はち 翌朝
更新が遅いです。忙しいんです。
深い眠りの底から、少しづつ意識が浮かび上がっていく。
まぶたがゆっくり開き、朝日が眼球に染みた。
朝だ。
ん?寝てたのか、俺。
さえずる小鳥の鳴き声に心地よい薄い布団の温かさ。
頭がまだ覚醒しきっていないまま俺は上半身を起こした。
「……」
ふと視線を落とすと俺はパジャマを着ていなかった。いつもなら着ているのだが…
「うーん…昨日なんかあったんだっけ?」
まだ寝ぼけてるせいなのか、かなり記憶が曖昧ではっきりと思い出せない。
ただ、昨日はとても大変だったような気がする。
なんか、いろんな人が来て、いろんなことがあったような…
あぁ、やっぱり思い出せない。
(まぁいいや…とりあえずキッチンでなんか飲もう…)
そう思い立って俺は立ち上がり部屋を出て、廊下を挟んで向かい側にあるキッチンルームのドアを開いた。
その瞬間、俺は目を細めた。
キッチンに先客がいたのだ。
──ここは確かじいちゃんの邸宅で、そのじいちゃんはついこの間死んで今は俺一人だけの筈。
先客は可愛いげな鼻歌を歌いながら陽気に朝ご飯でも作っているようだった。
ちょっと長めの金髪を後ろで括り、スレンダーな線の細い体にエプロンをまとっている。背は俺より少し高め。
整った綺麗な顔立ち。
(…俺に彼女なんていたっけ?)
そう思って首をひねっていると、金髪の先客がこちらに気付いて振り向いた。
「あ、ユキさん。起きたんですね、おはようございます」
爽やかな笑顔だが、誰だか思い出せない。
俺は少しづつ前に歩を進めた。
徐々に“先客”に近づく。フライパンを片手に持った“先客”はそんな俺に嬉しそうに話し掛けて来た。
「勝手に冷蔵庫の食材使わせて貰いました。今朝の朝食はハンバーガにしようと思ったんですよ。で、今は具のハンバーグを焼いてるんです。僕、ハンバーグ作るのは結構得意なんですよ?」
無邪気な笑顔で話すのを無視して、俺はなんとなーく“先客”のひらべったい胸をわしづかみにした。
いきなりの行動に“先客”はビックリして、危うく自慢のハンバーグをフローリングの床に落としそうになった
「なっ…?!い、いきなりなにするんですかあ!?!」
赤面し、アタフタ慌てながら怒り出す“先客”
「いや、女かどうか確かめようと思って…」
「お、男ですよ!」
確かに、この感触は男だ
「あー、そっか…」
「…あの、ユキさん。もしかして寝ぼけてます?」
「…うん、多分…」
「どうりで昨日と雰囲気が違うと思ったら…今度からはこういうのはやめてくださいね、例え寝ぼけてても。セクハラですから…」
セクハラって…
男なのに女みたいなやつだな。
「…ところでさ」
「何です?てか胸から手を離して下さい」
「…アンタ、誰?」
「…へ?」
「だから、アンタ誰?」
「覚えてないんですか?!昨日自己紹介したじゃないですか!」
「思い出せない…」
「(まさか、昨日の打撲で記憶が…?)」
「昨日なんかあったのか?」
「…ごめんなさい。先に謝っときます」
「は?」
いきなり謝られても…てかなんで謝るの?と、ぽかーっとしていた俺をよそに“先客”は手に持っていたフライパンからハンバーグを皿に移した。
そして空になったフライパンを俺に向かって大きく振りかぶって…
「っえい!!」
ガン!!
「い?!?」
──俺の頭を思いっきり叩いた。
寝ぼけてたこともあってまったく回避モーションをまったくとれなかった俺の脳天にフライパンがクリティカルヒットする。
鈍い痛みが脳内を掻き乱し、記憶の保管庫を乱雑に荒らした。
意識を失いかけた俺の視界に昨日の映像が断片的に映し出される。
倉で見つけた金髪碧眼美少女。
クーのおっぱいのやわらかさ。
そして吹き飛ぶ我が家の壁……
「ショック療法です!どうですユキさん、思い出しましたか?」
「あぁ、思い出したよアシュレイ……だがな、他にも方法ってもんが…」
俺があまりの痛さにうずくまっていると、アシュレイがあっけらかんと答えた。
「すいません、でも思い出したからよかったじゃないですか」
あまりの痛さにうずくまっていなければ、こいつを殴り倒してやるところなのだが…
「覚えとけよ…」
「そんなことよりユキさん。もうすぐで朝ごはんができますから、クーちゃん達を起こしてきてください」
「人がこんなに痛がってるのに……ん?クー達もいるのか?」
「そりゃそうですよ。彼女達、ここに住んでるんでしょ?ユキさんがのびてる間に僕が寝かしつけておきました」
「あー、そうか。ご苦労様」
「じゃぁ、クーちゃん達はとなりの部屋で寝てますから」
「わかった…」
俺は痛む頭頂部を抑えながら、ゆっくりとした足取りでとなりの部屋に向かった。
視界の端に昨日クーが盛大に破壊した壁が見える。あの後アシュレイが掃除したのだろうか、壁の残骸はキレイサッパリ片付けられて今はデカい穴が開いてるだけだ。
(あぁ、やっぱり昨日の出来事は夢じゃないんだよなぁ)
これからあの、アシュレイ言うところの“ナチスが開発した戦闘用強化人間”四人衆との生活が始まるわけだが、
はっきり言って現実感がないというか、不安というか…ともかく俺の生活環境が激変したことに戸惑いがないといえば嘘になる。
(これからどうなるんだろう?なるようになるしかないけどさ…)
そうこうしている間に、クー達が寝ている部屋の前に着いた。今から起こすのに、クー達の睡眠を阻害しないようにゆっくりとドアを開ける。
開いたドアの先には、薄ぐらい部屋に敷かれた毛布に寄り添って眠る四人の少女の姿が見えた。
小動物みたいでかわいいなぁ。
「おーい、起きろ!朝だぞー」
俺は結構大きな声をあげながら開いたドアをコンコンと叩いた。
んが、誰も起きない。
「起ーきーろ!!」
今度はさっきより大きな声を出した。んが、またしても誰も起きない。
「…結構ツワモノだな」
なかなか起きないので直接体を揺すっておこそうと思い、俺は寝ているクー達に近づいた。
が、近くで見る彼女達は思った以上にかわいらしい。
スースーと寝息をたてている姿など殺人モノだ。
よく見ていると、四人のなかでは一番性格がキツいアンが胸も一番大きかった。
無論、少女にしてはの大きさだがなかなか魅力だ。特にシャツの上からでも分かるふっくらふくらんだ二つの胸にツンとかわいらしく付いている突起物などなんともみりょ…
おっと!なんだかエロ小説っぽくなってきたからこれくらいにしておこう。
「おーい、起きろ」
体を揺すってみるが誰も起きない。
「起きてくれー」
やっぱり誰も起きない。
「ここまで起きないと異常だな…」
その時、俺は昨日のことを思い出した。
確か昨日、アン達を見つけた時も眠ってて、横でクーとデカい声でやりとりをしていても起きなかったな。
そこでクーが言ったんだっけ?
──私の時のように胸を触れば起きるんじゃないか?
………
ふと、俺は右手をふっくらしたアンの胸に延ばしていた。
………
いやいやいやいやいや、アレですよ?アンを起こすためですよ?
だって普通にやっても起きないんだもん。こうするしかないじゃないですか?
決しておっぱいを触りたいからとか、昨日のクーとアンのおっぱいの感触が忘れられないからとかじゃないですからね?だからPTAのみなさん、その目つきやめてください。
うん、じゃぁ、いきますか。
そして俺は“アンを深い眠りから覚ます”為、アンの胸に手をかける。
そう、まるで眠れる森のお姫様にキスをしようとする王子様のように──
「──朝っぱらからなんともご苦労様ね」
「ええ、そりゃもう。朝からこんなかわいいおっぱ………ん?」
どこからともなく聞こえた声に、視線を上げるとそこには顔を真っ赤にしてぷるぷる震えるアンの顔があった。
なんかどこかで見たパターン…
「ほんっっっとぉーに、ご苦労ー様よね」
アンは鬼の形相。
俺がそんなアンに青ざめていると、いつの間にか目をさましていたクー達が言った。
「ユキ、いくらなんでも寝ている少女にそんな真似をするのはいただけないな…」
「いくらなんでも犯罪だよぉ〜?」
「……少し、軽蔑……」
降り注ぐ非難の眼差し。そんな目でおにぃちゃんを見ないでください。
「い、いや違うんだ!これは宇宙人からの命令で──」
「っ死ね!!」
「ぐおっ?!」
俺の弁明むなしく、アンの膝蹴りが俺のみぞおちにブチ込まれた。
痛みのあまり床に突っ伏す俺を踏み台にしながらアンは部屋から出て行った。
「次やったら首が一回転できるようにしてやるからね!!」
…恐ろしい子。
「ユキ。次からは事前に承諾を得た方がいいと思う」
「アンは怒りんぼうだもんねぇ★」
そう言ってクーとサンも部屋を出て行った。痛みで悶える俺をほっといて。
俺は一人ぼっちですか?
ただ、玲だけがしゃがみこんで俺をジーっと眺めている。
「……痛い?」
「うん…とっても…」
「……ユキは、痛い…」
「死んじゃいそうだよ……」
「…天罰だね…」
「……そうだね」
痛みのあまり頬から垂れた一筋の涙が、床にぽつりと落ちた。