第1話
医術の話ではありますが、まったく医術の知識はありませんので
そのあたりはご了承ください。
この国のを収める”帝”がいる皇宮内、大広間の中央で、青年と思しき人物がひれ伏していた。
青年の名前は”島津左近”16歳。
容姿は頭部の後ろで綺麗な黒髪を束ね、背中までの長さでありながらつややかな髪質、そして女性のようなほっそりとした体系をしており、顔も女性と言っても嘘がばれないような中性的な印象を与え見ている者を魅了する。
ひれ伏し方も品を感じさせ、気品ある佇まいに絵にもいえぬ雰囲気をかもし出していたが、彼を取り囲む白装束の老若男女たちはまるで汚らしいものを見るかのごとくさげすむ目で左近を睨み付けていた。
左近の目の前には、御簾の囲いがなされており、中には人らしき影が座っている。
「島津左近、表を上げよ。」
「帝なりませぬ。そのような者の顔など拝見すること。お目が穢れてしまいます。」
美しく澄んでいるが、男性だと思われる声が大広間に優しく響き渡り、その声に左近が顔をあげようと反応を見せようとした時、御簾の近くに控えていた老人が立ち上がり非難の声を上げる。
帝の声とは対照的に、思わず耳をふさぎたくなるような、しゃがれた声だった。
「左近控えぬか!貴様のような輩が帝の前に姿を見せること自体恐れ多いことなんだぞ!」
怒気を含ませ言い放ち、髭が長く、顔に刻まれた皺が頑固そうな雰囲気に拍車をかける老人の言葉に、周りの人間達も同じような感情を持っているのか同調の声を上げる。
「篠。左近は罪人ではない。余の前に穢れた者をお前が連れてくるはずはないからな。それとも違うのか?」
帝の一言に篠と呼ばれた老人は大きく威張った体を小さくしながら帝に言葉を返す。
「確かにそのような輩を帝の前にお出しするような事はいたしませぬ。しかしながら、そやつは帝が直接お声を頂戴するような者でもございませぬ。何せ帝のご期待に添えなかったのですからな。」
侮蔑の言葉を受けながら、左近はひれ伏したまま、何も言い返さなかった。
ただじっと何かに耐えているような、寂しげな背中だけが周囲に見えていた。
「篠よ。左近は確かに、余の命を受け指示通りの動き、そして失敗した。しかし失敗は罪ではないぞ。」
「確かに罪ではございませぬが、このたびの件の責任はすべて左近にございます。」
「確かに見方によってはそうかも知れぬが、余はそうは思っておらん。左近、顔を上げよ。久々にそなたの美しい顔が見たい。それとも余の命を聞けぬのか?」
「では失礼させていただきます。」
左近が一言断りを入れ、顔を上げる。
その目は黒く澄んでおり、りりしい顔立ちは美しいという印象しかなく、先ほどから険悪な雰囲気を出している者達の中に、感嘆がもれる。
「その顔、久々に見たがやはり美しいな。本当はこんな陰湿な雰囲気の中、そなたの顔を眺めたくはないのだがな。」
帝が左近に顔を上げさせている間、篠老は苦虫を食べたような顔をして、左近を親の敵のような殺気だった目で見ていた。
「ま、話がそれた。確かに失敗は罪ではないが篠のいうとおり、責任の所在をはっきりさせておく必要はある。」
左近は目を閉じ判決を待つ覚悟を決めた顔立ちになった。
「このたびの件、島津左近に対し、役職を除名し、国外追放とす。」
周りから”おお~”とどよめきの声が上がる。
篠老にいたってはその顔に笑みがうっすらと浮かぶ。
「ただし、兄、”島津右近”の治療法が見つかった場合、国内に戻り治療を行ってもらう。そして回復の兆しが見えたなら、その責任をなかったこととし、国内に戻ってくることを認める。」
そんな馬鹿なという声も多く聞かれ、左近はその判決に小さく息を吐く。
「み、帝、それはあまりに寛大すぎる裁きではありませんか?!」
先ほど小さくなっていた篠が何かを焦る様に帝に意見を申し立てる。
「篠、先ほどから意見が多いな?余の裁きに問題でもあるのか?」
「失礼ながらわが意見としては、この島津左近は退魔医術士として最高の位を与えられながら、わが国最強の退魔陰陽師、”島津右近”を治療できず、この都の安全を害したものにございます。この責任、それ相応の処罰が必要かと。」
「では篠、お前なら右近を治療できると申すのか?」
「そ、それは・・・。」
「お前も、左代退魔医術士官ではないか?」
篠は帝の言葉に声を詰まらせ、これ以上の意見できず席に戻る。
「ほかに意見のあるものはいないか?無礼講である。今なら話は聞く。これ以降にこの話蒸し返すようなら、それなりの処罰を考えるが?」
美しい中にも重みを含ませ、威圧感を感じさせる帝の言葉に周りの取り巻き達もモノいえず、この場に集まった者のほとんどは左代退魔医術代官”篠”一派の者達が多く、篠自身は自分の一派の者達に何か意見せよと目で訴えるが、これ以上、意見できるものがおらず、帝の話が進もうとしたとき右代退魔医術代官”島津直高”が手を上げる。
「ほう、直高。息子の処分に不服なのか?」
「いえ、帝。この件のお裁きお見事だと思っております。ただこの件、期限を設けておかなければと思いまして。無期限だと、左近が責任に対して軽く感じれるかもしれませぬ。期限を設けることで、左代関係者の皆様方も納得していただけるかと。」
「ふむ、そうだな。確かに無期限では責任の重さを軽く見えるかもしれんな。で右近の体調を見て判断するに直高、期限はいつごろになりそうだ?」
関心したような口調の帝の言葉をうけ、直高は用意してあったかのように口を滑らかに動かす。
「2年が限界かと。」
「では2年以内をめどとし、治療方法を見つけ出せず国内に戻ってこなければ島津左近を国外永久追放とす。」
篠は下に顔を向け先ほどよりもいっそう濃い醜き笑みを浮かべる。
その篠の醜き笑みが見えたかは定かではないが帝が篠に提案を持ちかける
「後、公平を帰すため、責任を償う姿勢があるかを確認するための監視役選抜の任を、左代退魔医術代官”篠道灌”に任せたいのだが?」
醜き笑みを浮かべながら、篠はその笑みを帝に見せることがないよう顔をさらに下ぎみにしながら返事をする。
「その任謹んでお受けいたします。」
「では一週間後、島津左近を国外追放にす。この件以上にて閉廷。」
「帝、左近が逃げるやも知れぬので牢屋に監禁ということでよろしいでしょうか?」
「そうだな。じゃあ、篠お前の屋敷にもで監禁しておいてもらおうか?」
「そ、それは・・・。わが屋敷に牢屋などはございませぬ。帝直轄の役所の牢屋にでもいれておけばよろしいかと。」
「では私が右代退魔医術代官の名において、我が屋敷にて監視いたしましょう。」
「そうしてもらえるか。すまんな、直高。」
芝居かかった二人のやり取りに篠老が口を挟む。
「右代様の屋敷では、親子の情もあり、それこそ逃がすやもしれませぬ。」
「そうはいうが、篠よ一度はおぬし話を断ったではないか。」
「帝、この直高、先ほどいったとおり、右代退魔医術代官の名においてこの件お受けいたしました。篠どのもこの件不服なら、私が親の情で左近を逃がした場合、あなたに右代退魔医術代官の座を引き継いでいただいても結構です。」
「その言葉しかと聞きましたぞ。で、あるならばこれ以上、口ははさまないでおきましょう。」
話がまとまり、全員ひれ伏し、御簾から帝の気配が消えるまで、誰も顔を上げることはなく、島津左近の判決が決まった。
「左近。すまぬな。この不出来な親を恨め。」
「直高様。感謝すれど恨むことなど、どこにございましょう。」
すでに二人は帝の屋敷から、右代邸へ向かう途中で、直高が馬にまたがり、役人に縄で手を縛られた左近に話をする。
辺りは平安時代のようにきらびやかで、まだ真新しさを感じさせる町並みの中、野次馬の町民たちが家の前から左近と直高を見ようと大勢たっていた。
その中に左近と直高に駆け寄る子供達がいた。
「直高様。先生は何も悪いことはしてねーんだ。許してやってください。」
多くの子供達が直高の前にひれ伏し頭を下げる。
直高付きの役人達が子供達をどかそうとすると、直高は馬からおり、一番体が大きくやんちゃそうな少年の肩に手をかけ立たせる。
「すまんな。子供らよ。左近は帝の命により、国外追放となった。」
その言葉に、子供らの顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。
見ていた町民の中でも多くの女性は手で口を覆い嗚咽を漏らす者もいた。
判決に対して非難の声が聞こえてくる中、左近は町民に大きく頭を下げ、その姿に町民は何も言えずその場が静まりかえり、直高一行は屋敷へと移動していった。
「町民に好かれておるな左近よ。あれがお前が手を抜かず、今までやってきたことへの評価だ。」
「しかし、兄上は救えませんでした。」
大きな悔いを感じながら左近が言葉を漏らす。
「まだ、その決断は早すぎるのではないか?帝はあきらめておられぬよ。お前の心が折れたときが本当の最後だと思っておられる。私も同じ意見だ。」
縄を解かれ屋敷の一室で2人、対面に座り和食一膳が運び込まれる。
「腹もすいてはいい案もでまい。あの一件よりろくに食べていなかったと聞くが?」
「私にこのような豪華な食事をする資格があるのかと、自分で問うては食欲をなくしていました。」
「帝の判決は出た。今日から罪を償う覚悟があるのなら、体を作るための最善の努力はしておきなさい。健全な肉体から新たに生まれるものもある。」
左近は涙をこらえながら目の前に置かれた食事を感謝を持って食べることにした。




