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黒姫  作者: mint
2/12

父の告白

お母さんの死因が交通事故ではないと知らされたのは、私が高校生になった頃だった。

お父さんから「玲奈ももう高校生だから、話しておきたいことがある」と改まって言われたとき、直感的にお母さんのことかなとは思っていた。

もともと、お母さんの死因については聞いても曖昧な回答しか返ってこなかったし、即死というには母の遺体が綺麗だったから、なんとなく隠されていることがあるような気がしていたのだ。


けれど。

「母さんは、本当は自殺らしい」

ぼんやりと自殺ということを考えていたのは事実なのに、それを最初に聞いた衝撃は忘れられない。頭が真っ白になるってこのことだ、頭をがつんと殴られたあとのような、冷静になりたいのに脳が考えることを拒否していて、思考というものがどこかに消えてしまっているようだった。視線を一点に集中することも出来ない状態の私に、お父さんはごめん、と掠れそうな声で頭を下げた。震える拳を握り締める親の姿に、私は「うん」と呟いたきり、少しの間放心していた。

「けどな、玲奈。お前には聞いて欲しいことがある」

意を決したようにお父さんは持っていたA4サイズの少し黄ばんだマチのある封筒を取り出した。封筒の表にはお父さんの会社名の印字と『重要書類在中』という赤文字のスタンプが押され、しっかりと封がしてある。

お父さんが丁寧に封筒の封を開け、中からB5サイズのキャンパスノートと便箋を取り出した。


***


妻の香葉子が亡くなってからもう5年が経つ。

警察が出した答えは自殺。決定打となったのは自殺に使ったといわれた致死量以上の薬草が香葉子のクローゼットの奥から出てきたこと、そして遺書と思われる手紙があったことだ。


15年程前、職場の総会でそれぞれの部署の幹事が集められ、打ち合わせとは名ばかりの飲み会の席で香葉子と出会った。

「営業部の有川涼平さんですよね?私、総務の黒島と言います。有川さんの対応先ってクレームもほとんどないし、営業成績も常に上位だし、どんな方なんだろうって思ってたんです」

社交辞令だ、と思いつつそう言って笑顔でビールをついでくれた女性を気になるまでにそう時間はかからなかった。

名前は黒島香葉子。話し方も見た目も凛としていて、スーツも綺麗に着こなし、肩くらいの髪をひとつに縛っている姿は、目を引くような華やかさはないが、清潔な色気が感じられた。

飲み会で話したのは挨拶程度だったが、それから会社でよく見かけるようになり、挨拶すると笑顔で返してくれた。営業の合間が総務の昼休憩と合ったときはランチに誘った。彼女は俺の3つ年下だったが、頭がよくテンポの良い会話が出来ることが気持ち良かった。また、打ち解けると少し方言も話してくれるようになった。

いつの間にか、帰りを香葉子が待っていてくれるようになった。そうして自然に付き合うようになり、恋愛に対してオープンで縛りのない会社内ではちょっとした有名なカップルとなっていた。


付き合っている時点で、香葉子の実家のことで知っている点は数少なかった。長野の山奥の田舎暮らしが嫌で、親と喧嘩同然で都会に出てきたこと。正直、都会暮らしはなかなか慣れなかったけど、田舎に戻るという選択肢は考えたことがなかったという。

「だって、電車とかないのよ?学校行くのも1つ山超えて通ってたし、うちの周りは親戚だらけでプライバシーもなんにもないの。年頃の女の子が住むにはいい環境じゃないわ」

そういうものか、と思った。俺は東京生まれの東京育ちで、実家は浅草の古い家だったが交通の不便は感じたことがないし、親戚付き合いは希薄だった。喧嘩したままと寂しそうに笑う彼女は心配であったが、親子なんだし、いつかわだかまりは解けるだろうと思っていたし、家庭の問題に俺が口出していいものでもないなと思っていた。


付き合って1年と少しが経過した頃、俺に大阪転勤の辞令が下った。俺は、香葉子にずっと一緒にいて欲しいから付いてきてほしいと頭を下げた。事実上のプロポーズだった。香葉子は2つ返事で受け入れてくれた。

そして、香葉子のご両親に挨拶と結婚の報告をしに行きたいと言うと、香葉子の表情が途端に曇った。

「挨拶って……しなきゃダメなもの?」

「大事な一人娘の籍を移すことになるんだから、最低限挨拶はしないと……」

いくら説得しても香葉子が首を縦に振ることはなかった。両親と喧嘩して家出同然で上京してきたとはいえ、両親に紹介して恥ずかしいような人だと思われているのか、とさえ思った。そうじゃないなら、せめて理由を教えてほしい。

しばらくして考えさせてほしい、そうぽつりと言って香葉子は帰って行った。


香葉子の家庭にどんな問題があるのか、そのときはまだ全然分かっていなかった。


数日経って、香葉子が直接俺の家にやってきた。

「この間は、ごめんなさい」玄関先で深々と頭を下げる恋人に、俺の方こそ事情を知らないのに悪かったと、部屋に入れた。

「目、腫れてるね」俺がそう言うと彼女は笑って

「そういうのは見て見ぬふりしてくれても良いんじゃない」といつもの調子で笑って返したが、その笑顔はすぐに消えてしまった。


「涼平に、話したいことがあって」

そう言ってソファに腰掛けている香葉子の握った拳は震えていた。俺は対面に座ろうかと思ったが、横に腰掛け、香葉子の拳に手を重ねる。大きく吸った息をゆっくり吐き出して、香葉子は話はじめた。


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