彼の追憶
燃える、燃える、焼け果てる。
燃える世界で対峙する、僕とあの人。
『なぜ……何故だ!』
『人と妖、所詮は相容れないのです』
『僕を……僕を信じてくれたのではないのか!』
あの人は榊の枝で口元を隠す。
こんな時でさえその仕草は優雅だ。
『信じる? 妖を? ご冗談を。貴方の隙をうかがっていたに過ぎませんよ』
その言葉は、容易く僕を斬り裂いた。
世紀の大悪霊と呼ばれロンドンを恐怖の底に叩き落とした、この僕を。
そして目の前が真っ赤に染まる。
赤く、紅く、怒りに染まる。
怒りに支配され構成霊素が周りを霧に―――いや炎に吸い込まれていく、ただの焔じゃないな。
『ぐぅう、おノれ、オノレェ……ヨクも騙シタナァ……』
構成霊素が僕を変える、刃の怪物へと姿を変じる。
『さあ、終わりにしましょう。……この関係も、貴方の悪事も』
あの人が符を取り出す。
『グオォオオオオオオ!!!!』
符が式神に、『護鬼』である真っ白な夜叉に変じ呪いの凶刃を止める。
『ドケェエエエ!!!』
『ここからは通さない!!』
僕の刃と彼女の鉄棒が火花を散らす。
突然身体の動きが鈍る、いや、重くなる。
腕を上げることさえ難しい。
『コレハ、オ前カァ!!』
見ればあの人のもうひとつの式神、『善鬼』である九尾の狐が私に呪をかけていた。
頭部に衝撃。
護鬼があの鉄棒でぶっ叩いたのだ、隻腕のくせに相変わらずの馬鹿力な馬鹿女に歯軋りする。
かっ飛んだ先には符の檻。
十重二十重にこの身体を縛っていく。
『グゥオォオノレェ、オノレェ! ユルサン、ユルサンゾォオオオ!!!』
『これで終いです』
あの人が近づいてくる。
あぁ、その手にしているのは―――
『懐かしいですか? わざわざ苦労して探したのですよ。貴方との相性は完璧でしょうね……善鬼、護鬼、押さえなさい』
呪が、頭にかかる力が増す。
流石の用心深さ、詰み切っても詰み潰す勢いですよ。
『グゥゥ、ゥウオオオオオオオオオオオオ!!!!!』
印を結び、榊を振るい、符を散らし、陣を敷くあの人は、やはりどう見ても美しかった。
でもあの人に僕の手は届かない、口を開けば獣のごとき叫びのみ。
『―――ここに、封じよ!!!』
あぁ吸い込まれる、引きずり込まれる、目の前の依り代に閉じ込められる。
でもせめて、最後に彼女の名を、僕を倒したことへの呪いと、僕を倒したことへの祝いと、万感の想いを込めて叫ぼう。
『忘レルナヨ、セィメェエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!』
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『…………懐かしい夢を見ましたでございます』
死霊の僕も夢を見る、ってのは変な感じだね。
……あれから何年たったのだろう。
結界に囲まれたこの山には人は近づけない。
あるのは迷い霊やたまに来る妖怪。
迷い霊は来ると嬉しい。
たまのご馳走だ。
妖怪は厄介だ。
今の僕は文字通り手も足も出ない。
何てったって、
『カボチャ、でございますからねぇ……』
今は喋れるだけマシかもしれない。
何せ最初は口もきけなかったし意識すらなかった。
何はともあれ。
時刻は夜。
草木も眠る丑三つ時。
今夜も月夜が美しい。
そう言えば……もうすぐ満月。
満月、魔と妖の時間。
今から楽しみだ。
なにせ、この依り代、最近だんだん壊れていってる。
特に満月が来る度に少しずつ。
そうだな、あと百年くらいしたら完全復活も夢じゃないかもな。
そしたら何をしよう。
――――――もちろん、お腹いっぱい“食事”を楽しもう。
あぁ本当に、
『楽しみでございます……』