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じゅぅょん 白服




―――1944年 11月 17日

ドイツ占領地域 ポーランド首都ワルシャワ







「見てカティア、綺麗な髪飾り」


彼女は髪の長い綺麗な人だった。

長い金色の髪は良くそよ風に揺れていたし、彼女の青い瞳は清流のせせらぎよりも透き通っていた。


上品な物腰で純潔ドイツ人の母と旧ドイツ帝国軍人の父との間に生まれた彼女はまさしく「アーリア人」として存在していた。

それは、私の忠誠を誓うべき祖国において、非のうち用のない完璧で理想的な人物像を指していた。


ただ、彼女は病弱でか弱かった。

すぐ折れてしまう枯れ枝のような四肢だった。


「ほら、似合うよ?」


彼女は私の頭に髪飾りをつけた。その手は微かに震えている。

私はすこし悲しくなった。


「かわいい」


微笑んでも、肉付きを失い痩せこけた頬は泣いている。

その軽い体も生気を亡くした彼女の細い足では支えられず、常に無愛想な車椅子の手助けを必要とされた。

彼女の体は栄養を必要としていたが、長年健康から遠ざかっていたその体は、既に栄養を受け入れる器としての機能を放棄していた。

彼女の体は加速度的に衰弱していく。科学者達が作った薬品も、彼女の体には毒だった。


「カティアはかわいいから、かわいいものが似合うね。でも、可愛くないものは似合わないね」


「カティア」とは、彼女が私に付けた名前だ。元々は違う名前を「本部」から「与えられて」いたのだが、どういうことか彼女の意見が「本部」の決定事項よりも優先されてしまい私の名前が変更された。

彼女が「組織」の上下階層に割り込めるほど特別な存在であることは、明らかだった。


「カティアには可愛くないものは似合わないから、軍服はあまり着て欲しくないなぁ」


彼女のこの言葉に、私はいつも悩まされる。


「ですが、戦闘服の着用は義務ですので」


「またその答えだー」


とは言っても、それが理由なのだから仕方が無い。

いつも同じ質問をされては、いつも同じ答えを返さなければならないのは当たり前だ。

だが、彼女にとってこの問題は極めて重要な懸案事項に関するものらしく、いつも私に同じことを言う。


どうやら彼女は、内心私を軍属から抜けさせたいようなのだ。

彼女にとって私は、いつもワンピースを着て花を摘んでいなければならない存在らしい。


しかし、今日、私は、そんな彼女を発狂させてしまうかもしれないことを告げねばならなかった。

しかも、今ここで。

この後すぐに「用事」があるので、今言わねばならないのだ。


私は躊躇わなかった。躊躇することは好ましくないと常に教官から教練中に教えられていたこともあってだ。


「ルクレツィア嬢、お伝えすることが」


「ルクレツィアでいいよ。カティアは私よりずっと年下の女の子なのに、難しい言葉使うんだもん」


私は彼女の命令には従わなかった。

「組織」の中には彼女の言葉や扱いにやけに配慮したりする慣行があるようだが、上官でもなければ軍属でもない彼女に従う義務は無いと私は解釈してきた。


それに、私は彼女の素性をあまりよく知らない。


「ルクレツィア嬢、正式に部隊に配属されることになりました」


彼女が面食らっているのが見て取れる。

私は背筋を伸ばし凛として言い放った。


「教練課程も終わり、私は来週から実戦部隊に配属されます」


「実戦って、戦うってこと?」


「無論です。ローマの兵士がそうしたように、地面を這いずって泥まみれになりながら、敵を打ち倒すべく前進します」


彼女の顔が、暗さを増したのが分かった。


「でもカティアは女の子だよ」


「関係ありません。国家の非常事態においては、老若男女の区別なく全ての戦力結集が必要とされます」


私の声は、さぞかし彼女の意見をはじき返していたに違いない。


「それに私は普通の子供ではありませんから」


「そんなことないよ」


「いいえ、違います。私は戦狼(ヴェーアヴォルフ)です。戦場の矛なのです。敵を屠る刃です。敵の体を鮮血に染めなければなりません」


「そんなこと言わないで」


ひ弱な彼女の声帯が、怒りに震えた。


「カティアは小さな女の子だよ。普通の女の子はそんなこと言わないよ」


だから「普通の」ではないと、そう言いかけて私はやめた。

病弱なそれとは裏腹に、彼女は頑固者なのだ。

他者の顔色を見て自分の意見を曲げることは無い。

彼女のまっすぐな精神は廃れていくその身体に収まりきらないほど強く旺盛なものだった。


「カティアはあまり笑ってくれないけど、ワンピースもきっと似合うし、今はこんなさびしい施設にいるけど、街に出たらもっと可愛くなると思う」


彼女の声は澄んでいた。


「カティアは兵士じゃなくって、女の子だよ。銃なんか似合わない。もっと幸せな生き方をして欲しい」


「個人の幸せが国家の危機よりも優先されることはありえません。私には国家と民族のために戦う義務があります」


「戦場に行って欲しくない」


「義務や必要性は希望よりも優先されます」


「死んじゃうかもしれないんだよ」


「死を恐れる者は、死を恐れない者に淘汰されます」


「人を殺すんだよ」


「仲間を殺されています」


「もう、会えなくなるかもしれないんだよ」


「問題ありません」


彼女は言葉を失った。

瞳がうっすらと涙に潤んでいる。

だが私は譲歩しなかった。

今まで彼女と過ごしてきた時間が、私にとって酷であることは無かった。

いい息抜きになってはいた。

しかし、私には立場がある。

その立場は、彼女の意見を優先するものではなかった。


「………」


彼女の顔が悲壮に暮れる。

そして、それ以上無駄な言葉を発することはなかった。

彼女は頑固者であったが、決してわからずやでは無い。


「やっぱり、駄目なの…?」


「ご希望には添えません。私には義務があり、勤めを果たさなくてはなりません」


「そっか」


彼女はゆっくりうつむいた。


「うん。カティアは、普通の女の子だもん。私の人形じゃないんだから、言うこと聞いてくれなくても仕方ないよね」


やはりこの一線は譲らないらしい。

私もすっかり諦めていた。


「カティア」


彼女の声色は、すっかりいつもどおり、しかし少し悲しみが混ざったものになっていた。


「お仕事が終わったら、戻ってきてくれる?」


彼女は戦争とは言わなかった。


「無論、戻ってきます」


「そっか。うん、よかった。じゃぁ、戻ってきたらさ、あれ着てね?ワンピース。白いの。きっと似合うよ。可愛いやつだから」






――それから61年後

日本





新品の独特のにおいがする。


夕食を食べ終わった後、俺はショッピングモールで買ってきた服を取り出した。

クー達の私服だ。

新しく買ってきた服が、彼女達の体に合うか確かめようと思い立った。

無理であれば取り替えてもらおう。


「私!コレ着るわ、この赤いの!あ、これもいいかも」


アンが真っ先に服の山に飛びついた。


「じゃあねじゃあね、あたしはね」


それにサンが続き、部屋はちょっとしたバーゲンセールのようになる。

おとなしい怜も、新品の服の山に興味深深らしい。


小さな女の子達が思い思いに服の山に飛びつく姿は、すこし微笑ましい。

みんな服を物色していた。


しかし、その中で、クーだけがその真横で突っ立っていた。


「ユキ、私はコレにする」


やけに早い。


「それでいいのか?もっと好きなの遠慮なく探していいんだぞ。給料はっぱたいていっぱい買ってきたんだから」


「いや、これでいい。これを着てみたいんだ」


「そうか、まぁ、後で他のも探せ」


クーが選んだ服は白いワンピースだった。

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