出発-2
同日 10:00
舞鶴自動車道、三田西IC
『では、みなさん。
所定の車で職務を
よろしくお願いします』
と桜木に言われ
各々の車に乗って
去っていった。
俺は神蔵先生と美鈴が一緒の
トランスポーターだったので、
運転席につく。
「神蔵先生、
先生の行き先どこですか?
多分、僕も一緒だと
思うんですが」
AIで最適化されている以上、
彼らの診療先で
自分の定型巡回業務が
組まれていることは
当然だったが
聞いてみるのが礼儀だ。
『ん~とね、
まずは西からになっているね』
「僕と一緒ですね、
安心しました」
美鈴は当然、
神蔵先生と一緒なわけだから聞くまでもない。
大阪のベッドタウン、
三田までは民間の遠隔医療サービスも
行われているし、総合病院も
整っているのだが、
ここから先はやはり
病院数も少なく
高齢化が深刻で
車を使って病院というわけには
いかない人たちが増えているのだった。
『神楽君、最近持病の方はどうかな、
落ち着いている?』
といつもと同じく聞いてくる。
「ええ、ありがとうございます。
落ち着いていますよ。
正月、食べ過ぎたので
影響しなければいいなと
思っていたのですが、
大丈夫みたいです」
『そうかい、ならいいけれど、
心配なときは遠慮せず言ってくれ。
検査できるんだから』
「ありがとうございます、先生」
すると、美鈴が横やりを入れてきた。
『先生、いつも心配していますけれど、
聖っていつも朝は走ったりしてるし、
夜もトレーニングしていて
とても「不健康」って感じしませんけど』
『毛利君、病気は見た目だけじゃないんだよ。
神楽君のトレーニングは
病気を補うためだと私は思っている。
本人はいつも隠すけれど』
「いえ、そんなことありませんよ。
本当に単なる趣味です」
もう八年前になるか、
自己免疫疾患『潰瘍性大腸炎』と
診断されたのが、この神蔵先生と
会った最初の出会いだった。
俺が17歳の時だ。
神蔵先生の総合科から
消化器科へ回されて
病理検査で病気が確定し、
その後3ヶ月間入院した。
当時、俺の通う大学の
学士研究も論文も作成していたから
良かったものの、
大学院への道は
あきらめざるを得なかったのが
とても辛かった。
同時に、
もっと辛いことがあった。
病気を養両親に
打ち明けるのを待ってもらった、
怖かったのだ。
慢性疾患とわかったとき
『とんでもない子どもを
養子にしたものだと思われてしまう』
というのが。
そんなときに、
心療内科を受けるように勧めてくれて、
一緒に養両親に言ってくれたのが
神蔵先生だった。
『心配ないよ、
今まで君が育てられた経緯を聞いていると、
とてもその程度で
差別するご養両親じゃないと思う』
と言ってくれた通り、
養両親は心配してくれて
涙まで流してくれた。
自分は恵まれているな、
そう感じた瞬間を今でも覚えている。
自分はただ謝るしか出来なかったけれど…。
思い出を巡らしながら運転をしていると、
言葉が途切れたのをみて
『聖、なに黙ってんのよ』
と言ってくる。
「いや、神蔵先生に
最初に会ったときのことを
思い出して、ちょっとね」
『ほら、毛利君。
懐かしい思い出だ、
彼には彼の事情がある』
『いやぁ、その先生。
別に私は困らせようと
思ったわけじゃ…』
と美鈴が困っているのをみて、
「そんな涙話って
訳じゃないよ。
ごめん、ごめん」
と返す。そして、話を変えようと
「それよりも、
遠征にランドクルーザーが
入れられるのは珍しいから
ぜひ乗ってみたいな」
と振ってみたが、
方向がちょっと良くなかった。
『ん~、理由はそれだけ?』
「なんだよ、何かあるのか」
『本当は桜木さんが目的なんじゃないの?
ランドクルーザーを使うって言っていたし』
「そんなわけないじゃん、
だって俺がランドクルーザーに乗れば当然、
桜木さんがトランスポーターだぜ」
『ホントかなぁ、
さっきも一緒だったじゃない』
「あれはたまたま」
『怪しいなぁ。彼女若いし、魅力的だもんね』
誰か止めてくれないかな、
と思っていると
神蔵先生が助けを出してくれた。
『こらこら、どこからどう見ても、
救命看護資格を持った看護師と
警視の会話じゃないよ』
◆
今から30分間前の神戸支局からの出発時、
チームリーダーの桜木三佐から
『今から、三田までご一緒していいですか?』
と聞かれ、何気なく
「ええ、喜んで」
と答えて一緒に
トランスポーターに乗り込んだ。
今回のチームで大型車両を動かせる人間は
彼女か俺だから、
この2人が乗り込むと自然残りは2人ずつで、
神蔵先生と藤原書記官、
美鈴と藤原書記官という
組み合わせになっていた。
乗り込むとトランスポーターを出し、
VICSシステムとリンクしたら、
目的地も入力してあるため
もう終わりも同然だった。
『VICSシステム』とは正式には
『VICSシステムver.2』であり、
もともと日本道路交通情報センターが
運営していた『VICS』を、
国交省が買い取り『スマートループ』という
別の交通情報システムとを合体させ
進化させたもので、
簡単なAI情報受信システムを
搭載するだけで、
全自動運転と道の最適化を
行ってくれるシステムである。
現在、高速道路、2桁までの国道、
幹線道路に設置されており、
車のスペックに合わせて走ってくれる
夢の自動車システムだった。
時速300キロを無理なく出せる車は、
道にもよるが、
高速道路であれば300キロ以上出しても
簡単に制御してくれるため、
日本の大都市間交通に
航空、高速鉄道に合わせて第3の柱として
成長している。
実際、我々もトランスポーターを含めて
巡航速度は時速200キロで走行しており、
神戸の中心三ノ宮から郊外の三田西まで
かかった時間は減速区間も含めてわずかに
20分だから驚きの交通手段である。
車が走り出すとすぐに、
ボード端末で本日のスケジュールと
今後の要点だけ抑えると
残り時間をどうしようか迷った。
一応、無口な人だったときのために
本は1冊用意してきているのだが、
幸いにもこちらが端末を見終わるタイミングで
話しかけてくれる。
『あの、今いいですか、警視』
「ええ、どうぞ、三佐」
『警視はどうして警察に?』
「別にこれと言って理由はありませんよ。
単にたまたま着いた職種が
警察だったというだけです」
『ウソですね、警視』
心でも見透かしたのかと思うほど
断定で言ってきたので驚くが、
桜木三佐はチームリーダーなので、
個人情報のある程度を
知っているのも当然だった。
言葉を慎重に選んで答える。
「嘘ではありませんよ、三佐」
訝しがっている彼女を見て、
「昔、身体を壊して大学院へ進まず
民間企業に勤めました。
でもどうしても諦められなくて留学し、
そこでも、日本と同じく身体を壊しました。
そして、一年間長く
留学したときに経営学を学んだんです」
『いきなりですね、
確かずっと工学だったと思いますが』
「そうです。でも入院中では
ラボと同じことは出来ないでしょう」
『ええ、確かに』
「それで、たまたま手に取った本が
経営学だったんですよ。
病気の関係で工学を続けるのは
難しいかなと思い始めていた矢先でしたから、
けっこうハマりました」
『ハマるって言っても、
それが論文で大統領府に
取り上げられるほどの出来栄えだった』
今度は完全に不意を突かれてしまった。
なぜ、という顔が隠せなかった。
『ふふふっ、流石に驚かれました?』
「どうして、三佐は知っているんです?」
『実は、私も同じキャンパスにいたんです。
技術士官になる前の話ですけれど』
「ということは、三佐もMITで」
『そういうことです。ところで警視?』
「なんでしょう、三佐」
『とりあえず、三佐はやめてくれませんか。
年も近いですし、何よりも堅苦しくって』
完全に体育会系のノリだと思って、
階級で話しかけていたが
それほど堅苦しい性格ではなかったようだ。
「では、『桜木さん』でいいですか?」
『実はそれもあまり好きではないんですよね、
父の世代に流行ったマンガに
出てくる暑苦しい主人公がその名字なんです』
「では、どうやってよんだらいいですか?」
『普通に「美冬さん」でイイですよ。
警視は何と呼びましょう?』
では、『神楽さん』でお願いします、
と言いたかったが
こっちがファーストネームで呼び、
相手はファミリーネームで呼ぶと
バランスが悪いかな、と思案していると
『じゃあ「聖さん」にしておきますね』
と自動的に決まってしまった。
同じキャンパスにいたことは
話が盛り上がる材料でもあり、
移動中はあっという間に過ぎてしまった。
三田西ICでトランスポーターを降りるとき
改めて彼女を見ると、
身長は170センチに届かないほどで
細く長い切れ目に、整った眉。
それと長めの髪の毛を一つにくくり
顔の右側から肩に垂らしていて、
年齢よりも大人びて見える細面の美人だった。
自分と同じ外務部の制服を着ているが、
まるで同じ組織の人間に見えない気がして、
恥ずかしい気分になる。
◆
最初の目的地に到着する。
道が狭いので
多くは駐車可能な場所を事前に
AIで見つけておき、そこに止める。
先生と美鈴は訪問診療へ、
自分はトランスポーターの
ラゲッジスペースから
降り畳の自転車を出して、
最寄りの交番へと自転車を
走らせる準備をする。
支給される自転車が好きにはなれなくて
ブリジストンの『トランジットスポーツ』と
いう降り畳みできるタイプを自前で乗せていた。
タイヤの小さな降り畳み自転車は
どうしても好きにはなれないのが俺なんだけれど、
なかなか他人はわかってくれない。
待ち合わせの時間を確認するために
「神蔵先生、だいたいどのぐらいですか?」
と訊くと
『全部で3宅回るから大体、
1時間半と言うところかな。
30分ほど前になったら連絡入れるよ』
「わかりました、
こちらも先に終われば
メール入れておきます」
そういうと分かれて、
俺は目的の交番へ回った。
地方公務員と地方自治体が
無くなったといっても、
それぞれの地方支部があって、
交番もキチンと存在している。
地域密着の警察制度は田舎では特に必要だった。
自分のような外回りの外務課があるのは、
過疎化が深刻になり、
孤独死やDVなどに対して、
すぐに裁判所から捜査令状が
取れるところにあった。
だからこそ警部以上で構成されている。
地域のことは交番勤務の警官から聞き取り、
その警官と共にまずは空き家、
問題のある家、荒地や耕作放棄地、
住んでいるはずだが動きの無い家などを
重点的に回る。
空き家や荒れ地、耕作放棄地は
動物や虫の発生で
周りに悪影響を及ぼすため、
再三に渡って所有者に勧告したのち
検察庁を通して裁判所判断で
国が買い取ることができるようになっている。
所有者に連絡のつかない場合も
強制的に没収され、
持ち主が現れたときには
同額の金が支払われるようになっていた。
立ち寄った交番の巡査の案内で、
訪問が始まる。
一件目は老人がひっそりと暮らしていたため、
定期巡回時にわからないだけだと
判明してよかったものの、
二件目では孤独死が見つかり
残念な事になってしまった。
すぐに、現場検証をさせるため、
管轄の警察署の警官と鑑識を呼び、
その到着までの間は交番の巡査を
その邸宅に残した。
この交番で怪しい三軒目は
俺1人でいくことにし、
一緒に回った警官に場所を聞くと
自転車で向かう。
レポートでは
時折騒がしい音が聞こえており、
DVか家庭内での深刻な問題が疑われていた。
前回の外務担当警部は
『要観察』
で済ませていたため、
今回も同様であれば手を打たないといけない。
10分ほどでその邸宅に着いた。
インターホンを押し、
「警察庁の定期巡回です。
ご挨拶のため
どなたか出てきていただけませんか?」
と聞くと、
『警察には要はねぇよ、帰ってくれ』
とぶっきらぼうな男の声が聞こえて
インターホンがすぐに切られた。
続けてインターホンを押すと、
『うるせえって言ってるだろうが』
と今度は怒鳴り気味に答えてくる。
切られる前に、腕のAI端末で
インターホンへの強制介入を行った。
インターホンに電子音で
『警察庁、大阪支部外務部、
神戸支局外務課、警視、
が任意捜査を求めています。
拒絶しても裁判所からの
令状が即時発行され、
強制的に取り調べされることになります』
と流れた。
これは、例えインターホンを切られても
この家のようにある程度、
新しいインターホン機器を設置していると、
内部に聞こえるようになっている。
『悪いことしてもないのに、
逮捕しようって言うのか?』
と住人が言ってくるので、
「前回の定期巡回。
それとその後も今までに近隣住人と巡回警官より
お宅から騒がしい声や音がすると
報告が上がっています。
任意協力でお宅の中を見せていただき、
お話を伺わせていただけませんか?」
『断る、脅しには屈しねぇ』
というと、
元通りインターホンを切られてしまった。
やれやれ、
勤務3件目で早くも捜査令状の申請とは
と思うとどっと疲れるのだった。
世間の情勢を鑑みて、
『安否確認』の捜査令状は
報告書を裁判所AIがチェックして
すぐに出るようになっていた。
ボード端末に手を置いて
全部の指の指紋認証、
端末についているカメラで
網膜をスキャンする網膜認証。
そして、最期に申請するときの
声帯認証で本人かどうか検査され、
「警察庁、大阪支部外務部、
神戸支局外務課、神楽聖警視。
申請しているレポートの住所に対して
安否確認のため家宅捜索令状を申請」
と言うと、5秒ほど時間をおいて、
『申請を受領、許可します』
と音声で聞こえ、
早速端末ボードに令状が表示される。
装備は特に必要なかったが、
家の鍵を開けてもらえないと壊すことになるため、
ピッキング専用のドローンを持ってくればよかった、
と後悔していた。