決戦-アナザー
2045年1月25日 10時47分
兵庫県西宮浜、海岸
目標も達成した、
勝負も引き分けたのに、
どうしてこうも気分が悪いのか。
それは、きっと
僕がここで死を選ぶことになるからだ。
さっき、自分のロボットは海中に入れて
母船へ帰還させた。
秘密が漏洩することはない。
敵を甘く見て、
セラミックナイフでコクピットハッチを
傷つけられたときに、焦りが出た。
気密性を失えば
乗ったままの
潜水行動出来なくなる。
『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』
孫子の好きな一節を
今まで一番忠実に守ってきたのだが、
単なる思い込みだったようだ。
今まで、勝利を確信して、
最後に負けた者は
こういう気分だったのだろうか?
僕にはやることが
まだたくさんあったのに…、
残念だ。とても残念だ。
時刻は何時だろうか、
死ぬ時間ぐらい知っておきたい。
腕のウェアブル端末で、
時間を表示すると10時47分。
1時間前まで、
まさかこんなことになるとは
全く思っていなかった。
それが、本当にまさかと思う。
そのとき腕の端末に別の事が表示される。
Wait, one min. <一分待て>
この文字を確認した直後、
『Don’t move! <動くな>』
と制止の命令を背後から受ける。
やれやれ、どうにもしつこい性格らしい。
こいつは先ほどから僕の行動を邪魔してくれる。
『Hands up! <手を挙げろ>』
動くのを止めて手を挙げた。
日本語がわからないふりをして、
「Wait! <待ってくれ>」
この厄介な日本人は何者なのか、
ちょっと興味が湧くがどうでもいいことだった。
「Don’t shoot me! <撃たないで>」
『The choice is yours. <お前次第だ>』
1分を稼ぐ必要ができたため、
会話を引きのばした方が有利だが隙がない。
『On your knees! <膝を付け>』
言われたとおりに膝をつく。
少しでも時間を稼ぐために話しかけてみる。
「Please listen. <聞いてくれ>」
『Can it! <黙れ>』
だめだ、敵は聞く気が無い。
『Hold your hands up and put them behind your head.
<手を挙げたまま頭の上で組め>』
大声を聞きながら相手の接近を待つ。
相手は回り込むようにしながら、
至近でこちらの正面へ
回り込もうとしていた。
手を組みながら待つ。
恐れる素振りは見せず
正面へ回り込む相手と目が合う。
身長は180センチ無い程度、
痩せ型だが筋肉の引きしまっているのが
プロテクタースーツから良く見えた。
驚くことに、僕は彼を知っている。
最も向こうは知らないだろうが。
『It’s over. <終わりだ>』
そう言って、こちらの前に手錠を投げる。
そして、細面で清潔感がありながらも
やや長めの髪型をした相手が、
『Take up a handcuff and wear it, slowly.
<手錠を拾って、ゆっくりとつけろ>』
と言ってきた。
確か、こちらの相手が
スカウト候補に挙がったとき、
病気を発見し断念した男だった。
8年前だったか。
そうか、警官か。
また、正反対の職業についたものだ。
コイツは確か孤児の出身だった、
社会に恨みを持っていそうな
人間を探している組織には
打ってつけ立ったのだが。
思考を楽しみかけた自分に言い聞かせ、
考えを切り替えないといけなかった。
タイミングを逃したらここで終わってしまう。
相手の構えた拳銃はグロック19。
32口径だが、当たりどころさえ悪くなければ
プロテクタースーツが防いでくれる。
投げられた手錠を右手にとって、
「Too bad. <最悪だ>」
と最後の英語を吐き出す。
ゆっくりと時間が流れるように感じた。そして、
「神楽さん、お疲れ様っ!!」
相手が驚いて少し目の見開いた瞬間、
スナップを利かせて顔へと手錠を投げつける。
次いで、左手を地面につけると
相手の前に出している左足を狙って、
僕の左足で蹴りを入れて払い、
間髪いれずに右足で蹴り拳銃を飛ばした。
そうしてようやく立ち上がる。
『お前、なぜ…』
『英語しか話せないふりをした?』とは
言いたいわけじゃないよね。
そう思いながら僕は1分を稼ぐため、
死ぬために使うはずの銃を
生きるために使うのに全力になった。