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(旧) 退魔医術士 左近  作者: 脩由
第一章
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第4話

 ”鬼”との戦闘は、こちらから直接攻撃を行わないことが基本となる。

 なぜなら”鬼”からの攻撃により”退魔術式術装”をまとっているとはいえ、ダメージを受け続け、ある一定ダメージが蓄積させると術装が解けてしまい、”鬼”からさらに攻撃を受けると邪気を体に流しこまれ、その部分から”呪い”を受ける。

 そして大きな問題は”退魔術式術装”が解けてしまった状態で”鬼”の直接攻撃によるダメージを受けた場合、その傷口からすぐに体が腐り始める。

 そのため細心の注意を払いながら戦闘を行うため精神的にも肉体的にも高度な戦闘方法を要求される。

 左近が習得している退魔医術は戦闘よりも治療を優先に鍛錬を積んでいるため、今回の魚鬼との戦いはかなり負担の大きいと予想されていたが、こよりの退魔術式術装の稼動時間の延長が左近の精神的な負担の軽減となり、気持ちを落ち着かせる事になった。


 「時間はあります。落ち着いてやれば成功できるはず。」


 自分に言い聞かせるように、小声でつぶやきながら左近は、先ほど手にした新しい紙を構えながら、意識は魚鬼に集中しながら自らの精神を統一させていく。


 「まずは結界を張ります。結界を張れば私が倒れるまで結界外には出られませんが、こよりさん大丈夫ですか?」

 「私は先生のサポートをするといったはずです。私が結界外に出れば、私が使用した術の効力も失われてしまいます。もう覚悟はできています。」


 こよりの返事を聞き、左近はもう一枚別の紙を取り出し、両手に1枚ずつはさむと、術を唱える。


 「わかりました。しかし何があっても私がこよりさんを守ります。ではいきます。陰陽術 ”結界陣”」


 左近は紙を地面に投げ捨てると、そのまま紙は地面に吸い込まれていき、大きく地面に光輝く五芒星の線を描きながら結界を構築させる。


 「これでやつにダメージを与えても回復するための邪気を吸収することはできません。」


 左近が使用した”結界陣”は結界内で発生した戦闘による建物の損害を結界をはずしたときに”なかった事”にしたり、鬼が回復するために必要な邪気を吸収できなくしたりするメリットを持ちながら、一度結界を構築してしまうと結界を張った術者が殺されるか、鬼を倒してしまわない限り結界内にいる人間は外に出られなくなってしまうため、戦闘による危険度が増してしまう。

 さらに結界を構築するために必要な霊力も非常に大きく術者に負担をかけてしまうため、よほどのことがない限り陰陽師たちは結界を構築せず、人がいない安全な場所、森、平地など広い場所まで鬼を捕縛、おびき出しなどを行い、鬼と戦いやすい状況を作り出し戦闘を行うことが基本とされる。

 左近は鬼との戦闘経験が少なく、術も小技を生かすより大技で一気に決着をつける戦い方を今までやってきた。

 しかし、こよりがそばにいることで鬼を牽制しつつ、確実にダメージを与えながら動きを封じながら、先ほど見た魚鬼の動きに対して、大技を仕掛けるのは術の隙をつかれ、こよりに危険が及ぶ可能性もある。

 小技を使いながらの戦闘をするには先ほど使っていた紙”護符”の数も手持ち分では心もとない。

 左近が作戦を考えている間に魚鬼も戦闘体制に構えを取り、左近を正面に左側に回りながら、隙をうかがいつつ、口をもごもごさせていた。


 「何か魚鬼は仕掛けてきます。こよりさん、私から少し離れておいてください。」


 こよりは左近と距離をとり、魚鬼と左近を見ながらいつでも対応ができる状態でその瞬間を待つ。

 魚鬼が左周りに動いていたの止め、大きく口を開くと口の中で水を圧縮して、野球ボールぐらいの大きさの水玉を、普通の人間が認識できない速度で左近に向け吐き出した。

 それでも左近はまるで見えているかのように水玉をよけながら、連続して繰り出される水玉を防ぐために護符に霊気を送りながら術を唱える。

 左近の術の多くが火を主体とし、左近の前に火の壁を作る術を護符を前に投げながら口ずさむ。

 大きな火の柱が何本も立ち、その火力は魚鬼の水玉を蒸発させる。

 よほどの火力がない限り圧縮された水玉を蒸発させることは不可能である。

 本物の火でできた壁なら水玉と火が当たる時に発生するインパクトがほとんどないのだが、霊気を含んだ左近の火の壁は文字通り壁として役割を果たし、水玉と火が当たる時に発生するインパクトが発生する。

 左近が作り出した火の壁は本物の火の壁とは違い、火が石でできた壁のように”硬い”のである。

 そのためにぶつかったときの衝撃音があたりに響き渡っていた。


 「さすがに何度も、よけるのは体力的に無駄ですからね。しかし、かなりの威力の水玉です。私の火壁が徐々に削られていくなんて。」


 まだ、魚鬼はあきらめずに水玉を口から打ち続けていた。

 水玉と火壁が衝突する時に、石の壁から残骸が飛び散るように火が飛び散り始め、火壁が削られ始める。


 「動きはいいんですけど、頭は魚並なんですね。そんなに無駄に水玉を使い続けていては邪気が体から抜けていきますよ。」


 魚鬼の水玉の威力が明らかに落ちていた。

 そしてやがて、魚鬼も肩で息をし始め口をパクパクする。

 邪気を吸い込もうとしているようだが左近が作り出した結界でそれができるはずもなく、意外にあっけなく、魚鬼は肩で息をしており動きを止めていた。

 左近は護符を取り出し、初めに使った火の鳥の術を魚鬼に放つ。

 火の鳥は今度は直接突っ込むわけではなく、魚鬼を真ん中に右回りに移動し、徐々に速度をあげていき、地面から火が沸き立ち始めた。


 「さきほど使った火壁の霊気を、そのまま継続で使わせて頂きました。まだ残っている霊力を使わないともったいないですからね。火の鳥に”道”を作っていただき、火壁を攻撃に使わせていただきました。」


 火壁はやがて、火の鳥に導かれるように渦を巻き竜巻になりながら魚鬼を包囲する。

 竜巻の中は相当な高温状態になっている中で魚鬼の断末魔の悲鳴が響いていた。


 「頭は悪いようですが、直接的な力比べをすれば確実に押されていたでしょうね。」


 魚鬼が火の竜巻から開放され姿を現したときには、横に倒れており、ほぼ人間の体になっていた。

 魚鬼の体の部分は蝉の抜け殻のように薄く半透明になっており、触ればすぐにでも崩れそうな感じだった。


 「これでようやく治療ができます。早速、退魔医術式を開始します。」


 左近は魚鬼に近づき、患者となった魚鬼の顔の部分に触れる。

 触れた部分の殻が簡単に剥がれ落ち、もともと漁鬼の顔になってつぶれていた顔の半分がすべてはがれ、本体である本来の人間の顔が現れた。


 「左近先生、この状態なら触れても呪いは大丈夫なんですか?」


 こよりが左近に近づき質問をかける。


 「この状態までなってしまっては、”鬼”として機能していません。邪気も完全に消えています。この魚鬼の部分が見えているのはただの殻だと思っていただいて大丈夫です。」

 「そうなんですか。しかし、この方、よく見ると見たことが・・・。あ、左代家で行っている退魔医術学の生徒の中に見た覚えがある気がします。」

 「え?退魔医術学の生徒さんだったんですか?ふむ、だから邪気があれほど馴染んでいたのかもしれませんね。異能を持った人間と邪気は馴染みやすいのです。ただ、人間には理性というものがあり、それが邪気に反発を起こし、普通では鬼になることはないのですが。しかも退魔医術学の生徒さんの抵抗力は、普通の人とは比べ物にならないのですが。」


 左近は話ながら手は休めず、魚鬼の顔以外の殻の部分も手で取り除いていく。

 ほぼ取り除いた状態になった患者の肌の色は血の気がなく土色になりかけていた。


 「これは早くしないと死んでしまいます。」


 左近は新しい護符を手に取り、護符を両手で合唱するようにあわせ霊気をこめる。


 「医術用の退魔術式術装に変装します。」


 青色だった退魔術式術装が白く発光し、新しい姿へと変装される。


 「やはり、左近先生は戦闘の退魔術式術装よりこちらの医術式のほうがお似合いだと思います。」


 こよりの話を聞きながらはにかむ左近を見て、こよりのほほが赤く染まる。

 それに気づかず、左近は攻撃で使用していた護符より一回り大きい護符を取り出し、右手の人差指と中指ではさむと患者の体の上で水平にかざし、術を唱えながら霊気をこめる。

 護符が白く発光し、護符を覗き込みながら患者の頭からゆっくりと足のほうへずらしていく。

 足まで護符をずらし、胸のあたりにもう一度護符を移動させる。


 「やはりこの胸のあたり、つまり心臓の位置で邪気を感じますね。」

 「何があるのですか?」

 「まだわかりません。心臓を霊的復元し、邪気があるかを確認いたします。こよりさん簡易的ではありますが、私の助手として指示に従っていただけますか?」

 「もちろんです。左近先生それで私は何を?」

 「たぶんあるとは思うのですが、私が邪気を生み出している”鬼の芽”を採取いたしますので、この護符で採取した”鬼の芽”を包み込んでいただきたいのです。」


 左近が懐から、真っ白で術式が書かれた札をこよりに手渡す。

 こよりがそっと気をつけて受け取るのを確認し、左近が患者に視線を戻す。

 

 「それは構わないのですが、”鬼の芽”を包む時に呪いは大丈夫なのですか?これが人間を”鬼”に変えてしまう素なのですよね?」

 「呪いとは”鬼”自身が意図的に作り出す邪気を受けることにより発生します。”鬼の芽”から発せられる邪気は大気中に含まれている邪気と変わりありませんので触っていただいても大丈夫です。」

 「わかりました。」


 左近から説明を受け、こよりは少し下がる。

 左近は白く発光していた護符を患者の心臓の位置に置き、印を結びながら術を唱える。

 すると護符を通し、薄く青白い光を放ちながら、胸の辺りから心臓の形をした映像が浮かび上がる。

 左近の胸の辺りまで心臓の映像が浮かび上がると動きを止め、心臓の鼓動と同じく、小さくではあるが、どくんどくんと脈が打っている。

 3D映像化された心臓の周りをいろんな角度から確認し、上からでは見えない下の部分に左近は何かを発見する。


 「こよりさん見てください。これが”鬼の芽”です。」


 こよりが3D映像の心臓に近づき、下を覗きこむと心臓の一部の細い血管に何か小さな違和感のある物体が付着していた。


 「左近先生、この小さい豆みたいなものが、”鬼の芽”でしょうか?」

 「そうです。最近この”鬼の芽”が付着した患者が頻繁に私の診療所に運び込まれており、治療を行っていました。」

「頻繁にですか?」


 左近はうなずきながら、3D化された心臓を手につかみ裏返しにする。

 その奇妙な行動にこよりは少し、驚きながら左近の手に注目していた。

 左近は右手の人差し指と中指を、左手で包むと術を唱えながら、左手を引き抜く。 

 すると右手の人差し指と中指が発光する。


 「これより、心臓から”鬼の芽”を除去します。さきほど渡しました護符の準備をお願いします。」

 「はい。」


 こよりは護符を広げて両手で支えるようにもち、左近の指示に従う。


 「では剥離を開始します。」


 左近はゆっくりと心臓に右手の人差し指と中指を近づけ、細心の注意を払いながらほかの血管などの部分をさけ”鬼の芽”外周部分だけを綺麗になぞるように指を押し当てていく。

 左近の顔には、ものすごい量の汗が吹き出ており、集中力が極限状態にあることを示していた。

 こよりはその汗を拭いてあげたいが、今は護符を広げるように支持されているため、そのままでいることにした。

 左近が綺麗に一周”鬼の芽”をなぞり終えると、右手でなぞった突起した部分を指でつまみ、上に持ち上げる。

 すると綺麗になぞった部分だけがはがれ”鬼の芽”が持ち上がる。

 そのまま左近は、はがれた”鬼の芽”をこよりが広げてくれている護符の上に置き、一旦自分の汗をぬぐう。

 そして今度は両手を合わせて、右指の発光を収めると、次に別の術を唱え、両手が光り始める。

 

 「こよりさん、その”鬼の芽”を護符で包んでいただいていいですか?剥離は成功いたしましたので、私はこれより切り取った部分の再生処置をいたします。」

 「わかりました。」


 こよりは左近に言われたとおり綺麗に”鬼の芽”を護符で包み込む。

 左近は剥離した心臓の穴を、右手でかぶせるように押さえながら術を唱える。

 左近が右手を離すと、きれいに穴がふさがり、心臓はさきほどより力強く脈を打ち始める。


 「後はこの心臓を元にもどせば術式は完了です。」


 左近はゆっくり手で押しながら3D化された心臓を患者に戻し、完全に元に戻すと退魔術式術装と結界を解除する。


「後は、この患者を安静にできる場所に移動すればいいんですけど。」

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