員
技術士官、ライト中尉、潜水艦<ドヴォルザーク>技術班長
の7名だった。
組織名は<シンフォニー>で、
各メカにはオーケストラ関係の名前が
つけられているところには、
ある種のユーモアーがあって僕も嫌いではなかった。
もっとも、所詮はテロ組織であり、
私設武装集団なのにも関わらず、
これほどきっちりと部署と階級が
分けられているのも面白かったが。
『さて、まずクライアントとの最終の打ち合わせにいった
ファインマン大尉より結果を伝えてもらう』
とジェファソン大佐が始めた。
「クライアントとの話し合いにより、
今作戦のパターンは事前に決めたD。
<アームド・スーツ>を使い
神戸AI自治区対岸での交通マヒを30分間行います」
『実際に、それだけでいいと
クライアントは言ったのかね?』
と訊き返す、ジェファソン大佐に、
「クライアントは戦闘関係に関して、
全くの素人で計画すら持ち合わせていませんでした」
と答えて、ここで間を開ける。
日本人の危機意識や戦闘意識の低さに皆、失笑している。
「そこで、要求自体は簡単で宣伝にもなるように
<アームド・スーツ>での交通マヒを提案し、了承を得ました」
『具体的に、光学迷彩の使用や、交戦規程は提示されたか?』
とスティール少佐。
「いえ、これに関しても、
こちらがどういう方法でまでは
彼らは検討していなかったようで、
『任せる』とさじを投げられました。
ただ、交戦規程は、民間人の死傷者はゼロ、
軍や警察関係も被害は抑え、
建物への損壊も抑えるように、とのことです」
『そんなことで、2億ドルも出すのかね、彼らは?』
とジェファソン大佐が聞いてきたので、肩をすくめて
「我ながら、いささか笑いをこらえるのに
大変でした。以上です」
と返しておく。ジェファソン大佐が続いて、
『ブラッグ中尉、何か補足があるかね?』
とジョンに聞いた。
『いえ、ありません』
とジョン。
『では続いて、情報部、ライアン中尉。
既にファインマン達の報告には目を通してあるな』
とジェファソン大佐が、ライアン中尉に作戦を促した。
『はい、大佐。
ファインマン大尉の持ち帰った交渉内容を元に、
事前計画に若干の修正を加え最終作戦にしております』
そう言ってライアンは前の有機ELパネルに映像を表示させる。
ジェファソン大佐もパネルを見るため椅子に腰をかけた。
『クライアントの要望は、
日本がAI自治区と称する
このポートアイランド、六甲アイランド。
2つの人工島の対岸で日本政府の
国交省『VICS』を止めることにあります』
ライアンは揚陸ポイントをしめし、
『この人工島の周囲220ヤードは
ソナーでの警戒が厳しいため、
当日の天候に合わせて揚陸ポイントを東と西に分け、
都合のいい方を利用します。
東側を西宮浜という場所に設定しファインマン大尉、
西側を和田岬という場所に設定しブラッグ中尉、
それぞれに担当してもらいます』
『それで、どちらを優先するのだ?』
スティール少佐が聞くと、
『支障がなければ、より障害物の少ない
東側から上陸を考えています』
『それで』
スティール少佐が続きを促した。
『任務時間40分で予定し終了したのち、
西宮浜という場所より海中に潜り水中推進で
六甲アイランドの東2マイルの地点で
<アームド・スーツ>を潜水艦<ドヴォルザーク>で回収します。
回収ポイントは西側揚陸ルートでも基本的に変わりません』
『ファインマン、どうだ』
そう言ってスティール少佐が僕に促してきたので、
「問題ありません、少佐」
『ブラッグは?』
『同じです、少佐』
と実戦部隊の僕たちは問題ない意思を伝えた。
ライアンはさらに続けた。
『内通者からの情報で、
恐らく初期の迎撃部隊は、
警察庁警備部ロボット機動部隊の
大阪支部<アームド・スーツ>部隊になります。
揚陸ポイントがどちらであっても、
出来る限り交戦に有利なである深江浜、魚崎浜で
迎撃してください。
早くて交錯までは20分、
ブラッグ中尉の揚陸ポイントでも十分間に合います』
『予想される迎撃機は、どの程度の規模なんだ?』
とスティール少佐。
『大阪支部には、<アームド・スーツ>が2個小隊、
8機待機されています。
機種は第2世代型、<MAS-3>。
ですが、装備が警察使用なので、
こちらの<アームド・スーツ><アレグロ>1機で
迎撃可能と見ています』
『簡単に言ってくれるぜ』
とジョン。僕は無言を貫く。
スティール少佐が正論を言った。
『相手の指揮官にもよるな。
逐次投入してくれると助かるのだが』
これを聞いて、ライアンが続けた。
『マニュアルに従えば、
陽動を警戒して1個小隊の4機が出撃してくるはずです。
もちろん、指揮官次第ですが。
何しろ、日本政府としては
<アームド・スーツ>がいきなり都会の真ん中に
出てくることはマニュアル化してあっても、
想定はしていないはずです』
「あとは天候が悪くなり、
災害救助で出動していることを
願うのがいいでしょうね」
補足で、僕が足しておいた。
ジェファソン大佐が再び口を開き、
『作戦概要はわかった。では次、技術部ライト中尉』
『はい』
と返事をしてライトが続ける。
『今回は先ほどもライアン中尉からありました、
内骨格第2世代型<アレグロ>2機を準備します。
液化水素は行動予定が40分のため
サブパックは搭載しません。
但し、もしもに備えて、
液化水素は満タンにして最大出力で
80分の起動時間を確保します』
『異常時にはどうする気だ?』
とスティール少佐。
『これを超える任務になったときに備え、
ヘリのV-22ver.2<スーパーオスプレイ>と
UH-60ver.3<改良型ブラックホーク>の2機を
<ドヴォルザーク>搭載し、
液化水素パックを用意します』
『あとは、我々陸戦部1小隊を随時投入か』
とスティール少佐が付け足した。
『よし、わかった。
作戦開始コード、中止コードなどの細かいことは
作戦開始前のブリーフィングで決め、衛星通信で報告。
部隊の出港は15日、2200時』
一区切りおいて、
『ジョンソン艦長、何かありますか?』
『いいえ』
と短いやり取りの後、ジェファソン大佐が最期を締めくくった。
『では、皆の無事の帰還を信じている。解散』
◆