活動-1
2045年1月20日 17時15分
兵庫県朝来、播但連絡道路朝来IC
本日の18時までに神戸支局への帰還を予定していたが、
最終日の今日。
子供が突風に煽られて脳挫傷から『硬膜外血種』と診断され、
神蔵先生と美鈴が医療用トランスポーターで
手術をしている。
完全な手術は出来ないらしく、
ここで鳥取支部の管轄する医療用トランスポーターと
医師に引き継ぐ予定で待っている。
地元の子供を神戸までは連れて帰れないし、
一度手術を開始してしまっては、
救急車での搬送は避けるべきで、
医療用トランスポーターを待つしかなかった。
規模の小さな鳥取支部は主に山陰の中国地方を担当している。
しかし、大阪支部の神戸支局よりは
このあたりの病院にコネクトがあり、
さらに、帰還することも
彼らは容易にできる位置にある。
管轄でありながら、
どちらかというと俺たちの方が土地勘をもっていないのだ。
さらに、このあたりで機器が整って小児病棟を持っている総合病院は
なかったため、鳥取支部のトランスポーターに
全てを任せるのだが、まだ来ていない。
風が強く、雪も降っているため
自動車道路も速度が出せなくなっているからだろうことは
簡単に想像できた。
『大丈夫でしょうか?』
隣で美冬ちゃんが言ってくる。
休日の次の日、
鳥取支部でのブリーフィングで
1月22日をピークに爆弾低気圧で
日本が2年ぶりに大雪になることが予想され、
俺たちのルートにも変更点がたくさん出た。
そのうちの1つが今日までの勤務で神戸支局に帰還することだった。
外務部の手の余っている班や、帰還ルートを変更して、
各支部、各支局の外務を行う班で27日までに
俺たちの外務するはずの地域は全てカバーされている。
全国全てが、量子コンピューターのAIによって最適化される現代は、
こういった不測の事態にもすぐに対応できる。
だが、流石に子どもが遊んでいる最中に風で
手を滑らせる事までは予想できなかったようだ。
予想規模は特別警戒警報が出ることになっており、
今夜で近畿圏も含め西日本では交通も止まる。
普段、除雪作業用ドローンで積雪時も走行できるVICS対応道路も、
明日から封鎖される予定だった。
警察庁と国交省、それに防衛省が特別災害派遣の準備を整えてはいるが、
派遣できるのは24日のピークが過ぎてからだろう、そう思っている。
トランスポーターの医療設備の方から神蔵先生が、
『悪い、桜木さん、神楽君、もう少しだけ振動を抑えられないかな』
と伝えてきた。
「わかりました、先生。5分だけ待てますか。
あと車を移動しますが大丈夫ですか?」
『わかった、よろしく頼むよ』
車をシャッター付きの道路公団の
車庫へ一時的に移動させなくてはいけない。
「本来なら、美冬ちゃんが責任者だから行くべきなのかもしれないけれど、
俺は警官だから多分話が通しやすいと思う。ちょっと行ってくるね」
そう言ってトランスポーターから降りると、
公団の詰め所へ行き道路公団の駐車スペースを
一時的に借りることにした。
中の車両をどけてもらい、そこに入庫する。
車に戻ると、
「先生、いったん動かします」
と言ってトランスポーターの位置を動かした。
美冬ちゃんは隣でこちらの位置が見えないところに
移ったことを迎えのトランスポーターに伝えている。
停車させて、
「先生。大丈夫です、終わりました」
『ありがとう』
短く通信を終えるとまた静寂が包む。
17時40分まで待って鳥取支部のトランスポーターへ引継ができなかったら、
俺たちの避難地を探さないといけない。そう思っている。
道路が封鎖されるのも時間の問題で、
ここに置いて行かれると、困ったことになってしまう。
最近の特別警戒警報は夏のスーパー台風、梅雨の豪雨、
そして冬の爆弾低気圧ともども『マジか?』と思うレベルだ。
人類が地球を汚しすぎて怒っているような、そんな気分がしてくる。
あまりの長い沈黙に耐えられなかったのか、
美冬ちゃんが話しかけてきた。
『あの子、大丈夫でしょうかね?』
さっきも同じような事を言っていた気がするが、
多分大丈夫だと思っている。
先生は外科でも優れているし、
硬膜外血種自体は初期の処置が早ければ助かりやすく後遺症も残りにくい。
「大丈夫だよ、先生は名医だしね」
『そうですね、大丈夫ですよね』
子どもの怪我を見るのは、俺も好きじゃなかったが、
美冬ちゃんも何か幼少期に会ったのかもしれない。
何も特別な幼少期を迎えているのは、俺だけとは限らない。
『ここまで予想できませんでしたけど、
藤原さんと森脇さんに先に帰ってもらったのは正解でした』
「確かに」
2人は16日のスケジュール変更で俺たちよりも先行して
必要な場所を回り直接大阪支部へ帰還する予定に変更された。
外務省、経産省、共に今回の視察が
早春用のパッケージ企画のためだったので仕上げを急いでいたのだ。
「俺たちの、親の世代は公務員が、
と言うよりも国が儲けるってあり得ない話だったらしいよ、
今じゃ考えられない事だけど」
『そうらしいですね、私も聞いたことがあります。
そうは言っても、国が儲けているって日本だけじゃないですか?』
「確かに。アメリカはどちらかというと、
規制を緩めて民間開放のイメージだから」
『まあ、いろんなところで、
新しい企画に私たちも参加しているんでしょうか?』
そう言って、少し美冬ちゃんは微笑んだ。
藤原さんと森脇さんが行った調査も、
魅力ある資料として一般公開されると同時に、
旅行企画としては旅行会社向けに国内外に売り込まれるはずだ。
売れればいいけれど、と思う。
あくまで売るのは企画までで、
藤原さんと森脇さんがその先を担当するわけじゃないのだけれど。
ここで、美冬ちゃんの腕のAIからホログラムが映る。
『すいません、聖さん。ちょっと作業をします』
そう言って、美冬ちゃんは作業を始めた。
時刻を見ると17時40分、同じことを考えていたようだ。
もう、神戸支局までは帰られない。
この台風並みの爆弾低気圧による特別警戒警報をどこかで、
やり過ごす羽目になりそうだった。
2045年1月22日 10:30
日本近海
潜水艦<ドヴォルザーク>は深度400フィートでゆっくりと
ハワイ島を出てからここまでやってきた。
紀伊水道を超えると更に艦船に注意しながら北上しないといけないため、
最後にクルーへ休みを与えないといけない。
私は、今から低深度まで浮上させ、
最後にハワイ支部との衛星通信で
揚陸ポイントの状況を知っておく必要があった。
作戦もその後に、決めないといけない。
「ハンフリー大尉、しばらく艦の指揮を頼む。
5分後に深度100フィートまで上昇して
通信ブイを海上に出し、
ハワイ支部とマイクロ波衛星通信でミーティングする」
『わかりました、艦長』
副長のハンフリー大尉に任せると、
腕の端末でスティール少佐とライアン大尉を呼び出し、
ブリーフィングルームへ来てもらうように伝え、
私自身も移動する。
ブリーフィングルームに集まり、
ハワイ支部と連絡をとる。
ハワイ支部情報部指揮官のブロンソン大佐につなげてもらい、
「ブロンソン大佐、ジョンソンです」
『ご苦労、ジョンソン中佐』
「作戦に関しての最終連絡のため、
衛星通信を利用しました。
これから先は超長波通信になりますので」
『了解している』
「いま、スティール少佐とライアン中尉が同席しています」
『結構。まず資料映像を送らせる』
数秒しないうちに、全受信できる。
『ライアン中尉、ジョンソン中佐とスティール少佐に
見えるように映像ファイルを開いてくれ』
そうブロンソン大佐は伝えてきた。
ライアン中尉の開いた映像ファイルには、
突風と雪に見舞われる日本の映像が映っている。
とてもひどく、軍事作戦はこの最中は無理な事は容易に想像できた。
見終わるタイミングで、ブロンソン大佐が続けてくる。
『この間は現海域にとどまり、1月24日に超長波通信を受診次第、
事前の打ち合わせ通りのルートで日本領海へ侵入。
紀伊水道を抜け翌1月25日には予定海域へ到達。
こちらのAIが算出したデータによると1月25日は快晴で
作戦には打ってつけだ』
「わかりました。
それで、上陸ポイントと作戦地区の雪は
除雪されていますでしょうか?」
『こちらでは、問題なし。
つまり路面は乾いていると計算した。
また日本政府内の情報提供者も
都市部から順次復旧されると順番付きで報告してきている』
「わかりました、手はず通りを行います」
『よろしく頼む。何かあるかね?』
そう言ってきたため、
スティール少佐とライアン中尉に何かあるか目で合図する。
2人ともに首を振ったのを確認して
「ありません、大佐」
『健闘を祈る』
そう言うと通信を切った。
ライアン中尉に
「作戦内容に関するものは送られてきているか?」
と確認すると、
『現在の日本政府の復旧計画が来ています、
国交省、防衛省、警察庁、国家安全保障庁。
それと警察庁警備部ロボット機動部隊のみ
今回のデジタル無線の周波数帯と
暗号解読ソフトも添付されています』
「なるほどな。悪いがスティール少佐と一緒に
先に作戦の立案をしてくれ。いいかな少佐」
『了解しました、艦長』
今作戦の陸戦指揮官スティール少佐が答えてくる。
「作戦の揚陸部隊と
支援部隊へのブリーフィングのスケジュールなどは
スティール少佐に一任する。
決定次第、報告だけしてくれ」
『わかりました』
「では君たちだけ悪いが、クルーには少し休憩をとらせる」
『アイ、サー』
と2人ともに返事を返してきたのを確認して、
当直勤務者以外は警戒態勢を解き、
各自自由行動とした。
狭い艦内だが、緊張はほぐしておきたい。
◆
先ほど艦長から、自由行動の通達が出た。
しばらくは静粛にしていなくて済むため、
トレーニングマシン以外で、運動ができる。喜ばしい事だ。
早速、格納庫へ向かう。
その間、多数の整備兵とすれ違った。
この様子だと、バーと食堂は一杯だろう。
仕方なく自分のベッドへ向かい
バーチャルゲームをする者も多いかもしれない。
現代戦になり、潜水艦のような水中船に
陸戦隊員が乗艦するようになってから、
トレーニングは深刻な問題だった。
音がするし、スペースもないため、
電気的な負荷を筋肉に与えてトレーニングし、
陸戦隊員としてのフィジカルに
努めることが普通になったときもあった。
流石にそれではメンタルが持たないので中止になったが…。
この潜水艦<ドヴォルザーク>は揚陸潜水艦。
旧世代の円筒状潜水艦と異なり、
薄い楕円形の作りで、潰れたラグビーボールみたいな形をしている。
対潜水艦戦はあまり得意ではなく、
どちらかというと汎用性に優れた、輸送艦だった。
ただし、電磁流体推進出来るので、
他の国が所有している潜水艦よりも圧倒的に静かで、
外部に音も伝わりにくい。
しかも、スクリューも舵もない未来的な作りをしている。
もう一つの特徴は『鋲』の少なさだった。
僕は専門でないからわからないが、継ぎ目がほとんどない。
全長で約300ヤード近い事に比べるとあり得ないとすら思える。
これが速力を60ノット以上で航行できる秘密とされている。
『鋲』がないということはもともと、
ダメージを受けることも想定されていない。
ダメージを喰らえば大規模交換になるからだ。
さて、トレーニングのための運動場、カタパルトに着いた。
主には僕の乗るような<アームド・スーツ>、ヘリコプター、
そして垂直離着陸機がここから発進する。
今回の任務では使用しないが、
ヘリコプターや垂直離着陸機の発進には
ここの外扉を開けてしか出られない。
かたや、僕の乗る<アームド・スーツ>は
専用の水中発射管から今回は発信する。
今は潜水艦行動に合わせて、
どの兵器も格納スペースへ収納されており、がらりとしている。
僕のようなモノ好きが何人かいたようで、
それぞれにジョギングしたりバトミントンをしたり、している。
僕も身体をほぐすためストレッチをするとパキパキと身体が鳴る。
さて、失敗したらもう終わりかもしれないのだ。
とりえず、無心で走れる時ぐらい楽しもう。そう思いながら走り始めた。




