彼の驚愕
これは驚きました。
子供です。
こんな夜更け、満月に照らされたこの森の中の広場に子供がいます。
「それでね! 瑠璃架ちゃんってすっごく綺麗でカッコイイんです!」
興奮しているのか、やたらキラキラした目で好きな女の子について話しているこの男の子の名前は、丹生 月光くんと言うそうです。
「初めての出会いも衝撃的だったけど、毎日顔を会わせる度にボコボコにされてるけど! それでますます好きになるんだから恋は盲目だよね!」
なんでも好きな子と一緒にピクニックに来てはぐれたそうです。
ふーむしかし困りました。
この子、どうやって殺しましょう。
いえ、なんと言いますか、この子の魂、すごいエネルギーを持ってます。
しかも辺りにそのエネルギーの漏れ出たものが撒き散らされてるのでそれだけでも力がみなぎります。
漏れ出たものでこれなら、魂そのものを喰らえばどうなるか。
僕の復活までの残り期間100年丸々消せるのは確実、どころか全盛期を越える力が手に入るかも。
故にこのチャンス、何がなんでもモノにしたい。
……それにしても不思議な話ですね。
この山は封印されてて? でも最近結界に穴が開き始めたから性質の悪いゴーストが集まってきてたりたまに妖怪も出てくるような場所なのに……どうやってここに?
「あれ? おじさん?」
キョトンと首をかしげる少年。
ウ〜ン見た限りは人間だし……魔力もゼロ。
武術を習い始めたって言ってたけど……それが原因にも見えない。
あ、ちなみにゴーストの戦闘力は“この世に存在している期間”に比例します。
死んでゴースト化してから(大抵の人はあの世に行きますが)だいたい100年越えないと現世に干渉できません。
死神とか悪魔とかから逃げながら。
100年越えてもせいぜいラップ音とか物をカタカタさせるとか鏡に映るとかチラッと視界の端に出るくらいしか出来ません。
でなかったらアナタ、マリー・アントワネットとかは怪死しないとおかしいじゃないですか。
つまりはゴーストの強さは“量より質”。現世とは違いますよ。
閑話休題。
さて、では私の霊力(この国のオンミョージという魔術師が使うゴーストの力の単位)はと言いますと。
全盛期ならだいたい53万です。
今は5。
ふん、ゴミめ。
ちなみに円周率は……およそ3。
HAHAHAHAHAHAHAHA!!!
しかしこれは所詮小説です!
ただの訓練なのです!
はやくサイトを閉じろ、まったく遊んでばかりいて嘆かわしい。
ところでアナタの前世はなんでしたか?
僕はアリクイクイモドキだった……あの頃は楽しかったァたたたTaぁああああアアアガガがががガガガガ!!!!?!??
がっは!?
な、なんです今のは?!
「ねぇ……」
うぐ!
これ、は……
「無視しないでよ」
がしりとカボチャの僕を掴み持ち上げ、覗き込んで来る少年。
いや、本当にさっきの少年ですか?
ぐにゃりと空気が飴細工のように溶け崩れ形を変える。
覗き込まれて満月の陰になった少年の表情は見えない。
ただその陰よりも濃密な、光すら飲み込む闇が二つ、眼のあった場所に浮いている。
だけどもそれよりも!?
何かが、入ってくる?!
さっきまで漏れてただけのエネルギーが指向性を持ってる!?
くっ!
魂のエネルギーとは要するにソイツそのもの!
いつもならこの強いエネルギーも消化吸収できますが今の僕にはできない!
つまりこのままだと混ざる、いやこの強さと濃度なら乗っ取られてもおかしくない!
マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイッていうか
【調子乗ってんじゃねぇぞクソガキガァアアア!!!】
「きゃう!」
驚いたからかパッと俺を放すクソガキしかし許さん!!
【俺を乗っ取るだと!? ざけてんのかこちとら千年物の大悪霊だぞア゛ァン!!!? いくら封印されててもテメェくらいのガキひとり呪い殺すのは簡単だぞゴラァ!!! 黙ってねぇでなん、と、か……】
え? え? あれぇ?
「ひっ……ひっ、く……ひっく」
めっちゃ 泣いてるん ですけど。
「ごめ、ごめんなさい……何て言ってるかわかんないけどごめんなさいぃ……ヒグっひっひっく」
ぼろぼろと、大粒の涙流しながら泣かれたんですが……どうましょう。
不味い、何がかはわかりませんがさっきとは違う意味で不味すぎる気がします。
ついうっかり孤児だったころみたいな喋り方してしまいました。
ていうか、え? わざとじゃなかったの?
無意識ですか?
いや、いやいやいや、何とかしましょうそうしましょう。
じゃないと逃げられそう。
そうなれば走れない僕はここに放置だ。
さっきはああ言いましたが呪殺なんてしたら確実に僕は霊力切れて消滅します。
封印の影響でかなり弱くなってるので。
なんとか少年が死ぬまでくっついていないと!
幸い怒りのあまり母国語で叫んだからそこでごまかしましょう。
『ああいえいえワタクシ怒ってなんかいませんでございます。ただ……そうただ貴方の後ろにタチの悪い悪霊がいたから威嚇したのでございます』
「えっ!?」
パッと後ろを振り返る少年。
『あぁもうワタクシが追い払いましたでございます』
「ホントに? ……ありがとう!」
『woops!』
おっと今度は抱き締められました。
しかももう笑ってる。
コロコロと表情の変わる、素直ないい子ですね。
『さぁ、ここは危険な悪霊が蔓延る危ない森でございます。ワタクシが送って差し上げるでございます』
「ホ、ホントに!? やったぁ! 実は道に迷って困ってたんだ! ありがとう!!」
『いえいえ、どういたしましてでございます。さ、ワタクシを持ってください、案内するでございます』
……あの世にね。




