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黒姫  作者: mint
8/12

夏祭り 1日目

親たち大人が、祭りの準備をしている間に勇人と紗知が山の様々なところを案内してくれた。

勇人がお気に入りだという見晴らしの良い場所は、3人の秘密の場所になった。

最初は人見知りからか、玲奈に対して遠慮がちだった紗知も、玲奈の面倒見の良さが手伝って、1時間も経つ頃にはべったりくっついて遊んでいた。


「「「やっほ―!!!」」」

3人で声を合わせて向かい側の山に叫ぶ。やっほー、と返ってきた山びこに3人で声をあげて笑った。紗知は笑い上戸で、なかなか笑いが止まらない紗知が可笑しくて、玲奈と勇人もつられてまた笑う。


♪~

不意に、軽やかな音が周りの空気を一瞬にして包み込んだ。

笑っていた玲奈と勇人の声が止む。

遠くまで広がるその歌声は、目の前の小さな少女からコップに張り詰めた水が溢れるように、するすると流れ出していた。

玲奈と勇人はその場に張り付いたように、紗知から紡ぎ出される音色に聴き入っていた。


「すごーい!紗知!歌上手だね!!」

音が途切れ玲奈が拍手すると、紗知は照れくさそうに顔を赤らめた。

「なぁなぁ、いまの何て曲??」

勇人の問いに紗知は困ったように腕を組んで悩む素振りをしたが、すぐににっこりと笑った。

「んーとね……れいちゃんと、ゆーとと3人で楽しいなって曲」

「え、そうじゃなくて曲の名前は?」

「名前決めてないもん。楽しいなって思ったら音が浮かんできたから歌ってみたの」


玲奈と勇人は目をぱちくりと動かしお互いを見合った。

「紗知が作った曲だぁ!!すごーい!」

「すっげぇ!!」


歌詞のない、ただその場で思いついた譜面を声にしただけだった。けれど、こんなにも周りから褒めてもらったのは初めてだった。その場限りだったはずの曲を目の前の2人が真似る。なんだかくすぐったくて、そしてどうしようもなく嬉しかった。


「ねぇ紗知!もう1回最初から歌って」


玲奈が、紗知の歌声を必死になって覚える。


「じゃあ俺、曲の題名考える!」


あっという間にサビを覚えてしまった勇人が、意味のなかった音に名前を付けようと頭を捻る。


「山!いや……自然の歌!」

「勇人、まさか曲の題名じゃないよね?」

「れいちゃん……そのまさかなんだけど駄目?」

「せっかく紗知が素敵な曲作ってくれたのにセンスないー!」


そのやり取りを聞いていた紗知が笑って、つられて2人も笑った。

玲奈がぎこちなく歌うメロディーに合わせて、2人が一緒に声を重ねた。


その声が、向かい側の山に反響して戻ってくる。リズムや声は聞き取りにくくなるが、3人以上で歌っているような不思議な感覚がして、3人とも飽きることなく歌い続けた。



パン パン

どこからか、小さな打ち上げ花火のような音が聞こえてきた。

「やばっ、もうすぐお祭り始まる!」

勇人が慌てて立ち上がった。

「さっちゃんも、早く準備しなきゃだろ?」

そう言うなり、勇人が紗知に手を差し出す。差し出された紗知は素直に手を持って立ち上がった。


「準備?」

玲奈は、自分で立ち上がり座っていたために少し泥のついたお尻を叩きながら尋ねた。


「祭りの準備だよ。さっちゃん、みんなの前で演奏するんだぜ!」

「え、紗知って歌だけじゃなく楽器も出来るの?ピアノ?」


紗知はさらりと自分の歌を褒められたのが嬉しくて、ふにゃっと笑った。

「ありがとう。今日ね、お祭りで琴弾くの」


「琴?」


玲奈は、琴の存在を知る程度で生で見たこともなかった。大きくて、おばあちゃんとか着物の人が上品に奏でているイメージのそれは、目の前の小さな少女のイメージと上手く結びつかない。


しかし、お祭り1日目の終盤、その曖昧だった琴のイメージはがらりと変わった。


親戚同士のお祭りに過ぎないが、山の中腹にあたる広場には大きなステージと紅白の布で覆われたやぐらが建てられていた。周りにはテントが並び、とうもろこしやじゃがバター、たこ焼きなどが振舞われる。ただ普通のお祭りと違うところは、そこからたこ焼きをいくら食べたとしてもお金を取られないことだった。


そのメインステージに、プログラムの終盤、紗知は1人で登場した。

薄桃色のシンプルな着物を身にまとい、落ち着いた様子で琴の前に座る。

小さな紗知に、ステージに置かれている琴は、玲奈の目には実際よりも更に大きく見えた。


紗知の指が弦を弾く。

そこから生まれた音は、玲奈の想像していたそれよりも遥かにくっきりとした、音の1つ1つが丸くなってそのまま浮かんでいるような、そんな音だった。

紗知が弦を弾く様は、指が空気を操って舞っているようで、時折強く弦を押さえる左手は力強くて、なんだか玲奈の知らない人の演奏を聴いているような、不思議な錯覚になった。


玲奈はピアノを少し弾ける程度で音楽の知識がないので、琴の上手さについては正直よくわからない。それでも、このくっきりとした音と周りの大人のそれに聴き入る様子を見ていると、紗知は音楽の才能に恵まれた人なんだろう、と漠然と感じた。


先ほどの歌だってそうだ。

歌が得意でない玲奈からすれば、歌がうまくて、更にいきなり曲が頭に降ってくるなんて、想像することもできなかった。

「……すごいね、紗知」

思わず漏れた声に、隣で聴いている勇人が頷く。


「さっちゃんは、特別、なんだよ」


「え?」


琴の音色に集中していて、隣で呟いた勇人の言葉を聴きこぼしてしまう。慌てて勇人の方を向いて問いかけるが、勇人は紗知から視線をそらさず、なんでもない、と返されるだけだった。



ステージのプログラムが終わっても、夜中まで、更に次の日まで宴は続く。


しかし、次の日のお祭りが始まっても、全員でやぐらを囲って盆踊りを踊っても、紗知は玲奈と勇人に姿を見せることはなかった。


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