出発-1
2045年1月4日 7:30
兵庫県神戸三ノ宮沖、神戸AI自治区
朝の出発準備も整い、
我が家を離れるまであと少しだ。
新年、初出勤で
ブラックスーツであるのだが、
どうせすぐに過疎地移動するので
意味はほとんどなく、
あまりスーツは気乗りしない。
養母が作ってくれた
朝食をとるためテーブルに着いた。
養父と養母と自分の3人で
テーブルを囲み朝食をとる。
実家にいるときは欠かさない毎朝だ。
『どうぞ、召しあがれ』
と養母。
養父が、
『今日から過疎地移動での勤務か。
何日間で移動するんだ?』
と聞いてくる。
「予定では23日間、
今月の27日に神戸支局に戻ってくる。
明日からは、
味気のないご飯になってしまうよ、
養母さん」
『まあまあ、本当に思っているのかしら』
「家が一番落ち着いて食事ができる。
それに何より美味しい」
質素に見えるかもしれないが、
ご飯とみそ汁。
それに出し巻き卵と大根おろし、
納豆があれば十分で、
加えて会話がはずめば何よりだった。
養母は神楽夏美、料理上手で研究者。
『本当さ、我が家の食事は何よりだ。
だが、明日からは少しさびしいな』
そう言ってこちらを向いた養父は
神楽将司、養母と同じ研究者をしている。
同じ研究者でも、
養父は工学系の研究をしていて、
養母の食品とは全く違うものだった。
「ありがとう、養父さん。
帰ったら6日間の連休予定。
だから養母さん、
今度は俺が朝ご飯を作るから」
『ありがとう、聖。
それじゃあ、帰ってくるのが楽しみだわ』
俺はこの家に養子として
10歳のときに迎えられた。
既に大きくなっていたにも関わらず
ありがたい事だと、今でも心底思う。
ゆっくり朝食をとり、
出発のため荷物を取ると玄関から
「じゃあ、行ってきます。
2人とも気をつけてね」
と先に出ようとする。
そこで、制止の声がかかり
『待ちなさい、お弁当作ったから、
昼食に食べなさい』
と養母。
いつも、申し訳ないと思いながら、
「ありがとう、あけるのを楽しみにしておくね」
『気を付けるのよ』
手を振って
養母の見送ってくれる玄関のドアを閉めた。
エレベーターホールまで移動し、
荷物専用のボックスに
ボストンバッグを入れると
荷物専用のシャフトで先に出す。
ほどなくエレベーターがきて俺も乗り込んだ。
神戸AI自治区は
超巨大高層ビル6棟が立つ
人口30万人が住む自治区。
ビル内で仕事や勉強が済んでしまう人たちも
少なくない。
ちょうど、養母はその例で、
タイミングさえ良ければ
1つのエレベーターで職場まで
移動しきれてしまうと言っていた。
俺も今日は2台のリニアエレベーターと
1台の小型リニアで本土へ移動できる予定だ。
住んでいるキノコ状の巨大ビルは、
いつも地震が起こったらどうなるのか、
と思うほど大きい。
居住スペースは上部に位置しているので、
そこから下層階へ向かって降りて行く。
小型リニアの駅はこのビルの地下2階。
そこでエレベーターから小型リニア、
対面式の乗り物なのだが、
に乗り込んで本土の駅で降り、
降りた所で
さっきシャフトに入れた荷物を取る
という仕組み。
荷物が減ると
エレベーターも
リニアも快適に乗れる
というコンセプトだった。
腕時計型のAI端末を通して、
この自治区のメインAIと繋がっており、
エレベーターの乗り換え場所を
最適化してくれる。
自治区民全員が、
俺と同じようにAI端末を身につけていて、
全員の交通は最適化が図られていた。
本日は15分で三ノ宮駅に
着くことになっている。
三ノ宮からはムービングウォークと
徒歩を入れて10分、
正式名称は大統領府大阪支部神戸支局、
のオフィスに入る。
保険会社のビルを
数フロア間借りしている神戸支局。
その警察庁外務部外務課へは
自分が二番で到着した。
先に入っていたのは
課長の山岡警視正だった。
「あけましておめでとうございます、警視正」
と階級で呼び、挨拶をした。
山岡も挨拶を返してくる。
ほとんどの部署が役職で呼ぶ中、
外務課だけは階級で呼ぶことが多い。
外務課は役職柄、
警部と警視で構成されており、
課長は警視正と決まっていた。
課長以外には
個人デスクの与えられていない
外務課なので、
ブリーフィング前に
ゆっくりとコーヒーを飲もうと
思ってやってきたのだが、
先を越されてしまった。
既に山岡はコーヒーを飲んでいるので、
俺の分のコーヒーを
エスプレッソサーバーで作りながら、
「警視正もお菓子、いかがですか?」
と、朝のコーヒー菓子を勧めた。
同日 9:20
神戸支局外務部
新年の挨拶が終わると
早速外務部の制服に着替えた。
外務での勤務中は全員常にこれで、
スーツも私服も認められていない。
俺の所属する外務課を含む
神戸支局外務部は
過疎地を回る職業で、
俺のような警察官、
それに医師と看護師が1人ずつ。
残りは各省庁の人間が
同行することが多く大体は6名か、
トラック運転手を入れて
7名で構成されていた。
トラックは
医療用設備の専用の
トランスポーターになっており、
医師と看護師で
簡単なオペまで出来る優れモノだった。
外務課で山岡から
今回の遠征先を
ボード型の端末でもらうと、
丹波・但馬地方ルートとなっており、
集合場所の
ブリーフィングルームに来たのだが、
一番乗りになってしまった。
端末を見ると同外務ルートのメンバーは、
チーム責任者、
防衛省、陸上自衛隊
伊丹駐屯地所属、桜木美冬、三佐。
AI自治区市民病院、
神蔵一生、総合科医長。
AI自治区市民病院、
毛利美鈴、看護師。
警察庁 大阪支部
神戸支局 外務課、神楽聖、警視。
外務省 大阪支部、
藤原依子、一等書記官。
経産省、大阪支部、
森脇元康、三等書記官。
この6人となっているのだが、
顔見知りは医師の神蔵と
看護師の毛利だけで、
あとは初対面になる。
勤務経路を見てみると、
最初に丹波篠山方面へ向かい、
1月11日、
福知山で京都市局の
丹波地方班と情報共有
1月16日、
和田山で鳥取支部の
但馬地方班と情報共有
1月22日、
福崎で姫路支局の
播磨地方班と情報共有
1月27日、
神戸支局へ帰還
となっている。
あと、気になる
中間休暇日の場所と日付を
見ようとしたときに後ろから、
『聖、
今回も一緒だね、よろしく』
と看護師の毛利が声をかけてくる。
なぜか
<ひじり>
ではなく
<せい>
と最初に仕事で
一緒になったときからそう呼んでくる
フレンドリーなキャラクターだった。
俺は最初、彼女を苦手にしていたのだが
意外に努力家と知って
好印象を持ったのだった。
と、毛利が忘れていたように
『そうだ、あけましておめでとう。
今年もよろしくね』
「こちらこそ、
あけましておめでとうございます。
よろしくおねがいします」
『固いよ挨拶。
「よろしく~」でイイんだから』
「いや、
一応年上だし…」
美鈴は大げさにわざと睨んで、
『何?2つだけ年上だと、
もう溝あけちゃうわけ?』
「いや、そうじゃないけれど、
『名前で呼べ』とかって言う割に
たまに怒るし」
『それは「美鈴」って
呼ばれることに怒ってるんじゃなくって
言ってる内容がダメなのよ』
「そうかなぁ?」
『そうよ』
と胸をポンと手のひらで突かれた。
チーム編成も歳の差や相性を見ながら、
AIが編成を決める。
国家公務員や
その外局は
勤務中全員、腕時計型AIを
装着する義務があり
社交性や傾向など統計的に
データを取られる。
相性の良さや
年齢構成での活発な意見交換、
時には葛藤することなども
意識してのチーム編成だった。
そこでいくと多分、
俺は美鈴と相性がいいと
判断されたのだろう。
チームの中では
いつも年齢が近いし、
チームメイトとしていい仲間だ。
思い出したように、
「そうだ、
休みの日を調べようと
思ってたんだった」
『聖、調べてなかったの?』
「美鈴と挨拶してたからね、
忘れてた」
『何よ、私のせいみたいじゃない。
まあ教えてあげるから
調べなくていいわよ。
最初に調べるでしょ、普通』
普通はそんなものなのかなと思う。
俺はいつも誰が一緒で
どんな人なのか、
それと勤務内容が
気になるのだけれど、
人によって様々みたいだとは
前から思っていた。
『1月14日に遠阪峠を越えて
1月15日に山東で
一日ホリデーでございますっ』
と言ったあとで
『といっても、
前と同じく
周りに何も無いんだけれどね~。
でも冬だしスキー出来るかな?』
と休みの事を言い出した。
11日も先のことなのに、
と思いながら
「美鈴、気分早すぎね」
『いいじゃん、
面白いこと考えながらやっていかないと、
務まんないわよ』
と早速休みのことを話しているのだった。
そうこうしているうちに、
メンバーが集まってきた。
そろそろ、ブリーフィングが始まる。
『え~、ブリーフィングを始めます』
今回のチームリーダーである
桜木美冬が全員の前に立って始める。
小型のブリーフィングルームは、
有機ELパネルと電子ペーパーの
ボードがあり、
部屋の椅子は
10名分しか用意されていない
小さなものだ。
外部からの盗聴に備え、
電波暗室になっているのも特徴だった。
『皆さんのボード端末に
詳細データを今送りました、
今回の日程です』
皆が一斉に目を落とす。
大まかな日程は教えられても、
細かなスケジュールは
ブリーフィングにもらうデータにしか
載っていない。
それも、
個人宅を訪問する医師や看護師、警察と、
今回で言うと
防衛省、外務省、経産省の人間だと
もらうデータは違っているのが普通だった。
たとえ外務課にいるときでも、
課長の山岡以外は
個人の巡回ルートを知らないのだ。
他の医師、看護師や関係省庁の人間も
同じだった。
『一応、23日間のルートになります。
細かなルートは
最初の移動中に確認してください。
では、簡単な自己紹介と
差し支えの無い範囲で
職務内容を説明してもらいましょう』
と簡単な業務説明を入れて、
『今回のチームリーダーの
陸上自衛隊伊丹駐屯地の桜木美冬、
22歳、三佐です。
今回は地形調査になります。
若輩者ですが23日間
よろしくお願いします』
と頭を下げた。
22歳で三佐という
高い地位についているのにも驚きだが、
今回のチームリーダーは
最年少というのも、
『AIの組織力強化の訓練』
と思うと
「大変だな桜木、三佐も」
と同情するのだった。
ボードに示された名前順に
自己紹介が始まり
『AI自治区市民病院の神蔵一生、
43歳、総合科医長です。
今回も地域の巡回診療ですね。
どうぞ、よろしく』
もう一人の知り合いである神蔵が
自己紹介をした。
総合科と言うのは、
医療システムが
プロフェッショナルになるにつれて、
『いったいどの科を受診すればいいのだ?』
と総合病院を訪れて
迷う患者のために作られた。
これができた事によって
患者は専門科を適切に
受けることができるのが
全国の総合病院の特徴になっていた。
『え~、神蔵先生と同じく
AI自治区市民病院の毛利美鈴、
27歳、看護師です。
今回も先生の助手と訪問看護です。
どうぞ、よろしくお願いします』
いつもと変わらぬ美鈴の挨拶が終わり、
俺の番になる。
「警察庁大阪支部、
神戸支局外務課の神楽聖、
25歳、警視です。
今回も地域の巡回業務にあたります。
よろしくお願いします」
と無難に挨拶し、
立ったついでに
今回の面々を見ると
皆こちらを向いているので
少し安心する。
顔すら上げてみようともしない
メンバーの時もあるのだから、
好印象を受けたのだった。
続いて、
『外務省大阪支部の藤原依子、
39歳、1等書記官です。
今回は経産省との
合同調査で
私は外国人旅行者が日本の魅力を
知るため資料製作の調査に来ました、
よろしく』
と簡潔に内容のわかる挨拶だった。
そして最後に、
『経産省大阪支部の森脇元康、
29歳、3等書記官です。
藤原さんからあったように、
今回は外務省との合同調査で、
冬季の丹波・但馬地方のアピールを
目的に来ました。
よろしくお願いします』
と、締めくくった。
なぜ、自己紹介に
年齢を言うようになったかというと、
2040年から政府の保険認可薬で
『細胞活性化剤』という薬が
処方され始められたからだった。
通常『若返りの薬』と
呼ばれていて、
実は俺も飲んでいる。
脳にある
『身体中の細胞因子を活性化させる部分』
を刺激し
身体の細胞を若い状態に保つ効果があり、
ホルモン剤注射や栄養剤とは異なるため、
副作用の心配なく飲む患者は多い。
若いと、
脳も身体も健康に動くので
政府も推奨していて、
80歳でも十分元気に働ける人も増えていた。
だけれど、
そのせいで自己紹介には年齢を言うという事が
増えた気がする。
黙っていると何歳かわからず、
年下が年上に向かって
偉そうにしゃべり続けて
トラブルになるニュースが増えてからだった。
自己紹介が終わったところで、
『仲良くやっていきたいですね。
では前のボードを見てください』
と有機ELには行程表、
電子ペーパーに
地図と経路が記されている。
『行程はほぼ皆さん同じですが、
外務省と経産省の企画は
見回り場所が変わりますので、
今回は車2台と、
医療用トランスポーターを1台の
3台編成です』
有機ELに車3台が出て、
ランドクルーザー、セダン、
トラックだった。
『今回は、神楽警視と
私が大型車運転をできますので、
トラック運転手はいません。
場所によって私も移動しますので、
ランドクルーザーを1台用意しています』
確かに、
ランドクルーザーは大阪支部では珍しい。
SUVが多いので新鮮だった。
しかも通常2台のところを3台も車があるので、
ランドクルーザーは
ぜひ俺も運転したいと思っていると、
『チーム内のコミュニケーションを図るため、
今から三田西ICまでは車を自由に乗りましょう。
三田西ICからは、
私がランドクルーザー、
神蔵さんと毛利さん、
それに神楽さんがトランスポーター、
藤原さんと森脇さんがセダンで
第1宿泊地の国道176号線
水素ステーションで落ち合います』
と初日はランドクルーザーの
夢は潰されてしまった。
ブリーフィングも終わろうとしていた。
移動日の休日を除くと、
過疎地を回るので
モーテル付き水素ステーション、
ユースホステル、民宿、
ペンション が多かった。
だからこそブリーフィングも
出来ないわけだが、
このように関係省庁が異なるので
大がかりなことをするわけでもなかった。
『このような、
全体ブリーフィングを次は、
1月11日、
福知山で京都支部の
メンバーと会ったあとに設けます。
質問はありますか?』
質問がなく、駐車場へ皆動きだした。