女一揆(おんないっき)
昔々、○×(まるぺけ)ノ国という小さな山国がありました。
ほどよく晴れた空の下、雪を頂く山々は美しく、川の流れは清く澄み渡っておりました。
男も女も勤勉に働き、幸せに暮らしておりましたが、あるときとんでもない事件が起こったのです。
当代の殿様はこの小さな国をもっと豊かにしたいと思っておりました。
そんな折、鈍く輝く銅が自国の山々に眠っていることが分かったのです。
殿様は手を叩いて喜びました。さっそく大勢の男たちを集めて、山を切り開かせました。
山から溢れ出る銅を精錬する建物も造りました。銅を綺麗にするために川の水を使って洗い流す施設も作りました。
たくさんの銅をせっせと他の国に売って、殿様は小判をたくさん手に入れました。小判は男たちにも振舞われました。
○×ノ国はお城も村の家々も新調してぴかぴかになりました。
ある村の男が嫁に言いました。
「どうだい立派なもんだろう。これで俺たちは安心して暮らせるな」
嫁はすこし考えてから答えました。
「そうかしら。新しいお勤めを始めてから、休みが何もありゃしない。あたしはあんたが朝から晩までひどい顔して働いているのが心配よ」
ちぇっ、分かってねえ女房だ、俺は平気だから心配するなと告げて、男はまた山へ働きに出るのでした。
山からはモクモクと精錬時の煙が下りてきます。
「お母ちゃん、煙たいよう」
そう言ってぐずる坊やを抱いて、女はすこし不安そうな顔をしながら男の背を見送っていました。
それからしばらく経ちますと、村では奇妙なことが起こるようになりました。
目の病気を患う村人が増えたのです。それから、子どもが母親のお腹の中で亡くなってしまうことが増えました。
眼病を患った舅や姑や夫を看病する嫁たち、子を失った母たちは、銅山を疑いだしていました。
「これは、あの煙のせいじゃないか」
「川をご覧よ。魚がたくさん死んでいる」
「あれまあ。山の木が枯れて禿山になっている」
女たちは変わり果てた古里の姿に愕然としました。
木々が繁っていた山は。澄んだ川はどこへいったのでしょう。
ある村の嫁は男に言いました。
「あんた。子どもたちが遊ぶ川が、山が無くなってしまったよ。どこもかしこも病人と生まれてこられなかった子ばかりだ。それはあの銅山のせいじゃないのかい。もうそんなことは止めておくれ」
「バカ言え。銅山が無かったら、俺たちゃどうやって稼いだらいいんだ。飯が食えて、キレイな家に住めて何が不満だ」
男はそう言ってまた働きに出かけました。
へとへとになって戻ってきますと---女房の姿はどこにもありませんでした。
女たちは静かに立ち上がったのでした。井戸端会議で話し合い、山にあった大きな洞窟にみんなでこもることにしたのです。
集まった面々の中には、なんと、この○×ノ国の奥方様もいらっしゃいました。
事に気付いた男たちが、洞窟の入り口に集まってきました。
殿様が皆を代表して、大声で叫びます。
「愛しい人よ。そんなところに隠れていないで、我々のところへ戻っておいで」
奥方様が応えました。
「愛しい人よ。わたくしたちはもう---あなた方のところへは帰りません。山や川が---古里が元通りになるまでは」
村は、国は火が消えたように寂しくなりました。
飯場に行っても、威勢のいい女の掛け声が聞こえてきません。家に帰っても迎える女がいません。父や母や、子どもの面倒を見る者もいなくなりました。
人々は弱り果て、代表の殿様が洞窟の奥方に言いました。
「愚かなことは止めなさい」
「いったい、どちらが愚かですか。こんな毒の土地に、子どもだって生めやしない。あなた様のお世継ぎは、諦めてくださいませ」
「それは困る」
洞窟の中の女たちと、入り口の男たちが口々にもめていますと、おずおずと彼らの子どもたちが歩み出ました。
「お母ちゃん。お父ちゃん。ぼくら、病気になるの? お外の山や川で遊びたいよう」
子どもたちはわっと泣き出しました。
男たちと女たちは、はっと気が付きました。
残したい本当の宝物は---一体何なのかと。
洞窟から女たちが、飛び出しました。男たちも歩み寄り、二人は大切な坊やたちを抱きしめます。
『愛しい子』
○×ノ国の銅山が変わったのは、それからでした。
もうもうと出る煙を遮る道具を作りました。川の汚水を浄化する装置を作りました。
土に含まれた毒を分解し、無害化する方法を編み出しました。
そうして、国の者が総出で、禿山に国の木をたくさん植えました。
目の病や死産は減りました。
川に清い流れが戻り、山にも森が戻りました。
今日に至るまで、そこでは植樹と、育った森や川の手入れが続いているそうです。
足尾銅山鉱毒事件をモチーフに、ギリシア喜劇と日本神話のエッセンスを取り入れてみました。
足尾銅山は今後、資源開発が盛んになってゆく国の方々にぜひ知っていただきたいです。




