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2045年  作者: シュレディンガーの犬
6/17

暗躍-1

2045年1月9日 13:30

神奈川県横浜大黒埠頭沖 新自由自治区



大きな部屋のソファーで

2人と向かい合い交渉をしていた。


「今日は行動の概要を

 詰めに来ただけですよ」


からかうように語尾を少し上げる。

今さら金額の交渉に戻る気はさらさらなく、


「私たちは実行部隊でして、

 金額交渉権はありませんし、

 あなた方は既に同意したんですよ」


相手をあしらうように続けた。

 

恐らく、提示金額2億ドルの

再交渉から考えていたのだろう。

まったく、

日本人の『前向きに検討させてください』の

ルーズさには呆れてしまう。


それでも、クライアントの

仲介役である大黒は言葉を紡いできた。


『そうは言っても、

 私も金額の事は再交渉するように言われていて

 「2億ドルは高すぎる」というのは

 クライアントの要望なのだ』


この弁解してくる男は、

A&J銀行幹部の仲介役で大黒正志。


こういったことを仲介する専門家だが、

この大黒は我々に依頼するまでに

確か3回ミスをしていたはずだった。


『アンタの交渉成立の手当ては

 200万ドルだったかな、

 十分だと思うが成果報酬がまだ欲しいのか?』


隣に座っていた相棒のジョンが横から口を挟む。


『相談役からのゴーサインは出ているハズだ』


40歳そこそこの大黒は20代のこちらを

侮ってかかっていたようだったが、

大黒は『なぜ知っているのか』と勘繰って

早くも『自分の値切りによる成果報酬』の

当てが外れたような顔をしている。


そして、こちらが何を知っているのかと不安気に見ている。


その躊躇を見透かしたように、

唐突にジョンが話し出す。


『2037年、大統領選前に国交省「VICSシステム」の

 ハッキング失敗。

 2041年、同じく大統領選前に

 財務省「予算管理サーバー」のハッキング失敗』


普段なら脂ぎっていて不必要に健康そうに

見えるだろう大黒の顔色が徐々に白くなっていく。


『2043年、衆議院選挙前に

 「警察庁AIサーバー」のハッキングも失敗、と』


ジョンはさらに追い打ちをかけた。


『そして、今回は俺たちに依頼ですら失敗すれば、

 4回目。仲介者として終わりだな』

 

渋々ながら、

大黒は少しの嫌味を加えたものの、同意をみせた。


『わかりました、ブラッグさん、

 それにファインマンさん。ただし、成功は必ず』


「なら結構」

 

大黒はこちらの声が勘に触ったのを

隠しきれてはいなかったが、

鬱陶しい守銭奴の金銭交渉が終わり

本題に入ることができる。


「ところで」


と大黒の隣にいる女性、速水に促した。

 

速水緑は野党政治家の銀行族議員の

私設秘書で年は40歳ぐらいだったと記憶している。

大黒と異なり、不必要に健康ではなく

知的な印象を受ける。


「『神戸AI自治区の対岸でAIの信頼を

 揺るがすような事態を起こしてほしい』

 とは一体どのような事を

 貴方がたはお望みなのでしょうか?」

 

速水もまた大黒と同じように

こちらの年齢から値踏みしている印象は見て取れた。


「2億ドル出してくれるのであれば、

 それ相応の事はさせていただきますが?」

 

何でもどうぞ、と余裕たっぷりに聞く。

 

速水は、


『神戸のAI自治区の対岸で

 AIシステムに大きな不具合が出れば、

 我々は今回の神戸区で行われる衆院補欠選挙と

 次回の大統領選で優位に進めることができます。

 それを達成するプランを依頼したのですが?』


と質問を質問で返してきた。

 

コイツも隣の大黒と変わらない。

我々は、僕らが破壊工作をしたあとの

希望的結果を聞いているわけではなく、

望む破壊工作を聞いているのだ。

 

何を考えて生きているのやら、と思いながらも


「率直に申し上げて、

 優位に立つか立たないかはまず保証しかねる、

 とお伝えしておきますよ、速水さん。

 我々には選挙結果は保証できない」


と、速水の目を見て続けた。


「仮に警察や交通管制を麻痺させたからといって、

 結果的にあなた方の要求通りになるとは限りません。

 それは、その後のあなた方次第です」


『では、どうしろと言われるのでしょうか?』

 

速水の問いに対して、横からジョンが付け加える。


『要はその後のアンタ達が

 「ロビー活動や、根回し。

 そして上手く演説できるか?」

 と言うことだ、と言っているんだ』


自分とは異なりガッチリとした体型のジョンが話すと、

僕よりも威圧感があるものだ。

そう思いながら、付け足す。


「そういうことです。ただし、

 一番都合のよい行動を起こして差し上げる

 準備はありますよ」

 

何も具体的な事は考えていませんでした、

と言わんばかりの間が開き、


『専門的な事はわかりませんので、

 逆にいい案を教えてもらえると助かる。

 そういうところでしょうか』

 

完全にさじを投げている。


『ヨーロッパやアメリカで起きる事件程度か、

 東欧や中東で起きるテロレベルか、

 人は殺していいのかダメなのか、

 建物やインフラは破壊していいのかダメなのか。

 そういう質問だ』


とジョンが言うのに付け足して、


「そういうことです。

 何も思いつかないと言うのならせめて、

 人や建物をどの程度、殺したり、壊しても

 構わないのかを言っておかないと、

 せっかくの2億ドルは

 選挙の相手側に投資したことになりますよ」

 

しばらく考えて、速水は言った。


『では、民間人への被害はゼロ。

 対策要員への被害も軽微で、

 建物の破壊は極力止めてください』

 

これのどこにAIシステムの

無能さを示す力があるのか不明であったが、


「そうですか。では少しだけ時間をもらいます」


と伝えると、

隣の同僚ジョン=ブラッグと

どのパターンにするか撃ち合わせた。



あらかじめ検討してきたうちの、

パターンDとパターンFで悩んだが、

相手の金でこちらの宣伝を出来る

パターンDを取らせてもらうことにした。


「速水さん、それから大黒さん。

 あなた方が最初にもくろんだ

 国交省『VICSシステム』で運用されている

 都市高速道路を少なくとも30分間止めて見せましょう。

 それも神戸で」


『アームド・スーツを1機出し、

 姿の見える形で30分間活動する。

 その間に現れる敵は排除する。

 それで成果は十分だと思うんだが…』


ジョンは相変わらず威圧的だった。

 

どちらも困惑しているようであったが、

先に速水が同意を示す。


『わかりました、それでお願いします。

 但し、死者や損壊は出来るだけ避けてください』

 

大黒は簡単にはいかなかった。


『そんなこと、可能なのか。

 第一、「VICSシステム」をハッキングするだけで

 十分だと思うんだが』

 

確かにそうだ、パターンFは

まさにそうだった。

だが我々はパターンDを勧めているのだ。

 

そこで、当たり前のことでねじ伏せる。


「大黒さん、貴方はわかっていない。

 2037年、どうして『VICSシステム』を乗っ取れなかったか」


『それは決まっている。

 私の仲介した組織が下手だったからだ』


「確かにそうなんですが、

 もっと重要な事が抜けているんですよ」


と肩をすぼめて言った。そして続ける。


「国交省の『VICSシステム』の触れ込みは、

 軽快な移動手段としての車社会、

 です。子供から老人まで、誰でもオートで乗れる」


『そんなことは言われなくてもわかっている』


「じゃあ、『VICSシステム』が実は

 非オープン回線で運用されていることは

 ご存じですか?」


『それはどういうことだ』


「あのような一度乗っ取られると厄介なシステムは、

 Webのようなオープン回線で

 運用すると危険極まりない」


『確かにそうだが…』


「だから、システム自体は閉鎖されているんですよ。

 Webで閲覧できるのは国交省が作成した、

 別系統で管理されているシステムです」


『だから、何が言いたいんだ』


ここで、我慢の限界がきたのかジョンが割り込んだ。


『つまり、「VICSシステム」を乗っ取るなら、

 道路に降りて直接端末でハッキングするか、

 国交省の独立AIシステムを

 乗っ取るしかねぇんだよ、わかるか?』


頭の上で疑問府を浮かべている大黒に説明する。


「貴方がかつて仲介した方々が、

 どのような説明を貴方に説明したのか

 知りませんが、ブラッグの言ったように

 直接国交省へ乗っ取りに向かうと、

 当然死人が出ます。

 さらに、道路に設置されている端末から

 進入しても交通機動隊がすぐに

 駆け付け戦闘になります」


『つまり、速水さんの言う様にならないってこった』


とジョンが付け加えた。

 

今でもよくわかっていない様子に見えたが、

渋々大黒も同意した。


『わかった…、ではそれで頼もう』

 

恐らくは、大黒自身が立案した

『VICSシステム』の2037年での乗っ取り計画を

今度こそ成功させたい、

という見栄があったのだろう。

まったく慾深いだけが取り柄だな、と思う。

 

交渉はこれで終わった、日次だけ伝え


「こちらの予想では1月22日を最大にして

 大型の爆弾低気圧で日本列島が2年ぶりの

 大雪に見舞われるハズです。

 その撤去作業で警察庁が

 作業に追われる辺りを狙います。

 1月24日から27日を見ておいてください」

 

席を立って、部屋を離れる前に

大黒に向かって改めて確認のため言っておく。


「大黒さん、前金は当然1億ドルもらう予定ですが、

 後金は計画が実行されたら30分の間に

 必ず言われた会社の株を1億ドルで買い取ってください。

 売買不成立の場合はA&J銀行の

 神戸地区の支店がいくつか吹き飛ぶと

 クライアントにくれぐれもお伝えを」


『わかっている』


とあくまでも強がって答えてくる。

 

もっとも、僕にとって金のことなどどちらでも良かった。

所詮は情報部の仕事だ。



      ◆



同日 15:30

東京 羽田国際空港



ハワイ行きの便を待つために

クライアントが用意してくれたラウンジへと移動し、

相棒のジョンと他愛のない会話を交わす。

テロ計画の全ては支部へ戻ってからでないと

軽々しくに口にできなかった。

しかも作戦は僕たちが作るものでもない。


「日本のAIシステム管理による交通システム

 『VICSシステム』は完成された

 一つの車社会のあり方だ。

 現にこれで僕たちもここまで送り届けられたが、

 不満は全くない。

 それを壊そうというのだから、

 同じ国民とは思えないね」


『俺もそう思うぜ。少なくとも、渋滞なし、

 事故なし、ユーザーにも安値。文句はないわな、普通』


「その様子だと文句言いたげだな?」


『車の魅力ってのは自由に乗りまわせることだろ、

 それがない社会ってのはどうもな…』


「『VICSシステム』下で自由に乗るには

 ライセンスが必要らしいが、それよりもサーキットで、

 その需要を日本政府は満たしているようだな」


『起きて、ハイテンションでぶっ飛ばしたい気分の時もある。

 人間ってのはそういうものだろ』


この会話で彼、ジョン=ブラッグの性格がよくわかるのだが、

彼はいつも意識的に先のことは

考えないようにしているようだった。

 

身長5.9フィート、

ちょっと毛を出したスキンヘッドで筋肉質。

少しだけ愛嬌の持てる顔をしていなければ、

誰も近寄らないだろう。

 

会話を変えたいと思い、


「だけれど、誰もが時速190マイルで

安全に走れるわけじゃないからな、

仕方ないだろう。それよりも」


『何だよ』


「この国のシステムはどこか違和感を覚えるよ、

 自由なのだか、管理が徹底しているのやら、

 何がしたいのか全く分からないね」


『そりゃ同感だ。AIの管理する交通システムで

 俺たちを送ってくれたのは「私設警察」ときている。

 完全にイカレてる』

 

そう、日本には数年住んだことがあるはずだが、

昔はもう少し人を信用できる社会だったような気がする。

近くに住むお年寄りは自分に良くしてくれた。

 

それが、今は安全も金で買う時代なのだ、

公的警察とは別に警備会社ではない、

私設警察が存在するのだから。

 

私設警察、彼らは必要に応じて警察権限を

与えられることになっている。

ただ、公的な警察官と異なり

その権限は雇い主しか守らないことが多い。

 

だから例え、私設警察官の前で

銃殺される人間がいたとしても、

契約した保護対象で無ければ

権限は行使しない。

この国はどこかおかしく思えるのだった。

 

まだ新自由自治区だけの

特例で助かったと思う。

これ以上思い出の日本と

かけ離れたものにしないでほしいものだ。

 

物思いにふけっていると、ジョンが


『まあ、新自由自治区内では

 警察が自由化されても平和なのだから、

 どこか上手くいっているのだろうさ。

 それに完全に管理されている

 俺たちが皮肉るのもヤボってもんだ』

 

確かにそうだ。日本人はまだ自由だ、僕たちに比べれば。


「さて、まだまだ時間はあるが、何をしようか」


 

テロリストがテロリストらしく

身動きせずに過ごすのも性に合わなかったが、

結局はマッサージチェアを利用して

ジョンと話すだけだった。

雑誌を手にとって

ペラペラとめくりながら雑談をする。


「この国が、数々の格付け会社の予想を裏切り、

 未だ世界5位のGDPを誇っていられるのは

 なぜだろうね」

 

かつての予想で日本はすでに

8位まで落ち込んでいて当然だった。


『そりゃ、俺たちの行ったような

 自治区制度や特別貿易州の導入、

 それと労働人口を増やしたのが

 成功したからだろうさ』


「やはりそう思うかい」


『良いか、悪いか。

 それは別にして成功しているのは事実だろうさ』


「そうだね、

 今のところこの制度に追い付いた国はない」

 

日本は、大統領制の導入と同時に、

色々なシステムを入れていた。

中でもジョンが言ったように、

教育を今までから見直し、

15歳以上で働く人口が急増したことと、

80歳になっても働ける

医療体制を作ったことが大きい。


「でも僕は、田舎を切り捨てたことも

 大きいと思ってる」


『切り捨てたってよりも、

 田舎の良さを保つための工夫じゃないか?』


「確かに、『壊す公共工事』なんてことを

 考えたやつも、

 それを実行したやつも

 今までの常識にとらわれない点で怖い存在ではある」

 

過疎地域で、公共サービスの採算に合わない地区は、

現在の日本社会では出張型のサービスで対応している。


そして、一時は維持すら難しくなった

インフラを赤字国債で対応していたのが

大きく変わったのだ。

 

『壊す公共工事』とは、

維持するだけ無駄な

官庁舎、道路、上下水道、ガス、電線、

通信インフラを全て無くして

そこを農業や林業といった、

一次産業に変換する政策であり、

およそ今までの『作る公共工事』とは

一線を引いていた。


「僕は、何と言うか、

 田舎ほど人のつながりが強く、

 都会ほどAIに頼った脆い社会だと感じているよ」


『日本の田舎に行ったことがあるのか?』


「ああ、大統領制の前の話だけれど、

 しばらく住んでいた」


『で、どう違うわけだ?』

 

そう聞かれたので、もっている雑誌を振りながら


「今や、雑誌と言えばほとんど電子書籍で、

 こういった紙の雑誌は

 紙質からして高級感があって、VIP向けの作りだろ」


『そうだな』


「それ以外の本は全て電子書籍だ。

 だが、田舎に行けば、まだまだ紙の本が、

 僕のときはあったよ」


『それが、ありがたいことなのか?』


「電子書籍は便利だが

 本棚に並ばないからその読んだ冊数の実感がわかない。

 いずれ、僕たちのようでも無ければ、

 読んだものも忘れてしまう」


『それは、電子書籍でも同じことだろう』


「だけど、微妙に違うんだ。

 背表紙が見えていると、

 その本が何だったか考えることがある。

 それが記憶の定着に繋がるのだと思う。

 そして、その本にまつわるエピソードも思い出す。

 本とはそういったありがたい側面があると思う」


『それが、日本の都会人には抜けている、と』


「そう思うね、少なくとも

 すぐWebで調べる、購入し、

 知を苦労せずに手に入れるやつは

 あまり信用できない」


『まぁ、そりゃ言えるわな』

 

意見が同意に達した所で、

そろそろチェアも飽きた。

少し早いが夕食へと向かうとしようか、

とジョンを促した。


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