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あの子が鬼畜で外道になったワケ!  作者: キノコ飼育委員
思慕:思い慕い、恋しく思うこと。
14/16

彼の逆襲

「本当に! アイツらときたら!」


あの人が目の前で日本酒を片手に管を巻いてる。


いやそれにしても、まさかあの式神二人がねえ……恋人作るなんてねえ。


しかも鬼っ娘ちゃんは人間と、と来たものだからびっくりだ。


対面して僕も飲んでると、彼女がちらちらと僕を見て、言いにくそうに口を開いた。


「そういえば、貴方は、こう……こ、恋とかしたことあるんですか?」


『ありますよ?』


こう見えて遊び人だったし。


一夜の恋とかよくあったよ?


「……くっ! 果てしなく腹が立ちます……ジャックの分際で生意気です」


そんな無茶な。


「ん……? 悪霊って、陰の気が力の源ですよね?」


『一概にそうとは言えないけど……まあだいたいね』


「じゃあ悪霊が陽の気、つまり恋だの愛だの希望だのの前向きな感情を持ったらどうなるんです?」


『それは貴女の専門でしょう? まあ……力は弱まります。で、負のエネルギーが抜けきると善霊になります。というか、見たことないですか、悪霊が浄化されるところ』


そう言うと彼女は、『やれやれ仕方ないなー、教えてやろう』みたいなバカにしきった顔で。


「ふぅ……いいですか? 陰陽師とは魑魅魍魎悪鬼羅刹を“救う”ために存在しているのではないのです。“滅する”ために存在しているのです。そして私が出張れば大概の霊は一撃消滅、成仏させたいなら坊主でも呼ぶことですね」


そんなことを悪霊の僕の前で堂々と宣うのだ。


『……その魑魅魍魎と魂で繋がって心で会話してる気分は?』


だからそう意地悪く聞いてやれば、彼女は酒で赤らめた顔をキョトンとさせ、次いでニヤリと嘲笑い、


「ククッ……最悪ですよ」


また盃を傾けるのだった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



『あぁ、今、僕たちは心で繋がってるんだね……』


『えぇ、感じるわ……あなたの心を』



「ふわー」


少年がキラッキラした目で“テレビ”を見ています。


私を膝の上に抱いた状態で。


……おいといて。


しかし“科学”ねぇ。


錬金術のすごい発展したバージョンですかね?


魔力も霊力もなしで動く便利な道具とは……。


そしてそれで動く娯楽(・・)用品。


豊かな時代ですねぇ……。


「いいなぁ……」


ん?


「何がでございます?」


「この二人みたいに……僕も心で通じ合いたいなぁ」


!!!!


こ、これは天の意思ですか!? それとも運命ですか!?


「できるでございますよ?」


「出来るの?!」


目を見開いてあの子が聞いてきます。


落ち着け、この瞬間を待っていたんだ。


「心を繋げるなんて、簡単でございますよ」


「ど、どうすればいいの?」


「ただ、ワタクシを受け入れてくれればいいのでございます。ワタクシに向かって心を開く感じで」


そう、許可(・・)さえもらえれば、ゴーストは心の中に入り込める。


まれに居る精神の不安定な相手ならば許可なく侵入できます(夜の墓場に行ってひどく怖がった人間が、悪霊に憑りつかれるなんてよくあるでしょう?)が、この子は怖いもの知らずで豪胆な子です。


ゆえに無理矢理の侵入は無理。


しかし許可さえあれば入ることが可能です。


数日前から少しずつ一点集中でこの忌々しい結界に負荷かけまくった甲斐がありました。


ようやく空いた私を封ずる結界の小さな小さな綻び、まだ私の魂は脱出できませんが、心だけならば出ることが可能です。


ちなみに、魂と心は別物です。


例えるなら、魂はエネルギー、心は存在そのもの、です。


魂が無いと、心は形を保てませんし、反対に魂があっても心が無いと、それはエネルギーの塊にすぎません。


そう、心の死んだ魂などただのエネルギー。


吸収するのは容易い。


つまり、少年の心を――――――直接殺す。


……殺す。


「では行くでございますよー」


「う、うん! いいよ!」


きゅっと目を瞑り、僕を抱く手に力を込める少年。


小さな小さな綻びを通り、出て行った細い細い私が、少年の胸に突き刺さる。


次の瞬間、私は、少年の心の中に、落ちて行った。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「ここは……」


暖かな色合いの花畑。


空にかかる虹。


世界の果てまで続く青空、そこに浮かぶフカフカ真っ白な雲。


色鮮やかな、世界。



「暖かい……なんという……」


穏やかで、平和で、優しい世界だ。


頬に当たる風も、そっと僕をくすぐる花の香りも、包み込むような日差しも。


心の世界というのは、その人そのものを写します。


いっさいの誤魔化しなく。


外面がどれだけよかろうと、性根がゲロ以下の人間の世界は醜いのです。


そう考えるとこの子は、これほど暖かで優しい子であるということ。


……あんな惨いことをやってるのに?


ん?


「チチ、チチチチ!」


どこからか来た青い小鳥と赤い小鳥が僕の回りを飛ぶ。


またどこかへ飛んでいくのを目で追えば、



「……教会?」


少年の家である教会がぽつんと。


その扉がゆっくりと開かれ――――――


『ジャックぅー!!』


少年が出てきました。


走ってこちらに近づいた少年は、輝くように笑うと、


『ようこそ、ぼくのこころへ!』


元気に歓迎してきました。


……これが少年の心…?


あぁ、違いました。


この少年は少年本人ではありません。


少年の心のほんの一部、いわば欠片ですね。


あの莫大なエネルギーをこの子からは感じません。


無意識体、のようなものでしょう。


そしてこれが無意識の現れなら、少年は私に裏の無い好意を抱いている、ということになりますね。



…………。



……それは好都合。


あまり警戒されては、心に異物として認識され、逆に私が消滅させられる。


私が少年の心を殺すチャンスは恐らく一度限り。


この心の世界のどこかに居る本体を見つけ出し。


完全に油断し、隙をみせた少年の心(ほんたい)を殺す。


簡単な話です。


ちなみにどうやって殺すのか。


それは、この心の世界を保つ魂のエネルギーを奪い、武器にするってだけです。


ん?


『ジャック……? ジャックだよね?』


「はい。もちろん私はジャックですが?」


何をおっしゃる。


ところで少年、いつもより小さくないですか?


少年は、まじまじと、私を上から下まで見て言います。


『いつもと……ちがうね…?』


「え……?」


少年に言われて自分の恰好を見、次いで顔をぺたぺたと触ってみる。


……ちょっと待った、今どうやって私は触った?!


改めて自分の手足(・・)を見、身だしなみも見る!


これは……!?


「生前の、私の姿ですね」


懐かしの一張羅!!


それに触った感触からするにカボチャ頭じゃなくて人間の顔だ!!


『ふあー、これがジャックの本当の姿なんだー』


少年がキラキラした目でこっちを見ます。


「変ですか?」


『ううん!すごくかっこいいよ!!』


でしょうでしょう!!


こうみえて生前はモテましたからね!!


『さ、ジャック! いえにはいろ!!』


少年が笑いながら駆けていきます。



私も少年を追いかけようとしましたが、その前にもう一度辺りを見渡し、ふと、小さな池が向こうに見えました。


ふむ、私の久々の顔はどんな感じなのか、気になりますね。


ナルシスよろしく、湖に映る自分を見てみますか。


そよそよと暖かく柔らかな風の中、そちらに歩を向け、ある程度近づいたところで奇妙な点に気がつきました。


「凍っている……?」


凍った池?


この暖かな世界にふさわしくない違和感。


近寄って覗きこみますが、透明度が低く、顔が映りません。


凍った池の一部は真上に輝く太陽の光を反射し、ピカピカと……ん?


随分と反射の光が弱々しい。


……なんでしょう、この違和感は。


私はその一部に近寄ろうと、そっと氷に足を乗せようとして―――視界の端にあったソレに気がついた。


「……看板?」


池の淵、そこに小さなみすぼらしい木の看板が立っていました。


「何が書いてあるのでしょうか」


私は氷から足を離し、そちらに近づき、書き殴られた黒い文字を読んでみました。







『このせかいでは』





『みたされてはいけない』







『みたされたら』




















『死ぬ』















な、なんですかこの看板は?


警告?


こんなもの初めて見ます。


『ジャックー! はやくおいでよ!』


後ろからの声にパッと振り返ると、教会の入り口で手を振る少年が。


「今行きますよー!」


いけない、早く行かないと。


小走りで少年の元へ向かいます。


途中、ふと先程の看板が気になり、凍った湖を振り返りました。


「……? なくなってる?」


無い。


辺りはなだらかな丘、ここからなら凍った湖はよく見えます。


しかし、看板だけが、まるで最初からなかったかのようにどこにもない。


――――――まるで、誰かが余計なものを片付けたかのように。


辺りは、相変わらず美しい春の陽気。


しかし私は何故か、ほんの少し、背筋が震えました。





























『これは、賭けだ』


彼は、ポツリと溢した。


『しかも、分の悪い賭けだ』


思いきり眉間にシワを寄せ、彼は呟いた。


『だが、やらねばならない』


彼は決意を瞳に宿し、さざ波ひとつ立たない冷静な心で断言する。


『あの子のためだ、何としても成功させる』


そして最後に、皮肉げに片頬だけ吊り上げるニヒルな笑みを浮かべた。


『フン……しかし、常に冷静沈着で知られていたこの俺が、“賭け”なんぞしようとはな。人生わからんな……』



瞬間、彼は一陣の風となって消えた。



後には暖かな景色だけが残された。



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