第7話
「あ、あの~。とりあえず、彼女の自己紹介をさせていただけませんか?よくわかりませんがよくない雰囲気を感じますので。」
左近が話しに割ってはいると、とりあえず場が落ち着き、話ができる状況へと変わる。
どうしてこのような状況に追い込まれているのかわからず、左近は右手で頭をかきながら考えるように話しを進める。
「彼女の名前は紙宮 あまづさん。私が使っている護符の紙を製造していただいています一族の方で、私の許婚だった人です。」
「左近様。”だった”ではなく私の中では現在でもそうなのです。訂正をお願いいたします。」
「い、許婚?!」
こよりの過剰な反応に、九尾の女性はにしししと笑いながら、酒をまたおちょこに注ぎならが飲み干す。
「く~。温泉入って、その後にこんな修羅場をみながら一杯やれるなんて最高やな~。」
「せ、先生。けど先ほど”だった”とおっしゃったって事はもう、今は許婚ではないということでよろしいでしょうか?」
こよりが前のめりになりながら必死の顔で左近に、あまづとの関係を確認する。
「あまづさんは了承されていないようですけど、紙宮家の御当主には話を通しておりますので。」
「お父様は関係ありません。左近様、私達の気持ちが大切なのです。」
「わかったわ~。色々あるようやけど、間を取ってうちが左近の嫁にいくって事でいいやん。」
こよりとあまづが二人そろって声をあげる。
「言い訳ないです!」
3人が言い争いを始めると、左近は少しその勢いに押され、後ろへ下がりながらあまづに二人を紹介する。
「あ、あまづさん。まだこちらの二人をご紹介できていませんでしたね。こちら、花右京 こよりさん。私の・・・・。」
「嫁です(キリ)」
「よ、嫁?!」
「にししし。妄想嫁やから安心して。」
「なるほど。しかし左近様も私がいなくなって、すぐにこのような方を引き込むなど、お手が早すぎます。これは私が見張っておらねばなりませんね。」
あまづの言葉に、後ろめたさを感じながら、なぜそう感じるのかわからず首をかしげながら左近は九尾の女性の方へと向く。
「あ、あの私は何もしていないんですけど。で気を取り直してこちらの女性が、あのそういえばお名前は?」
「あ、まだうち名乗ってなかったんやったね。うちの名前はフーエンっていうねん。ふーさんって呼んでくれたらいいわ~。」
「淫乱狐でいいんじゃないんですかね?」
「なんや~そっちのお子様はそろそろ寝る時間ちゃうんか?」
またフーエンとこよりがにらみ合いをはじめる。
あまづがそれを横目で見ながら左近に今回の事件について詳しく話を聞きたいという。
「左近様。今回の右近様の件なんですけど、詳しく話しをしていただけませんか?左近様が退魔治療に失敗するなんて信じられなくって。しかも今回の帝様の罰、私は納得しかねます。」
「あまり、思い出したくないのですが、この旅の目的もお話をしておかなければなりませんので、今回の件についてお話させていただきます。」
左近が話しを始めると、にらみ合っていた二人も言い合いを止め、左近の話に耳を傾ける。
「あれは、右近様が、中国地方の”鬼”の討伐に成功されたと手紙が届いた次の日でした。右近様が”鬼”から受けた傷により、右腕から邪気がもれ始め、周囲の人間達に影響を及ぼしていると帝の使いが来られて、私はすぐに帝の元へと駆け出しました。」
左近が帝の元に着くと、大広間には右代家の官僚と左代家の官僚が集まっており、何かをもめているようだった。
左近は直高のそばに行き、現状の話を聞いた。
「直高様、遅れて申し訳ございません。現状はどうのような話しあいなのでしょうか?」
「右近様が”鬼”の討伐先である出雲にて原因不明の邪気に犯されているらしい。現地の退魔医術士では対応できず、この都から腕のよい退魔医術士を派遣することになったのだが、誰がいくのか検討を始めている最中なのだ。」
厳しい顔をした直高に説明を受け、左近は自分が行くと志願したのだが、直高に始めはとめられる。
「左近よ、本来であればすぐにでもお前にいってもらいたいところではあるが、この都の退魔治療を担ってもらう医術士は、お前でなくてはならないのだよ。」
「しかし、私以外の医術士では右近様の退魔治療は厳しいのではないのですか?」
直高は悲しい表情をし、何かをあきらめる顔を左近に見せる。
「左近よく聞け。右近が受けた傷の鬼の邪気は”オロチの毒”なのだ。」
直高の言葉にあった”オロチの毒”に左近は目を見開き、信じられないという表情で返事をする。
「いまだ、治療方法が確立されていない、あの難病・・・。ということは兄はオロチと戦ったのですか。」
左近が公の場で自分が口にした”兄”という言葉を、理解しておらず直高は気がついたが特にとがめることもなく話しを続ける。
「そういうことになる。」
「まさか、オロチが出るなんて。」
オロチとは400年前に”鬼”を食らう”鬼”が現れ、その姿をどんどん変えていき、やがては8本の頭を持ち、体は1体という山一つの体を持つ大きな大蛇、オロチとなった。
オロチはその巨体を生かし、どんどん人間の住む村を襲っていった。
襲われた村は例外なく壊滅、生き残った人間たちも数日後に息絶えた。
当時の最高退魔師であった”空海”の活躍により、オロチは退治され、平和が訪れたのだが”空海”はオロチと戦ったときの傷で命を落としている。
”空海”の傷を治療しようと幾人もの退魔医術士が挑んだが、成果は出ず今もその”オロチの毒”の治療法が研究され続けているが、まだその方法は確立されていない。
「では、兄を右近様を見殺しになさるおつもりなのですか?!」
「左近よ、今お前が右近に近づけば少なからず、”オロチの毒”をもらうことになりかねない。私は二人の息子を失ってしまうかもしれんのだ。」
「直高様、いえ父上。私は後悔したくないのです。このままでは兄を助けられず、見殺しにしてしまう。何かできることがあるはずです。」
左近の真剣なまなざしに直高は心を打たれ、苦悶の表情を浮かべた後、うなずき左近を見る。
「わかった。帝に掛け合ってみよう。しかし、左近、危ないと思えばすぐに戻ってくるのだ。お前が”オロチの毒”も少し受けたぐらいならまだ助かるかもしれん。」
「わかりました。」
左近は一旦、身を引き直高にお辞儀をしてからその場を後にする。
直高はその場を後にする左近を見つめていた。
直高の後ろにある御簾の奥から帝の声が聞こえる。
「左近は行く気なのだな。」
「これは帝。話を聞いておられたのですか?」
「聞くつもりではなかったのだが、聞こえてしまった。すまぬな。」
「いえ。本来ならすぐにでも、左近を右近の元へ行かせてやりたいのですが。今回の話、”オロチの毒”だけではないので、どうしたものかと。」
「そうだな、しかし先ほどの左近を見れば下手をすれば、この余の目を盗んででも、右近の元へ行くかも知れぬぞ。」
「その分、”左の手”の方々に付け入る隙を与えるかもですか?」
「そうだな。あやつらも、そんなところにばっかり頭を使わずに世の中に役に立つように頭を回してほしいところだな。」
帝の言葉に直高は少し笑顔を作るがすぐに基に戻る。
「これはこれは、帝おいでになられたのですか?」
篠老が帝がいることに気がつき会話に入ってきた。
一気に空気が重くなるのを感じながら御簾から少し下がり直高は、自分の席へと移動する。
「今来たところだ。すまぬな。評定に遅れてしまった。」
御簾の帝の影を見ながら一同が頭を下げ、今回の右近の件に対する会議が始まった。
本来、この場に左近も出席する立場にあるのだが、まだ歳が若いとの事もあり、左代の陣営が意見したことにより左近は会議に出られないでいた。
立場の順でいうと左近、右代家、左代家の順で権限がある。
左近は特別な位を与えられている。
しかし、そのおかげで都から出たことがなく、帝直轄の退魔医術士として、都の民のために医術を振るっていた。
その立場を気にいらず、左代家の人間と、もめることが多くいらぬ争いごとを好まぬ左近は一歩身を引く形で情勢を抑えていた。
「この度の件をまとめる。中国地方に出没した鬼を討伐した一行のほとんどが、死亡し、討伐の指揮をしていた島津右近の身が危険にさらされておる。これを治療するために退魔医術士の派遣を考えておるのだがこれにどう思う?」
帝の話を聞きながら、右代家のほうからざわめきが聞こえる。
その中で直高が右手をあげる。
「直高、意見を申してみよ。」
「失礼ながら、島津左近がこの件に強く要望があるようで、島津右近の治療に当たりたいと申しております。」
御簾のむこうで何か考えるように帝が少し沈黙をする。
軽く息を吐きながら、帝は直高の回答を行う。
「それはできぬな。島津左近を都から出すことはできないのは知っておるだろ。あやつの変わりがおらぬ。」
「それは承知しております。しかし右近は左近の実の兄。無理にこの件を却下されるのはいかがなものかと。」
左代家の面々も少しざわめき始める。
篠老が含みのある顔をして手を上げる。
帝はそれを見て、重いため息を吐きながらそれを悟られないように篠老を指名する。
「篠、意見があるというのだな。」
「は。では失礼いたしまして。そのような申し出があったとは、これは本人の意思もあり、例の件を考えていただく時期かと思っておりますが。」
「まだ早いと思うがな。篠その件を今話しあう場ではないと思うが。」
少しきつめの帝の口調に押されながら、篠老は顔を下げ苦い顔をする。
それでも意を決してもう一度申し出を行う。
「帝、中国地方の鬼を討伐した島津右近を治療できる可能性のある退魔医術士は恥ずかしながら、島津左近しかおらぬと私も考えております。」
「珍しいな。そちが左近を評価している話が出るとは。おぬしのところには優秀な医術士はおらぬと申すか。」
皮肉交じりの帝の言葉に顔を赤らめ、ながら何かに耐えるように篠老は話を続ける。
「恥を忍んで申し上げます。確かに左代家には島津左近を超える退魔医術士はおりませぬ。しかしながら、”柱”になれる存在はおります。そのものに”柱”としての役目を与えたなら、島津左近の望みをかなえてやることができるかと。それぐらいの覚悟で島津右近を助けに行きたいと申しておると私は考えております。」
「しかし、その”柱”になれるものがまだ6歳ぞ。負担が大きいのではないのか?」
帝の言葉に篠老は、少し考えたしぐさをするがそれが臭い演技だと誰が見てもわかる。
それでもその臭い演技を続けながら篠老は帝に返事を返す。
「詩鶴は6歳ですが、かの”ひのか”様をその体に宿し、”柱”にはこれほど適任なものはおりますまい。」
「”ひのか”は承知しているのか?」
「もちろんでございます。」
すごく悪徳商人のような笑みをうかべ、誰の目にも、腹黒な本性が表に出ているのがばれているが本人はそれを隠せてると思っているらしい。
「確かに、これ以上口論をしていてもしかないかもな。詩鶴の”柱”にする手はずは整っているのか?」
「ぬかりありません。明日にでも儀式を執り行い”柱”として認めていただけるかと。」
「明日か。準備がいいようだの。篠。」
その言葉にしまったと篠老が顔をこわばらせえる。
儀式には時間がかかり、最短で1週間はかかるものである。
それが1日でできるなど手回しが良すぎると帝は言っているのだ。
「それはこのようなこともあろうかと準備を進めていたということか?」
帝の質問に何もいえず篠老は沈黙する。
ここで認めればかなり、今回の件になんらかの不振を持たれえると篠老は顔を青ざめる。




