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あの子が鬼畜で外道になったワケ!  作者: キノコ飼育委員
思慕:思い慕い、恋しく思うこと。
16/16

彼と彼女

美しい、月夜だった。


桜の花びらが舞い、それを月明かりが照らしている。


川に落ちた花弁が、ゆらゆらと流れていく。


そこにかかる朱塗りの大橋、その中心で二人はお互いを強く、強く抱きしめ合っていた。


かたやその時代にはない西洋の装いをした青年。


かたや十二単(じゅうにひとえ)に身を包んだ、狐のような顔立ちの醜女(しこめ)……西洋(ぼくら)基準で言うところの“絶世の美女”。


「お(はる)……」


「ジャック……」


二人は抱き合い、息がかかる程の近くで、ただただ見つめ合う。









「で、貴女は誰ですか?」


はいはい詩会はおしまいですよ。


「……あーァ、つまらないですね。この私を抱きしめてるのですからもっと艶のある台詞をよこしなさい。あと頸椎から手を離せ、滅すぞ?」

「じゃあ貴女は脊椎から手を離してくれる?腹の中に腕があるのは気持ちがいいものじゃない」


そう言ってお(はる)、世にいう安倍晴明は、僕からスッと離れた。


姿が水面を揺らすようにぼやけ、瞬きする間にいつもの陰陽師としての恰好に戻る。


「それにあいにくだけど、初対面のレディを口説くほどプレイボーイじゃないんだよ。だいたいここどこ?こんな風景も僕らの思い出にないだろ?」


僕がそう言って指を鳴らすと、背景もいつもの部屋に戻る。


縁側から桜と、コイのいる池が見える座敷部屋。


月明かりだけはそのままだ。この国は何故か月明かりがひどく強い。


「つれないですねぇ……初邂逅であんなに踊った仲じゃないですか」


「後にも先にも、あれだけ女性にエスコートされて踊ったのはあの時だけさ」


初めて見た東洋の神秘、広大な結界に符の雨に式神の百鬼夜行。


あの時ほど消滅を覚悟した日はなかった。


こちとら黄金の都とやらを観光しに来ただけだったのに……。

あ、でも直前で世界を(事故で)渡ったから、時代がずれたかも。


「“港に災厄降り立たん。これ討たねば京に禍あり”と出たので。しかも貴方、幽霊船で関を越えようとしたでしょう?それは私が出るに決まってますよ」


“まぁ、それで消えなかったから興味がわいたのですが”

“ちなみに、日本が黄金の都と呼ばれるのは私の時代から二百年と少し後のことです”


彼女はそう嘯いた。


さらっと心を読みますね……。


…………。


「……貴女は彼女ではない」


「そう、私は彼女じゃない。でも同時に、彼女でもある」


「……」


余裕たっぷりに、ニヤつくように笑う彼女。


生き写しにそっくりだ。


いや、どころか……


「『残留思念』ですよ。君の封印、その化身。言うならば死に写しでしょうか?」


……『残留』、ねぇ?いいけどさ。


「にしてもまぁすごいですね?この子の魂の力は」


どっかりと縁側に腰を下ろし、いつのまにかあった徳利から手酌で酒を飲みだす晴明。


さすが精神世界。何でもアリだ。


「今の時代にある言葉で言うなら……『魔王と勇者の器』、でしたか?」


とりあえず僕も腰を下ろしてグラスを取り出す。


酒は、昔飲んだワイン(銘柄は忘れた)でいいか。


「『魔王』。時代の、世界の針を強引に進める劇薬、革命と革新、滅びという進歩」


「『勇者』。『魔王』を止める存在。世界に停滞という休息と安寧を与える」


「『勇者』と『魔王』は様々な形をとる」


「国家、軍勢、個人、疫病、概念……そして子どもの姿をとることも勿論ある、でしょう?」


「……それ全部僕が君に話した内容じゃないか」


お互いの杯にお互いの酒を入れる。


ん、やっぱりサケはすっきりした感じがして乙だね。


「だけど(えにし)というのは面白いですね。実はこの子、あの茨城童子の子孫、その末裔なのですよ?」


「えっ!?茨城童子って、あの風水にこだわってキャーキャー言ってたあの?!鉄棒で僕をぶん殴った?!ゲンジ五英傑の追っかけの子?!」


あの日僕を鉄棒で殴った、隻腕の鬼の顔を思い出す。


『なーなーじゃっく!知ってるか!この世には「き門」ってのがあるんだぞ!……『き』?さぁ?なんだろな?』

『あっちゃー腕とられた。まいっか、返してもらいに綱様の家に行けるし!』


「そうその子。しっかり子供十人ほどこさえて里帰りしたよ。ちなみに最近あなたが昔を夢に見てたのは、その縁を無意識で感じ取っていたからです」


「うーわー……世界は狭いなぁ。何百年経った今でも血は絶えなかったのか……」


「いいえ?もうあの子が最後の生き残りですよ?」


「え、何故? 鬼の一族って悪魔(デビル)みたいに半分不死身だろう?」


「首を刎ねてもしばらく生きてるくらいにはしぶといですが、あれから何年たったか知ってます?千五百年以上経ってるんですよ?」


「Wow! それは死ぬ、かな?」


いやどうなんだろ?


と思ったら何かなそのニッタァ……とした腹立つ笑みは。


「何言ってんですか。不老の鬼が老衰でくたばるわけないでしょう?普通に近代化に伴って地獄に引き上げましたよ。今すぐ成仏すれば、阿鼻(あび)ではあの子があなたの面倒を見てくれますよ」


「ははは、怒っていいかな?というか、ならなんであの少年が最後だと?」


「あぁそれはですね?そもそも彼女は雪女の里の出なのですが」


「はいはい」


取り合えずお互い酒が切れたので、新しいヤツを用意する。


今度は……そうだ、昔悪魔から賭けで巻き上げてやった酒にしよう。


あの味は今思い出しても……ちょっと待った。


「彼女たちの繁殖方法ってのが」


「待って、待ってくれないかな?今なんて?お里はどちらと?」


「え?ですから、雪女」


「……え、ホントそれ?」


「本当ですよ。今風に言ったらマジですよ」


「マジかよ……」


『あさり汁って、この殻のじゃりじゃり感が楽しいよな!』

『ららららら羅生門に!羅生門に人の髪を千切って笑う鬼がいた!ほんとにいたんだって!!』


あの天真爛漫、元気溌剌のあほの子が。


あのニホンの妖怪のアイドル、儚き大和撫子、雪女、ねぇ。


「え、何故?Why?」


「突然変異で彼女だけ鬼として産まれましてね。まぁ里に居づらくなって、飛び出してきて、暴れる前に私が式神(ドレイ)にしたんですよ」


「神よ、真に悪しきは人間でした……それで、話の腰を折って悪かったね。続きを頼むよ」


「はいはい。あ、ちょっとくださいソレ。代わりにこちらも帝からの下賜品をあげますので」


「OKOK」


また酒交換。


なんというか、昔を思い出すなぁ。


っと、これは、すごい。


まるで水のような、それでいて濃厚な味わいだ。ミカドさんとやらは相当の酒ききだな。


「ふぅ、西洋の酒は、神の血で出来てるそうですが、いいものですね。さて続きですが、雪女の繁殖方法はですね、夫を魂ごと喰らい、その力を子に与えて産み出す。蟷螂みたいにね。で、そんな一族だから女しか生まれないんだよ本来は(・・・)


「あぁー、生まれちゃったと?」


「そう、あの子の母親は夫を喰らい損ねた。強かったんですよ、夫が」


若干赤くなった顔のまま、ニヤニヤと笑う晴明。


「だが夫は夫で殺人鬼だった。それも殺し屋(くろうと)の、ね」


「愛した相手を、死体という変質しない存在に変える。それが彼の愛……しかし彼は彼で初めて相手を殺し損ねた。それだけに強烈な初恋になった」


「こうして二人は殺し合うように愛し合い、愛し合うように殺し合った。まるで蛇の交尾のごとく」


「そんな蟲毒を煮詰めたような歪みきった愛の結晶、悪い意味での奇跡があの子だ」


くいっと杯を傾け、さらに続ける。


「それで、まぁ、どこにでも面倒なやつはいるもので。『この子は一族に災いをもたらす!殺さねばならぬ!!』とかなんとか言いだした雪女の易者がいてねぇ?」


「まさか真に受けたのかい?そんなのを?」


「閉鎖的なところだからね。ま、力もろくにない木っ端易者が、ろくに根拠もないくせに、ろくでもないことをしたものさ」


「なんとまぁ……」


呆れてものも言えない、とも言えない、か。


確かに昔は魔女狩りとかやってたしなぁ……どこでも歴史は似たり寄ったりだけど、悲しくなるな。


「で、雪女たちは母親とまだほんの赤ん坊だった少年両方を連れ去った」


「ただ、雪女たちはね?自分たちが、とっくに世界に取り残された古い存在だって、知らなかったんですよ」


……取り残された、か。


「夫は自分の兄を頼り、兄は星に取り付けた眼で妻と息子の居場所を突き止めた。妖力で里を隠してたみたいだけど、雪女たちは簡単に見つかってしまった。そこに突撃した夫は二人にたかる虫けら(・・・)を駆除した」


「妻は妻で、愛する夫と息子に害を為そうとする連中をもはや同族とは認識せず、次々に殺して回った」


「で、面白いのがここからでね?なんとこの夫の兄こそが“魔王”なるものだったんですよ! 鉄で出来た鳥と蜻蛉と象と巨人を繰り出し、最後には真夜中に朝を呼び出して隠れ里どころか地形も変えて雪女を根絶やしにしてしまった!かくして予言は見事的中。やったね!」


「うわぁ、皮肉な話だ……でもよくある話だ」


しかしやれやれ、何とも奇特な出生だねえ……。


「ま、ともかく少年は愛されて育った、というわけだ」


まぁそこまでドラマティックに……ん?


ちょっと待った。


「んん……?」


なんだ?今何が引っ掛かった?


「おや、気づいたかい。その通りさ」


晴明が瞳をスッと細める。あれは彼女がひどく楽しんでいるときのクセだ。

あと、酔うと口調が崩れてくる。さらに悪酔いすると脱ぎだすから困るんだよなぁ……。


「少年はある矛盾を抱えている」


「矛盾……?」


「んー、本来は……だ。あの子は『愛されて』育つはずだったんだ。絹にくるまれ、外界から隔離され、卵を孵すがごとく大切に大切に育てられる……はずだったんだ」


「いったい……何が…?」


予想はつくけれど。


晴明はくるくるとグラスを回しながら、楽しそうに言った。


「彼の両親が殺された(・・・・)。まぁ~さっくりざくざくと殺されちゃってねー。ははっ、カワイソー」


「……まぁ、そうだろうと思ったよ」


夜中に家に帰っても誰もいなく、それを少年も気に留めない。

だからなんとなく、両親はいないんだろうなと予想はしていました。

珍しくもない話ですよ、両親のほうは特殊だったようですが。


「それでね?見ちゃったんだよ、まともな愛を」


「新しくやってきたこの教会の責任者。ほら、毎朝のように瀕死にされてるあの女。あれは彼の叔父が手配した女でね?クク、ク、笑える話ですが、彼をまともな人間にするために手配された生贄だったんですよ?」


「他者を慈しみ、尊重し、大切にする。大多数にとっての愛はこれだ。間違っても嬲り殺したり生きたまま(はらわた)を喰らうことじゃない。そしてもちろん、人間は愛すべき存在ばかりではない」


「彼の叔父である『魔王』は人を見る目がありすぎる男でね、彼が弟夫婦の影響を差っ引いても異常な存在であり、また危ういと見抜いていた。何せ、クッ、な、何せ少年は、クククはははは!」


晴明が腹を抱えて笑い出すが、盃には波紋すら立っていない。


一通り笑った後、目に涙まで浮かべながら盃の中身を飲み干し、そして告げた。


「ヒント・彼の両親の最後の死因は相対死です」


「……あ、あー、あっちゃー…」


これは頭が痛い。というかひどいなこれは。


「今は見ない振りをしてるようですが、いずれ抱えた矛盾が彼を殺すでしょうねぇ」


やれやれ、前途多難だねぇ……


「いやいや、君には何の関係もない話だろう?どうせこの後殺スンダカラ」


……まぁ……ね…。


キツネのようにニヤニヤと嗤う視線。

それが何とも煩わしいから、ぼくはまた、サケを飲み乾した。


まぁ、僕は酔うことができないんだけど……。


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