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2045年  作者: シュレディンガーの犬
5/17

出発-3

同日 12時30分

兵庫県三田郊外、旧小学校跡地


小学校も子供の減少に伴って

少なくなり、

今は学校教育すら見直され

廃校になった校舎は少なくない。


今日の昼食がなぜこんな

殺風景なところになったかというと

美鈴を除いた2人、

神蔵先生と俺が弁当だったからだ。


美鈴は、

一人でどこかで食べてきたら

と神蔵先生に勧められたが、

結局断ってスターバックスの

テイクアウトを買うことにしたようだ。


俺も神蔵先生の分と一緒に、

ラテとコーヒーをそれぞれ買っていた。


養母の弁当はいつも楽しみだった。

今、幸せに生きているのだと

実感をするのも

こういう『家庭のぬくもり』を

感じる瞬間だ。


普通の家庭なら

そうでもないのだろうけれど、

自分にとっては特別だった。


今日は、


ちりめん山椒のかかったご飯、

鶏のから揚げ、

高野豆腐と里芋の煮物。

それとフルーツミックスだった。


高野豆腐やフルーツミックスは

ラップにくるんであって、

丁寧な作りに感謝する。



手を合わせて、いただきます、と

小声でいって食べようとすると、


『いつもながら、気持ち悪い仕草だねぇ、聖』


と美鈴。


確かに、イイ大人の男が

こういったことをしていたら

気持ち悪いのかもしれないが、


「いいじゃん、別に。

 それに先生もしているよ、ほら」


と神蔵先生を見ると同じく、

いただきます、

と手を合わせていた。


『神楽君に同感だ。

 感謝するね、やっぱり。

 しばらくは外食が続くし、なおさらね』


と奥さんの作った弁当を食べていた。


『先生の場合は私もわかりますけど、

 聖は親に作ってもらってるんですよ』


『両親もそれなりに心配するさ。

 弁当はないかもしれないが、

 君の両親もそうだろ、毛利君』

 

見事に当たりだったのか

押し黙ってサンドイッチを食べながら、


『そりゃ、そうですけど』


と、小さな声で返していた。

 

俺は、関係ないって感じで食べている。

良く噛んで食べるので

食事中は会話が極端に少ないし、

それに食べるのも遅いので、

会話は食後に楽しむことにしている。


自分が最後になってしまったが、

食事が全員終わって、

トランスポーターの換気をするため

少しドアを開けることにする。


「僕、少し散歩しようと思います、

 先生。ゴミ、一緒に捨ててきますよ」


『ああ、ありがとう、神楽君』


と手渡され、同じく


「美鈴もゴミ捨ててくるから、

 ちょうだい」


と声をかけると、


『私も一緒に行っていい?』


と返してきた。


珍しい、

いつもは寒いから

ゴミを渡されることが多いのに。

 

そう思いながら、


「別にかまわないよ、

 それにしても珍しいね」


『いいじゃない、別に。どこまで?』


「近くのコンビニで捨てて、

 飲み物を買うかな。

 あと、トイレに寄る。

 言っておくけれど往復で1キロあるぜ」


と、一人で行けるように

悪い情報を伝えてみたが、

美鈴は構わないようだった。



毛利美鈴、

身長は165センチぐらい。

スラリとした体型とロングヘアが似合っており、

髪を勤務中は一つにバンスで束ねて

後ろにおろしている。

大きな瞳で猫目、愛嬌のある顔が特徴で、

過疎地の訪問先では

いつも人気あるキャラクター。


今回の勤務で、

同じチームになるのは5回目になる。

頼りになる看護師だった。

 


歩いてコンビニへ向かう途中、

美鈴が今まで言ったことのないことを

尋ねてくる。


『あんまりプライベートな事だから

 聞いて嫌だったら、あれなんだけれど?』


と一瞬戸惑い、


『聖がこうやって、食後に散歩へ出るのは、

 やっぱ病気のせいなの?』


と言ってきた。

 

別に隠すことのものでもない。


「ああ、そうだよ。

 人によって違うみたいだけれど、

 俺はこのほうが調子いいみたい。

 腸が動くからかな」


『そう。外務部へは自分で希望したの?

 その…、

 身体の事を考えると、

 決まった場所で勤務している方が安心じゃない』


「ん~、確かにそういうことも考えたよ。

 でも、出来れば隠したいし

 気を遣われるのは好きじゃない。


 外務部は事情もあって、

 勤務していることもあるけれど、

 希望はしたかな。


 単独行動が多いから、

 誰にも気兼ねしなくていいところが

 気に入っている」


『ふ~ん、そっか』


「それが、どうかしたか?」


『いや、たまに聖と同じ病気の人を

 見るんだけれどさ。

 もちろん軽い人も見るけれど、

 辛そうにしている人は治らないみたいで、さ』


一呼吸おいて、


『そう思うと、聖って強いなって思うんだよ。

 移動中、たまに血液検査するじゃない。

 いつもいいわけじゃないけれど、

 あまり見せないもんね。悪そうなところ』


「悪いのを嘆いて治るなら、

 いくらでも嘆くけど、

 そうじゃないからさ。


 だったら、

 明るく振る舞っておくのが一番じゃん。

 周りに気を遣わせたくないし、

 多分遣ってもらうのも嫌なんだよ、俺が」


『やっぱり強い、聖は』


そう言うと、

見えてきたコンビニへ向かって軽やかに走り出した。


『私、先に行ってデザート見てる』

 

俺は、走らなかったけれど、

久々に甘い飲み物でも買って帰るか、

と思いながらコンビニへ向かった。



午後は、別の交番へ行き、

午前中と同じく勤務の警官と一緒に

訪問家庭を3件ほど訪ね、

荒れて所有者不明の農地を見回った。

 

訪問家庭は午前と異なり問題がなかったが、

荒れた農地は検察庁大阪支部とオンラインで

やり取りすることになった。


春までに何とかしたいと思い、

ライブ映像で確認をとりつつ

過去の巡回警官や

外務部の経産省農林局員の過去データと一緒に

検察へ提出し、強制買収手続きを

依頼したのだった。

 

その後の訪問先でも問題なく業務が終了し、

今日一番厄介だったのは

午前の捜査令状を取った訪問宅だけだった。


結局DVが発覚し、所轄警察に引き継いだが、

DVだけは見ると嫌になるのだった。



同日 21:30

兵庫県三田北部、国道176号線沿い


 

最初の宿泊地は

水素ステーションのモーテルだった。

 

外務部が泊まるのは、

大体はこのパターンでホテルなどは少ない。


元々、この外務部という構想が、

郊外や過疎地で行政の建物や人員が常時の必要ない地域、

の予算削減のため作られたこともあり、

低価格で泊まれる場所が多かった。

 

今回一緒の外務省、藤原一等書記官などは

本来は外務省で別の任務であれば

普通にホテル滞在しているはずだった。


なぜ、好んで外務部の仕事を引き受けたのか

とさえ思うのだが、

それは警視である俺も一緒だから、

人のことは言えない。

 

夕食は宿舎とは打って変わって

豪勢に三田牛のすき焼きだったのは

嬉しい限りで、

こういったことがあるのも

外務部での仕事の楽しみだった。

まあ、夕食は自腹だから

豪勢にしても誰からも文句は言われないからだが。

 

夕食を終えて、

モーテルに戻ると

各自翌朝まで自由。


これが23日間続き、

途中に設けられる休日以外はこの調子だった。

 

俺は戻るなりいつものように散歩し、

モーテルでシャワーを浴びると、

ロビーにノンアルコールビールを買いに自室を出た。


明日も、日の出前には起きてジョギングをするから

これを飲んだら眠る、

そう思って降りてくるとばったり美冬に会った。



モーテル2階が客室、

1階にちょっとした販売機、

ロビーと外に出るとコンビニが併設されている。

2階の廊下で出会い、

相手の姿を見てコンビニではないと悟る。

自分も同じような格好、

パジャマにコートを羽織って隠しただけ、

をしていたからだった。


「飲み物ですか?」


『ええ、眠る前にちょっと。聖さんも?』


「ノンアルコールビールを飲もうかな、と」


『そういえば、夕食の時も

 ノンアルコールでしたね』


「ええ、飲めなくはないと思うんですが、

 やめてるんですよ」


『やっぱり、病気の関係で?』


と間を開けて、


『あっ、ごめんなさい。

 今回チームリーダーなので、

 個人データにあったんです』


「いや、隠すことじゃないし大丈夫です。

 それに、その通りですしね」


そう言いながら、階段を先にどうぞと促す。


『大変ですか、生活はやっぱり?』


「わかりません、病気になってもう8年。

 『何が普通か?』なんて忘れてしまいました」


『慣れ、ですか?』


「そんなところです」

 

そうこうしているうちに、

自販機前にたどりついた。

それぞれに欲しい物を買う。

 

俺は、いつもムシャクシャしたときに飲む、

ノンアルコールビールを買った。

DVを見た日はいつもこうだった。

 

美冬は女の子らしい

甘いカクテルを買っていた。

 

そういえば自衛官というと、

酒豪というイメージだったが、

美冬は夕食のとき2杯目からはウーロン茶だった。


「夕食のとき、2杯目からウーロン茶でしたよね。

 でも今は2本も買ってる」


ちょっと笑いつつ、


「好きなんですか、お酒?」


と聞いてみる。


『その、ビールは苦手ですし、

 大勢集まってワイワイ飲むのは苦手なんです。

 飲むのも、ちょっとした楽しみって言うか…』


そして、こちらのノンアルコールビールを見て、


『そういう聖さんも、

 確か2杯目からウーロン茶でしたよね』


と返してきた。

良く見ているな、

と思うがここは素直に答えておく。


「ああいう場で、

 最初から泡の立たないウーロン茶だと

 白けるでしょ、

 だから1杯目はノンアルコールビールって

 決めているんです。


 本当は、炭酸飲料もあまりよくないから」


『じゃあ、今は?』


「これは、ちょっとムシャクシャしたときに

 飲むんですよ。美冬さんと同じ、

 ちょっとした楽しみです」


『何か、嫌な事でもありました?

 チームのこととか?』


と心配して聞いてくる。


「チームに不満はないですよ。ご心配なく」

 

そう答えると、ホッとしたような顔をして、


『良かった。こういうのって初めてなんで、

 緊張しているんです』


「十分に頑張っていますし、

 今はAIによるチーム編成で、

 年下が統率力を高めるために

 リーダーになるケースも多い。

 きっとみんな理解してくれているでしょう」


思ったままを答えた。


『突っ立ったままもなんですし、

 ちょっと座って話しませんか?』


と備え付けの椅子を促される。

本当は寒いのも苦手なのでそろそろと思っていたのだが、

話すことにした。


 

聞きたいことはいっぱいあるんですが、

と前ふりしたあとで美冬は聞いてきた。


『理系では何を研究されていたんですか?』


「最後にラボにいたときは、

 最新の搭乗型ロボット<アームド・スーツ>に関しての

 素材研究ですよ」


『聖さんは去られた後でも有名でした。

 私、何が良かったのか覗きに行ったんですが、

 すでに経営学部に移られたあとで…』


「コミュニケーションをとるのが上手だっただけで、

 特にこれといってはありません」

 

そう言ったあとで、窓の外をぼんやりと眺める。


「懐かしいなぁ、もう6年も前の出来事かぁ」


『でも、その後も功績を残して今があるんでしょう?』


「功績と思ったことはありませんよ、

 美冬さん。

 俺は単に都市に集中しすぎる資金やサービスに

 危機感をもって、

 ちょっと論文を仕上げただけです」

 

俺が外を見ているので不審に思ったのか、

同じように美冬も窓の外を見てくる。


「この外に広がる風景。

 もう少し北へ進むと、

 今度はイノシシの料理などもあります。

 そういった日本らしさ。

 そういうものは、

 数少ない人たちが支えています。


 俺たち都市部の人間は

 それらをパッケージ化して

 海外に売り込んでいますが、

 それはディーラーとしてに過ぎない」


『はあ』


「そんな『日本らしさを作っている人たちのため』に

 なるような、論文を書いてみたい、

 と入院中に思ったんです。

 誰も、病気になりたくないのと同じように、

 誰も『作るだけで貧しく生きたい』とは

 思わないはずだって」


そして、ちょっと笑ってごまかし


「退屈でしょう、こんな話を聞かされても」


と言って話を締めようとする。


「さて、もうそろそろ眠りませんか?

 美容にも夜更かしは良くないし、ここは寒い」

 

そう提案したのだが、あまり効果はなかったようで


『そんなことを言わずもう少しだけ、

 11時ぐらいまでは付き合ってくださいよ』


と食いついてこられ、上手い断り文句を考えていると


『寒いなら、聖さんの部屋でいいですから。

 お願いします、陸自じゃこんな話、できませんもん』


と上手い口実を見つけられてしまった。

顔を見ても興味しんしんといった感じなので、


「わかりました、ミルクティーだけ買わせてください」


『どうしたんです、

 ミルクティーとノンアルコールビールじゃ合いませんよ』


「いえ、今日はムシャクシャが

 無くなりそうなので、いいんです」

 

そう言って、ロイヤルミルクティーを買った。


      ◆


「なに、今のは?」


と思う自分を振り返って「嫉妬か」と

思ってしまうのが、またまた嫌だった。

 

下の自販機で「寝る前に水を飲もう」と

買いに降りようとしたとき、

ロビーから話声が聞こえてきた。

立ち止まり、覗いてから

今まで何だか私の行動が私自身で嫌だった。

 

聖と同じチームになって5回目。

私だって、聖のことを<セイ>と呼ぶまでに

けっこう恥ずかしさもあったというのに、

桜木はすでに初日から聖のことを

ファーストネームで呼んでいる。

 

桜木が聖に、気があるのか無いのかも気になるが、

すぐに打ち解けている桜木のキャラクターに

羨ましさを覚えた。

 

 

神楽聖は身長が180センチ弱で、

線の細い感じと引き締まった身体つきが

魅力のキャラクターだが、

それより内面に魅力がある。

接すると誰にも優しい性格が雰囲気を和ませる。

外務先で子供とのキャッチボールなども

簡単にしている姿は、

とても警視という階級とは思えなかった。

最近、誰にでも優しいのは

少し気を遣っているからだとわかってきたのだが…。

 

今は、そんなことどうでも良かった。

飲み物を買いにも行けず

立ち聞き状態になってしまって、

虚しい気分になっていると、

2階に上がってくる2人に気付き


「まずい、上がってくる」


と自室に入る。

やましいこともしていないのに

どうして私は隠れないといけないのかしら。

 

イライラしながら2人が部屋に入った音を聞いて

自室を出ると、


『あっ、マイケル・サンデルの本だ』


と聖の部屋から桜木の声が聞こえてきた。


「なによ、全く」


何も無く、ただ無性にイライラする。

買う飲み物は、

ミネラルウォーターから

ビールに代わっていた。


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