決戦-2
右手のセラミックナイフを放し、ポジトロン・ハンドガンを素早く抜く。
相手も距離を取って態勢を立て直すと、
背中からポジトロン・ハンドガンを右手に、
セラミックナイフを左手に持って立った。
こちらが静止し構えると、
相手は急接近し30メートルほどの距離が一気に縮まり、姿が消えた。
赤外線センサーにも反応がない、例の完全光学迷彩を使用したのだ。
消えてからがとても長く感じられた。
ヘリでの作戦を考えていたとき、最後の秘策は、
「恐らく、この出現がカギだ。
相手はこのときは1小隊いたから都合のいい3秒の光学迷彩を利用した。
そう考えるとして、使用時間は短くても長くても可能だとしよう」
俺は続けた。
「だが、使うときは、
相手にとってAIで敵の姿や形が予想しやすい態勢を取るまでは、
光学迷彩解除後の映像が予想と違う可能性のリスクが高いから起動しない」
『予想しやすい態勢を狙っている、と?』
「性能に限界があるのだと思う。
もしも、最初から完全に予想できるなら、
姿を出してカメラに捉えた瞬間に完全光学迷彩を利用する」
『なるほど、そうね』
「だから、光学迷彩を起動させない方法は、
近接戦闘を仕掛け続けることだ」
『でもそれじゃ勝てないんでしょ?』
さっき言っていたことと違うと言わんがばかりに美冬が言ってくる。
「ああ、勝てない。だから、まずこちらが、
相手の光学迷彩を利用しても対応できるだけの時間を稼ぐため、
不意打ちで近接戦闘をしかける」
『それで、光学迷彩にはどう対応するの?』
「なぜだか知らないが、
相手が前と同じように照準を再度し直すと出現からは0.35秒かかる」
『だから?』
「人間だと反応できる限界だが、AIなら直接リンクさせて、
1番迎撃時間の短い方法で動く事ができる。
それで、相手が光学迷彩解除後に予想に反した位置にいて、
さらに予想外の行動で戸惑う隙に反撃を試みる」
『相手が出現の0.15秒で撃ってきたら?』
「その時は殉職者が1名出るだけだ」
『そんな?』
「それに、この作戦には美冬にも殉職の可能性がある」
『何が危険なの?』
「悪いが、俺を降ろしたら、相手の位置がわかる所まで上昇してほしい」
『そう』
何もかも言いたいことはわかっている、と言いたそうだった。
『EMP攻撃や対空攻撃の危険を考えても、
なお空から光学迷彩解除の合図が欲しい。そう言うわけね』
「そうだ」
断られたら、リスクが高いが、俺だけで挑むしかない。そう思っていると
『いいわよ、聖も同じリスクを踏むのだから、望むところよ』
「おい、即答だな。良く考えろ。俺より危険だぞ」
『そんな心配はいいから。それよりも、これで少しでも勝つ可能性を高めてね。約束よ』
「すまない」
『それじゃ、ミッション終了後のお礼は期待することにしているわ。
プログラムを組むから切るわね』
これが最後の秘策だったのだ。
俺もAIにこの作戦を教え込むため作業に移った。
機体が6時方向(真後ろ)へ対応する態勢に変化するまで1秒と少しだった気がする。
『6時っ』
美冬の言葉が直後に響くが、
こちらはAIの即時反応で既に左周りに左脚を後ろへやり左腕の下から
ポジトロン・ハンドガンを撃とうとしていた。
そして発射する。何かに当たったような感じを受けるがまだ見えない。
そして、右脚を前に出して180度回転すると
同時に左手のナイフを左から右へなぎ払った。
これも、ちょっと何かに当たったような感触がある。
映像がくっきりと見える。相手の<アームド・スーツ>はセラミックナイフを持った左手が
肘から先吹き飛んでいた。
これは最初のポジトロン・ハンドガンが当たったのだろう。
そして、コクピットハッチをかすめて、切り傷が見える。
これは、ナイフの傷だ。
だが、相手も残った右腕で
再度ポジトロン・ハンドガンの照準をこちらに合わせてきている。
一か八か、そう思いながら飛んで相手にしがみついた。
発射されたポジトロン・ハンドガンの陽電子が頭部の上を越えていく。
上手く脚部にとりついた。
両足を抑えることに成功したのだ。
2発目を相手が撃つ前に、相手の態勢を崩すことに成功したのだ。
『聖っ』
美冬の叫ぶ声が聞こえたが、答える余裕はなかった。
美冬の位置から見ると<アームド・スーツ>が情けなく、
絡んでこけているだけであり、若干こちらが有利なだけで、
勝敗は決していない状況なはずだった。
自分が組みついた脚のせいで相手はバランスを崩し
後ろに尻もちを突く姿勢になっている。
相手が態勢を立て直す前に、不利な体勢ながらも
相手の脚に向けて左手のセラミックナイフを突き立てるようとする。
当たるかと思った瞬間で右に転がってかわされ
ナイフは虚しく地面に弾かれた。
相手はうつ伏せ状態で右肘をついている。
相手も直接こちらを狙えない状況を利用して
右手のポジトロン・ハンドガンを撃とうとしたが、
相手の姿勢が前にべたりと崩れると、
後ろ手にした右手でポジトロン・ハンドガンを
連続3回撃ちこんできた。
狙わずに、勘で撃ってきたのだ。
1発がこちらの右脚後部の外郭に
命中し溶け落ちてしまった。
相手が弾切れになっている以上、
俺はダメージコントロールをして、そして立ちたかった。
AIに話しかける。
「立つことはできるか?」
『AI自動調整にしてもらえば、立つことはできます』
「やってくれ、ポジトロン・ハンドガンを撃つ」
相手はハンドガンを放して、右手を使い、上手く立ちあがった。
ほぼ同時と言っていい。
ハンドガンで狙いを定め、大腿部に当てて動きを封じようとする。
もらった、と思い発射するが、
相手も機体をねじりながら身体の反動だけでハンドガンを下から上に蹴り飛ばした。
狙いが外れ、陽電子は相手のコクピットハッチ前を吹き飛ばした。
こちらも、ハンドガンを蹴られた反動で後ろの建物に背中を突いてしまう。
「AI、バランスを戻せ」
『了解』
すぐに直立姿勢に戻し、俺は左手のナイフで相手を突こうと姿勢を取ったが、
相手は大きく後ろへ跳躍すると、吹き飛ばした手を拾い西側へ走っていく。
相手は脚部系のシステムは生きているため走れるのだ。
『聖っ、大丈夫』
と声がかかってくる。美冬に大丈夫な事を告げると、AIに
「現在の損傷具合で前進できるか?追跡したい」
と尋ねる。
『AIの自動制御であれば。最も早いのは、
手も使用して追跡することです。
二足歩行ではそれよりかなり遅くなります』
「速い方でどの程度だ?」
『時速40キロ程度で可能です』
左手のセラミックナイフを収納すると
「その方法で、あの機体を追跡する」
そして、美冬に連絡する。
「美冬、あいつの位置を教えてくれ。追跡する」
そう言うと、追跡を始めた。
『海の手前、西の端で、
機体から降りたわ。そこから20秒』
と連絡が入り、位置を知らせてくれる。
「美冬、危険だから降下しろ。
撃ち落とされるかもしれない。俺もすぐだから」
『そんな…』
「相手がなりふり構わなくなっている。
スティンガーやEMPを使われたらひとたまりもないぞ、
いいから従ってくれ」
少しだけ間があった。
『ごめん、聖。気をつけて』
どうやら従ってくれたようだった。
そして今度はAIに指示を出す。
「この先だな、美冬が言っていた西の端は」
『肯定です』
「その建物の陰で俺を降ろせ。そして直立姿勢を取って、
さっきと同じ武装で待機しろ」
『了解です。ただ、この姿勢で降ろすと、
落ちるようになってしまいますが』
「構わない」
『わかりました』
うつ伏せで載っていたため3メートル程度から落とされたような状態で
受身を取って降りた。ポケットから銃を手にして接近する。
『この先、10時方向で水しぶきの音がしました』
離れる間際にAIが告げてきた。答えることなく駆け出していく。
『現場に到着するより早く、水の中に逃げられてしまった』
そう思いながら角から向こうを探り、銃を構えて前進すると、
プロテクタースーツを着た相手のパイロットの後姿を確認した。
「手を挙げろ」
そう英語で警告し、接近する。
相手は従順で前に回り込み姿をみると、
女のような細めの体型とセミロングに近い
無造作なグレーアッシュの髪、
細面で整った顔立ちと目立ちをしている。
身長も小さめだったが間違いなく声色から男だった。
銃で狙いながら、手錠を投げて手首につけるように言ったときに
迂闊にも手錠を投げつけられ、
その瞬間両足を巧みに使い足払い、続いて銃を払い、銃を蹴り飛ばされてしまった。
手錠を投げる手前に自分の名前を出されたことに驚いたのはうかつだった。
「なぜ俺の名を知っている?」
『社会に害され、健康を害し、それでも日本につくす虚しい男、でしょ?』
そうからかうように言うと、
男は接近した状態そのままに左から掌底を繰り出し、
バランスを崩した所を、右の掌底で顎から打ち上げられた。
俺はそのまま、後ろ向きに倒れて顎を引くと勢いそのままに
手を頭の上で逆さについて脚をあげ一回転して受身を取った。
起き上がると右足で蹴りが入るが、
これは少し雑で左腕を使って受ける。
相手が銃を持っている可能性を考えると
近接戦闘をしかけ銃を抜く時間を無くして
安全を確保するしかない。
そう考えると、今度はこちらが
左脚で右脚の付け根を狙って蹴りを放つ。牽制だ。
次いで右の掌底で相手の胸を突き、
左の肘打ちで腹を、左手の甲で顔を狙って続け様に放ったあと、
右脚の蹴りで相手の足元をすくおうと力を入れて放ったが、
かわされてしまい相手は少し後ろへ跳び下がった。少し間合いが開く。
強い、機体の性能だけじゃない。そう思っていると、
『いち早く、内骨格型<アームド・スーツ>に気付きながらも、
見放されたことに悔しさを覚えないのかな?』
「イチイチ、うるさいんだよ。テロ屋が」
『だが、そのテロ屋にもわかるぐらいに君の攻撃はワンパターンだね。
左からの肘打ちと手の甲を使った顔への攻撃は<アームド・スーツ>と一緒だよ』
「そうかい、じゃあ次は攻撃を変えてみるよっ」
そう言って右手で掌底を当てに踏み出した瞬間、
素早く抜いた相手の銃に撃たれてしまった。
プロテクタースーツの右側、
固い部分に当たったが右腕は使いものにならなさそうだった。
俺は素早く後ろに飛んだ。
銃の早撃ちにも優れていたとは…、完敗だった。
『たとえ、プロテクタースーツといえど、17口径を至近で全弾防げるかな?』
本来なら、銃の可能性を考えステップを
踏んで前進していればとも思うが後の祭りだ。
自分の蹴られた銃に届くまでどの程度かチラリと見る。
『むりむり、届かないよ。僕は最後に勝ったものが勝ちだと思うね』
「それは同感だ、負けたよ」
<アームド・スーツ>では俺が勝ったことを指しているのだろうが、俺もコイツと同感だった。
勝てばどんな形でも構わない、そう思う。
『人生の引き際も虚しい男だね。足掻こうとはしないんだね。
でもそういう人間もイイと思うよ』
引き金を引かれるっ。
そう思った瞬間、後ろで銃声が鳴った。
そして俺の右腕と同じように相手の右腕も力なく垂れ、拳銃が落ちた。
相手のプロテクタースーツに当たったのだ。
「聖っ」
そう言って、美冬の声がして近づいてきているのを感じた。刹那…
相手の後ろで大きな水しぶきと共に先ほどと同型の<アームド・スーツ>が現れた。
急いで美冬を左手で引っ張り俺の<アームド・スーツ>の方に向かって走る。
美冬は今の水柱の一つを直撃したのか、足取りがおぼつかないようだった。
今、あの<アームド・スーツ>に襲われてはひとたまりもない。
俺の傷ついた<アームド・スーツ>に美冬を乗せて逃がすしか思いつかなかったが、
逃げる後ろでは、<アームド・スーツ>から声がしていた。
『大尉、急いでください』
その声がしたかと思うと、
もう一度水しぶきをあげて海中へ進んで行った。
<アームド・スーツ>を置いている角からもう一度現場を覗き見るが、
もう跡かたも無かった。
美冬の腕を抱えた左腕を持ち直して、
美冬の腕の下に回して態勢を直した。
俺のAI通信を使ってリンクされているはずの国家安全保障庁へ通信を試みる。
「こちら、神楽聖警視。国家安全保障庁へ、誰か?」
叫ぶように言うと、担当者と思しき人の声がした。
「こちらの位置はわかるな。犯人を取り逃がした、すまない。
なお、桜木美冬特別技術官が負傷、至急手当が必要だ」
傷ついた美冬を<アームド・スーツ>にもたれさせて、
「おい、美冬。大丈夫か?おい」
と声をかけると、うつろな表情で目を開き
『あ、聖さん。良かった…』
といつもの優しい美冬ちゃんになっていた。
警察よりも先に、一般車が2台やってくる。
もう、敵だとは思いたくないし、次に戦う余力も無かった。
車の中から複数のスーツ姿の人間が降りてきて、
国家安全保障庁の電子手帳を見せ身柄を保護することを言ってくる。
警察や公安に対して組織力に劣る彼らでは最初に配備するのは、
せいぜい最初は車2台がせいぜいと言ったところなのだろう。
同じく国家安全保障庁と同系組織JCIA<日本中央情報局>もやってくるかもしれない。
完全に衰弱している美冬を左手と、
ダメになっているはずの右手を動かし抱えあげると、
彼らの車まで運び座席に横たえ、手当てしてやってほしい事を告げた。
男の1人が、
『神楽警視、貴方も一緒に乗ってください。病院へ護送します』
と言ってくる。
最後の仕事である、
起動中の<アームド・スーツ>だけは電源を切っておかないといけない。
「少しだけ、時間をくれ」
そう言うと、俺の<アームド・スーツ>へ近づき、AIに声をかけた。
「ご苦労さま、任務は終了した」
『了解しました、警視』
「メンテナンスを受ける必要がある。
いずれ、警察庁大阪支部の警備部が回収しにやってくるだろう。
機密保持のため一端電源を落とすぞ」
『わかりました、警視も血圧が下がっています、
お気をつけて』
腕のAI端末情報を取ったのだろう。
あるいは既に搭乗時から俺の健康に問題が出ているのは
わかっていたのかもしれない。
認証し、電源を落とした。
外から、相手のポジトロン・ハンドガンのダメージを確認するが、
右脚の人間なら『ふくらはぎ』に当たる部分の後ろが溶け落ちていた。
ここまでは、意識をあまりしていなかったが、
3本脚で歩く犬のように来たのだろう。
<アームド・スーツ>に手を当てて、心の中で感謝した。良く頑張った、と。
声をかけてきた男に
「待たせてすまない、終わった」
そういうと、車の後部座席に乗り込んだ。
美冬ちゃんの衰弱した顔を見ながらいつの間にか俺も気を失っていた。




