父の告白2
長野県にある山脈とそこにある寺、すべてを代々黒島家が受け継いでいる。黒島家は由緒ある名家で、古くからある掟が今もなお守られている。結婚する時も離籍は赦されず、女であっても結婚するときは旦那を黒島家の婿養子として受け入れ、血が途切れないようになっている。そのほとんどが長野県の山周辺に住んでいて、親戚の集まりには100人を超える人が集まりお祭り騒ぎになる。
血縁にはとても煩く、より濃い血を作るために従兄弟同士の結婚を推し進める風習がある。
基本的に長野を離れてはいけない。代々伝わる白蛇の祟に遭うという伝説がある。
香葉子は、そんな黒島家の古びた風習に納得いかず、何度も両親とぶつかっていた。
黒島の家を出たい、結婚相手だって自分で決めたい。
長野の家を無断で飛び出した時点で、黒島家では裏切り者となる。実家に戻ったところで戒めを受ける可能性が高い。何をされるかは分からない。
「本当に、おかしい家系なの。みんな狂ってる」香葉子の震えは、緊張から怒りに変わっていた。
そんな、独特の考えが未だ根付いた場所が日本に残っているのが不思議でならなかった。夫婦別姓もある時代、婿養子なんて妻側の家業を継ぐとき以外聞いたことないし、血縁を濃くするなんて一昔前の天皇一家じゃあるまいし、にわかには考えられない。
それでも、親戚の集まりに100人以上が集まるその家系は、よほど統率のとれた組織なんだろう。香葉子のように反発する者が現れてもそれは異端児として扱われ、家出により裏切り者となるというのはなんとなくだが想像することが出来た。
「それに、私は失踪したことになってると思う」
「失踪?」
「家出って言うと両親にとっても体裁がよくない。いなくなる人はたまにいたけど、みんな行方不明者になってた」
「でも、それ警察とかに届けられたらそれこそ見つかっちゃうんじゃない」
「警察なんかに届けないよ。届けたとしても、黒島家は広いから、詳しくないけど警察とかの関係者がいるとか癒着があるとか、何かしら対処されてると思う」
これは私の予想なんだけど、と前置きがあって香葉子は恐ろしいことを口にした。
「ちょっとした噂があって。従兄弟同士とか近い関係で子供作るとどうしても奇形児とか先天性に障害がある子が生まれてきやすいって言うじゃない。それでも、黒島家にそんな人1人も居なかった。多分生まれても行方不明ってことになってどっかに葬られてたんじゃないかな。もしくは、生まれてすぐそのことが分かったら生まれたこと自体が無かったことになってた」
「それって・・・」犯罪、と言いそうになって慌てて口を紡ぐ。そんなこと、この日本で可能なのだろうか。香葉子は自分の予想だと言うが、それにしても俺が考えられる常識から大きく逸脱していた。
香葉子の話が全て事実だとして、それでも自分の両親が家出した娘を探しもせずに行方不明者としてないもののように振舞っているなんてことが有り得るのだろうか。もし、他人からそう見えるとしても。
「実は香葉子の居場所が分かってる、なんてことはない?」
「え?」
「例え失踪者扱いをしていたとしても、大事な娘だろ。黒島家の体裁とかで表立って香葉子を連れ戻したり出来ないけど、それこそ警察とか癒着があるならどこで働いてるかなんて容易く分かるんじゃないか」
「そんな、両親は私を捨てたも同然で……」
そこまで言って香葉子の言葉が詰まった。目に焦りの色が見える。上京すれば黒島家には戻れないが自由が手に入る、そうやって両親のもとを強い覚悟で離れた当時18の少女にはそんなこと考えつかなかっただろう。
「娘への愛情を抜きにしても、こんなに内部の事情を知っている一人の人間がたかが国内のどこかへ逃げたくらいで本当の意味で手放すとは思えない。そんなこと、勝手に周りに言いふらされたらそれこそ黒島家の一世一代の大ピンチじゃないか」
その後、いくら説得しても香葉子が首を縦に振ることはなかった。曖昧なまま、うちの両親とだけ食事を済ませた。色んな疑問が引っかかって、香葉子に尋ねたりしたが、結局腑に落ちないままだった。