きゅぅ 勉強
かなりひさしぶりの更新です。
小説内ではまだ夏ですので、ご注意ください。
縁側に座った自分の足元が、太陽の光にさらされている。
熱気を吹き飛ばすには少々頼りないそよ風が風鈴を優しく揺らして、チリンというか細い鳴き声が鳴った。
「今日も暑いな・・・」
時刻は朝の11時。そろそろ地面が日光によって熱せられて来た頃だろう。
不快な熱気が陽炎に揺らぎながら空間を満たしていた。
気温はきっと30度を越しているだろう。そんな日だと言うのに、垣根の向こうから子供達が鬼ごっこに興じる笑い声が聞こえてくる。
「子供っていうのは、元気ですよね」
そう言って、我が家の(知らないうちに)新たな住人となった金髪碧眼の、見るからにゲルマン人の素養を満たしているドイツからの来訪者、アシュレイが縁側に腰掛ける俺の横に、寄り添うように座った。
その腕の中には芋羊羹と麦茶を載せたお盆が抱えられている。
「お茶に羊羹とは…西洋人とは思えない差し入れだな」
「日本に来る前に、日本の作法をちょっと勉強してきましたから」
これが作法のうちに入るかどうかは微妙なところだった。
「ところで、日本は暑いですねぇ」
そう言って苦笑いを浮かべるアシュレイ。
しかし、その端整な横顔には汗の一粒も浮かんでいなかった。
「…暑いならもうちょっと離れろ。こっちに寄り過ぎだ」
ちょっと動けば腕と腕が触れ合うような距離だった。
お盆はいまだアシュレイの腕に抱かれている。
「えー、別にいいじゃないですかぁ」
「お前はまだ日本人と言うものを分かっていない。親しくも無い相手にこんなに近くに寄られたら、誰だって落ち着かないんだよ。それから、お盆はちゃんと床に置け」
そうなんですか?と男にしてはふぬけな声を上げ、アシュレイは俺から少し距離を開け、その間にお盆を置いた。
これっくらいは事前に調べなくても分かるものだろうと思うが…
「そっちいった!」
垣根の向こうから、子供の叫び声が聞こえた。
その後に続くワーやらキャーなどの阿鼻叫喚。
どうやら向こうで進行中の鬼ごっこに、決定的な大どんでん返しがあったようだ。
「楽しそうですね」
アシュレイの優しい笑顔。
どことなく母性に満ち溢れいるように見えた。
「…そう言えば、こっちの子供達はどうした?」
ふと思って、他に話すことも無かったので口にしてみた。
こっちの子供というのは言うまでもない。
昨日、じいちゃんの蔵から出土した四人の「美少女」達のことだ。
「ああ、ちゃーんと向こうで「お勉強中」ですよ」
そう言ってアシュレイは居間のほうを親指で指し示した。
その導きに従い、俺も顔を振り向ける。
たしかに、居間の方にクーとアンと怜とサンが、俺の愛用のパソコンに張り付いていた。
みんな真剣な目でディスプレイを見つめている。
「さっきからずっとあの調子です」
クー達がパソコンに張り付いているのは、文字通り「勉強」の為だ。
彼女らが誕生したのは居間から半世紀以上前、第二次大戦真っ只中のドイツだった。
ヒトラー総統の特命を受けた「生命の泉」とかいう特殊機関が薬物投与とアナログ・遺伝子技術によって作り出した「新人類」が、彼女、クー達らしい。
そして敗戦間近にアシュレイの祖父が日本へクー達を潜水艦を使って日本に脱出させる作戦を立て、その作戦の日本側協力者が俺のじいちゃん───佐伯俊夫だったらしい。
作戦は失敗に終わったけど、終戦後にじいちゃんが密かに沈没した潜水艦から、冬眠状態だったクー達を引き上げ、あの蔵に保管していた…そしてそれを俺が見つけて、クー達を(胸を揉むことによって)冬眠から覚ましてしまった。
これがおおよその経緯だ。
つまり、ドイツ脱出から俺が蔵から見つけ出すまでの半世紀以上、クー達は冬眠していたわけであり、その間の時代感覚がごっそり抜けているわけだ。
だから、今、クー達はパソコンのインターネットを使って今の世界の現状を学習し、その時代感覚の穴を埋めようとしている。
「でも、さっき誰がマウスを操作するかで言い争っていましたよ」
どうやらちょうどいいおもちゃを見つけてしまったらしい。アレは仕事で使うんだけどな・・・
でもまぁ、夢中になっている子供を見るのも、結構悪くない。
今まで独り身だっただけに、同居人が増えることへの嫌悪感もあったが、にぎやかな日常に対する喜びもあった。
まだ同居一日目だが早くも幸せ感が胸に溜まりだしている。
よく家の前で子供と一緒にキャッチボールをしているおじさんの楽しみも、今なら理解できる。
「それじゃ、ちょっと様子を見てくる」
そう言って腰を上げて、ディスプレイを覗き込むクー達に後ろから近寄った。
クー達はディスプレイに夢中で、こちらに気づきもしない。
そんな彼女らが子供っぽくて可愛らしかった。
そして、どんな内容を勉強しているのかと、後ろからディスプレイを覗き込む。
「おーい、どんなページ見て・・・」
ディスプレイには「ブルマ女子高生!青い果実の誘惑」の文字。
「コラぁー!!!」
おそらく、今までの人生で一番大きな叫び声だった。
マウスを取り上げディスプレイを大慌て閉じる。
「何をするぅ!せっかく学習中だったのに!」
「そんなもんは保健の教科書でやれ!俺のPCに変な履歴を残すな!!」
俺はパソコンからクー達を払いのけた。心臓がバクバクしている。
そんな俺をアンがすこし軽蔑の眼差しのこもった目で見つめている。
「変な履歴って…お気に入りに登録してあったアドレスから飛んだんだけど」
いかにも、アレは俺が毎日お世話になっている画像サイトだ。
あのサイトに置いてある画像で、俺が見たことの無いものは無い、と言えるほど使い込んでいる。
「と、とにかく!しばらくはお前らにPCは使わせない!!」
顔を真っ赤にして憤怒する俺に向かって、怜が静かに口を開いた。
「女子高生うれしはずかし画像女子高生スク水画像女子高生課外授業画像女子高生電車内痴漢画…」
「俺の履歴を読み上げるなぁ!!!!!」
もうこいつらには出て行って欲しいと思った夏の昼下がりだった。