第15話
左近は帝の管轄の役所で取り調べを受けていた。
左近の目の前に、陰陽師らしき服装を着た20代後半の女性が左近に質問をしていく。
釣り目で印象は”気が強そうだ”と思わせ、口調も厳しいのでよりそう印象を強くする。
「では貴様が数名の医術士たちと結託して、今回の件を起こしたのではないのだな?」
「私が今回の件の主犯格であるならば、まず、自分のお役目を放棄し、出雲に向かっていたでしょう。自分の保身のために研究を行うなど私にどうしてできましょう。」
左近の言葉に、意外な言葉が返ってくる。
「知ってる。」
女性が言った言葉に疑問の顔を左近がし、その真意を尋ねる。
「どういうことでしょうか?」
左近は女性が言った言葉を疑った。
何を知っているといっているのかわからなかった。
女性は先ほどとは変わり、柔らかな口調で語り始める。
「島津左近。あなたのすべてを私は知っている。あえて質問させてもらったの。」 「どういうことですか?」
「帝の命により、あなたが”柱”になった日からずっと監視していた。」
「え?!」
左近は衝撃の事実を突きつけられ、言葉がでなかった。
(私を監視していた?なぜ?)
懸念が顔に出たのか、それを読み取り女性が話しの続きをする。
「理由は簡単でしょう?都からあなたがどこかに行かないようにするためよ。」
「それで今までずっと私を監視してきたと?」
「そう。自分ではあまり自覚していないようだけど、”柱”は帝、いえこの日ノ正に必要不可欠なの。」
「確かに”柱”は必要だと思いますが、しかし、普段の生活の中で私はあなたの気配を全く感じなかった。」
「当然。それと私一人で監視していたわけではないわ。あたなが知っている人間の中にも監視者はいたし、私達はあなたが気配を感じる範囲外で見守っていた。」
左近は、自分の”柱”としての役目は十分承知していたが、そこまで重要な職務だとは思っていなかった。
今回、右近を救うため出雲に行くこともさほど気にしていなかったのである。
「あなたがどう思っていたかは知らないけど、帝の力は衰えている。”柱”が数日おそばを離れることはまさに日ノ正の危機なの。今回の件というよりも、都を離れようとしたことのほうが十分、重罪なの。」
左近は何も言いかえせないでいた。
この女性の言っていることのほうが正しいように思える。
ここ数年”柱”は左近一人だけで、ずっと帝のそばで支えてきた。
しかし、どこかでその感覚が麻痺し、自分の役目をおろそかにしていたのではと感じてしまった。
「わかったようね。結果的にみれば、もう一本”柱”が誕生し、あなたは今回の件を終えた。後は誰かに右近様を任せればいいの。」
左近が苦い顔をし、言葉を探す。
「あなた、まだわかっていないの?一人の人間と数千万の人間の命どっちが大切なの?」
左近の中で、葛藤が生まれる。
兄上、右近を助けるのは自分しかできないと考えており、ほかの退魔医術士の力では到底無理だと考えている。
しかし、”柱”の仕事を放棄すれば、日ノ正は崩壊する。
普通なら、天秤にかける間でもなく”柱”としての役目を全うするべきだと思うのだが、理屈ではなく心が納得していなかった。
「納得していない顔ね。ずっと見てきたとおり、一途で一直線すぎるのよ、あなたは。」
女性はため息をつきどこかあきらめた表情で、話を続ける。
「帝から、あなたに伝言があるの。”柱”は無事見つかった。後はあなた次第だと。」
「ど、どういうことですか?」
「篠のくそじじいのせいであなたは罪人扱いされている。これをうまく利用して、島津右近の治療法を探す旅に出られるように帝と直高様が配慮されたの。もちろん、あなたが”柱”としての役目を全うすればそれに越したことはないけど。」
左近はうつむき、自分と向き合う。
(まだ6歳の詩鶴様が”柱”となられた。”ひのか”様なら問題はないだろうが、私が戻ってくる間に、お力が損なわれれば、日ノ正は危機にさらされる。それも見越されて、私に旅に出る機会を与えて下さったことに私はどう報いれば。)
「治療方法見つける自信はあるの?」
「自信は正直わかりません。右近様に施した術もあくまでも推測で計算を立てたもの。もしかしたら早く術が解ける可能性だってあります。」
「それでも行きたいんでしょ?」
「わがままを言っているのは承知しております。しかし、自分の心にはうそをつけません。どうかお許しください。」
「別に謝罪がほしいわけではないわ。結果を見せてくれれば、帝もお喜びになられる。」
女性は軽く頷き、左近に言葉を返す。
「取調べはすんだわ。帝が処分を決定するまで、しばらくこの牢屋にいてもらわなければならないんだけど、私の監視の元、1箇所だけなら外に出られるようになっているんだけど、どこか挨拶にいきたいところある?」
左近が悩んでいくところを決めたのは、自分の許婚の家、紙宮家だった。
紙宮家は代々、護符を作成するための紙を作っている貴族で、退魔陰陽師、退魔医術士にはなくてはならない存在だった。
その地位も高く、島津家とは遠縁にあたる。
紙宮家から縁談の話しが持ち上がり、島津家の双子のどちらかにと話しがあったのだが、右近は自分から許婚の件を丁重に断り、左近に紙宮家との婚姻の話が回ってきた。
左近は医術以外にさほど興味がないせいか、結婚についてあまり重要に考えておらず、この話を特に気にすることもなく受けた。
紙宮 あまづが、この話にすごい喜び早く結婚できる歳にならないか指折り数えて待っていた事は言うまでもく、左近に年何回かの行事で会うことがどれだけ幸せだった事か。
しかし、今回の件で、自分の今の現状では、あまづまでも、悪事に巻き込んでしまう可能性があると伝える為にと、今までの礼をかねて挨拶にいくことを決めたのだった。
城下町の貴族達が住む区画の端の方に紙宮家の屋敷があった。
「紙宮 宗右衛門様。お久しぶりです。」
「よく来てくださいました。島津左近様。今回の件、お話は伺っております。もちろんあなたに非がないことも承知しております。」
茶の間に通された左近は紙宮家頭首 紙宮 宗右衛門と対面で座っていた。
宗右衛門は、左近に非がない事を認めており、丁寧な対応をしていた。
「その件に関してまして、私は日ノ正を離れることになると思います。そんな身の私を待っていてもらう資格はないと、このたび婚姻の件を白紙にしていただきたく参りました。」
左近の話を聞き、首を横に振りながら宗右衛門は自分の考えを口にする。
「私の考えでは、左近様をお待ちしていても問題はありません。娘もそれを望んでいると思っております。」
「世間では私は、罪人として扱われております。そんな人間の婚約者などとあまづ様には言われてほしくないのです。あまづ様には私ではふさわしくないと天がおきめになられたのではと思っております。」
少し間をおき宗右衛門が残念そうにつぶやく。
「そこまで考えておられましたか。私としてはすごく残念なことです。」
二人は沈黙を作り、しばらくして、宗右衛門が口を開く。
「わかりました。婚姻の件、白紙とさせていただきます。しかし、あなたが帰ってこられたら、また考え直していただけますかな?」
「え?」
「私はあきらめが悪いほうでして、娘の悲しむ顔もみたくない。どうでしょうか?」
宗右衛門の提案に、左近がうなずき返事をする。
「わかりました。戻ってきたときにあまづ様がまだお気持ちにかわりなければ。」 「これで娘に顔向けできます。」
頭を下げる宗右衛門に左近は驚きながら、そんなことはしなくていいと促す。
「紙宮様、頭をお挙げください。頭をさげなければいけないのは私のほうです。」 「いえ、今回の件なんのお役にも立てず、申し訳なく思っております。」
左近が宗右衛門の手をにぎり、首を横に振る。
「いつも、最高の品を提供いただき、感謝すれど何も返せないのは私のほうです。」
「私はあなたの義父に早くなりたかった。」
左近は深く礼をし、宗右衛門が何度もうなずき涙を流す。
そして左近はその場を後にした。
本日21時より第1章最終話をアップいたします。




