再会
「玲ちゃん!!ひっさしぶりー!!」
急行バス降車場のベンチで待っていた私に、バスから降りたばかりの少年が人懐こい笑顔で私に手を振った。
「勇人―!!変わってないねー!久しぶりー」
記憶の中の勇人より大きくなったその人は、モスグリーンのTシャツにゆるっとしたデニム、耳には複数のピアスが光っている。髪の毛も茶色でイメージとは少し違ったけれど、れいちゃんれいちゃん、って着いてきてくれるあの笑顔は健在だった。笑う時のくしゃっとした表情と三日月型に細められた瞳、うん。大きくなって見た目は変わってるけど、やっぱり勇人だ。
近くのファーストフード店でそれぞれ注文し、窓際の2人席に向かい合って座る。
「いただきます」
言い終わるか分からないうちにハンバーガーにかぶりついた勇人は私の方をちらりと見た。多分、話して良いよって合図。
ほとんど何も話していない状態でいきなり本題なのも少し気がひけるが、もう東京まで来てもらって後にはひけない。意を決して、前から決めていた最初の言葉を喉から捻り出す。
「あの、最近auのLISMOのCM見た?」
真っ直ぐ目を見て話す私に、勇人は口を動かしながら首をかしげた。
「テレビあんまり見ないんだよなぁ。CMはもっと見ない。auって剛力彩芽の?」
「違う違う。auのミュージックプレイヤーのCM」
「いや、多分知らない」
勇人は完全に世間話だという感じに特に意識せず普通に返す。私は、ちょっと待ってね、と言ってスマホにイヤホンを差し込み、予め保存しておいたyou tubeの動画を選択した。
「どうしても、勇人にこれを聞いて欲しくて連絡をとったの」
「え?」
疑問形での言葉に私はただ頷いてイヤホンを彼に渡した。彼は頬張っていたハンバーガーをゆっくりとトレイの上に置き、イヤホンを耳に入れる。多分まだ状況を掴めていない。私のスマホを少しためらって受け取ると、動画の再生ボタンを押した。
満天の星空にLISMOのキャラクターである白いリスが歌詞である文字を踏み台にして左から右に走っていく。
星空から桜吹雪になり、緑の無地の背景になっても関係なくリスは上ったり下りたりしながら走っていく。
イヤホンをしていない私は、音が聞こえないからだんだん不安になってくる。自信はあるけど確証はない。勢いで東京まで来てもらったけれど、もし勘違いだったらとんだ迷惑だ。
30秒のCMだ。全て再生が終わると、勇人は何も言わずにもう1度最初から再生する。2回目の再生が終わったとき、やっと勇人が顔を上げて私と目が合った。視線が左右に揺れて、すぐ分かってしまう。勇人は明らかに動揺していた。
「この曲、俺、知ってる」
途端、私の顔はつい綻んだ。
「だよね!誰がいつ歌ってた曲だか覚えてる?」
どうしても、自分の記憶の答え合わせをしたかった。確かに聞いたことある歌詞と、懐かしい声で紡がれるメロディーは私の記憶を呼び起こしてくれたけど、1人ではあまりにも心細すぎた。同士が欲しかった。
「えーっと……」勇人が、ポテトに手を伸ばしながら呟く。
「いつ、誰のって……前から知ってた曲のような気はするんだけど。有名な曲だっけ?」
あ、と思った。
私みたいに直感的に思い出してくれるんじゃないかって期待してた。もしかして、ただ有名な曲をサンプリングしたメロディーで、私が型に合ってないピースをはめた気になってるだけなんじゃないか。
次の言葉を紡ぐのに少し躊躇ったが、勇人も同じように困惑したような顔をしていたので、ストレートに訊いてみようと思った。
「紗知の、曲じゃないかと思うの」
「え?」
勇人の顔が途端に曇る。
「CM見た時どうしても聞き覚えがあって、山の風景が浮かんできた。勇人がFacebookのカバー画像にしてる、あの山」
「玲ちゃん」
夢中になっていた私は、勇人の呼び掛けにも応じずにそのまま続けた。
「覚えてるでしょ?紗知が音楽に関してずば抜けた才能を持ってたこと。親戚の子供たちの中でも小さい方だったのに黒島家花形の琴を立派に演奏してた」
「玲ちゃん、落ち着いて」
「あの日、山で紗知が歌って、私たちが一緒に歌って題名考えようよって言ってたあの曲にそっくりで」
「玲ちゃん!!!」
勇人が、少し声を張り上げて私の腕を掴んだ。
夢中で早口になっていた私は、驚いて勇人の目を見る。が、すぐに視線を外し、俯かれてしまった。
「何の話をしているのか分からない」
勇人はそう告げると、まだ食べかけのポテトと、ほとんど口をつけていないコーラの乗ったトレイを持ち上げ、立ち上がった。慌てて私が見上げると勇人が不機嫌そうな顔で顎で外を指す。
あまりにも検討違いなことを言って、怒らせてしまったのかもしれない。でもせめて最後まで話を聞いてほしい私は粘ろうと目をそらすと、スタスタと勇人がトレイを下げに行ってしまう。
「ちょっと待って!!」
いくらなんでも、店に置いて行くなんてひどいんじゃないか。怒りと不安で混乱した頭のまま、勇人を追ってお店を出る。店を出てすぐのところで追い付いて、呼び止めるが止まってくれない。だけど置いていくつもりはないみたいで歩調も少し合わせてくれたから、そのまましばらく着いていった。
「玲ちゃん」
路地を曲がって、人通りがなくなったところで勇人が振り向いた。
「え?」
「2人きりになれるとこ、ないかな?」
「え?」
勇人が振り向いてくれて、目を見てくれて安心した。けれど、いくら親戚って言っても久しぶりに会った男の人と2人きりと言われて少しばかり警戒の気持ちが生まれる。先程の恐いくらい不機嫌そうな態度もその不安を後押ししていた。
私の気持ちを見透かしてか、勇人が少し表情を緩めた。
「さっきはごめん。俺も、話したいことがあるんだ。でも人に聞かれたら困る。カラオケボックスとかでも良いし」
返事をするのに少し戸惑ったが、勇人は私を信じてわざわざ長野から来てくれていることを思い出す。少し考えて、私は勇人を家に連れて行くことにした。