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魔王はハンバーガーがお好き  作者: 28号
魔王と日常の章 その2
99/102

Episode29 挨拶

「今日、ちょっと三人で出かけない?」

 師匠がそう切り出したのは、高校でのプロムを間近に控えた、とある朝のことだった。

 チビ殿も学校が休みだったので、3人で出かけたいところがあるのだと師匠は言う。

 勿論予定はなかったので、私とチビ殿は師匠の車に乗り込んだ。

 相変わらず乱暴な師匠の運転によわされること15分。車が辿り着いたのは町はずれにある小さな墓地だった。

 コインパーキングに車を止めると、師匠は墓地の前にある小さな露天で花を買い、それを片手に墓地の中へと入っていく。

【一体何処へ行くの?】

 と問いかけるチビ殿に、自分も分からないと心の声を送りながらついて行けば、師匠は墓地の中程にある小さな白い墓石の前に立った。

 その墓石は酷く汚れていて、彫られている文字もよく見えない。だが師匠が来ると言うことは彼女に縁のある物なのだろうと思った私は、魔法で布巾を取り出した。

 それにチビ殿が水の魔法をかけ、濡れた布巾で墓石をこすれば、汚れはみるみる落ちていく。

 それから5分ほどかけて墓石を磨けば、そこには名前が二つ刻まれていた。

 同じ名字なので夫婦なのだろうとぼんやり思っていると、私の横に師匠が静かに膝をつく。

「ここ、パパとママのお墓なの」

「そういえば、、カーターというのは師匠の名字だったな」

 と言うことは、私は今師匠のご両親の前に立っていると言うことになる。

 それにしては少ししまりのない格好でやってきてしまったと思った私は、急いで魔王としての装束に魔法で着替えた。

 それにならい、チビ殿も魔王の装束を纏うが、彼の方はその意味をわかっていないようである。

 そして師匠もまた、服を着替えた事に疑問を抱いているようだった。

「何で着替えたの?」

「ご両親に挨拶に行く時は、正装をする物だとドラマで見た」

「あんたの正装ってその服と角なの?」

「魔王と言えばこの姿なのだ。もしかしてご両親は、角のある魔王はあまりお好きではないか?」

 慌てて尋ねると、師匠はおかしそうに笑う。

「少し驚くかも知れないけど、多分大丈夫よ」

 師匠の言葉にほっとしていると、彼女は右手で私の手のひらを、左手でチビ殿の手のひらを掴む。

「それに、二人のことちゃんとパパに見せたかったから丁度良いわ」

 そこで墓石に向き直り、師匠は僅かに目を伏せた。

「あと自分のことも、ようやく見せられるかなって思って」

「ようやくと言うことは、ずっとここには来ていなかったのか?」

「親不孝な娘よね」

 自嘲するように笑って、それから師匠は墓石に刻まれた両親の名前をじっと見つめる。

 その姿はひどく悲しげで、私は彼女を今すぐ抱きしめ、慰めたかった。

 けれど両親の前で、いきなりそんな事をして良いのか私には分からず、腕を広げたり閉じたりを繰り返しながら悶々としていると、それに気づいた師匠が私を見て笑う。

「何それ、ダンス?」

「今、猛烈に師匠を抱きしめたくて困っているのだ」

「抱きしめても良いのよ?」

「だが、ご両親の前でいきなりというのは失礼では無いか? 前に見たドラマでは、恋人と抱き合う娘を見た父親がひどく怒っていた」

 怒りのあまりゴルフクラブを振り回していたというと、師匠は「アレはドラマだから」と吹き出す。

「うちのパパとママは優しいし、きっとようやくまともな男を連れてきたって喜んでるわ」

「魔王はまともとは言えないと思うぞ」

「元魔王でしょう? それに、あなたは十分立派よ」

 むしろ自分の方がまともじゃ無いかもと、師匠は僅かに視線を下げる。

「ここにも、ずっとこれなかったし」

「だとしても、理由があったのだろう?」

 師匠は時々両親のことを話してくれるが、嫌っているようにはみえなかった。

 そんな彼女が墓前にあまり立たないということは、きっと何か理由があるに違いない。

「理由があるとしても、勝手なもんよ。ただ、会いづらかったってだけ」

「会いづらい?」

「最近はだいぶマシになったけど、魔王とあう前は色々だらしなくて、ダメダメで……。そんな自分を見せたくなくて、ずっとここにも来られなかったの」

 パパとママに悪いことをしてしまったと師匠は言うが、それが悪いことだと私は思えなかった。

「駄目な自分を見せたくないと思うのは当たり前のことだろう。私だって自分の中の悪い魔王を師匠には隠しておきたいと常に思っている」

「でも、私もうずいぶんここに来て無くて……」

「けれど今はこうしてここに居る。それに、ここに来られたと言うことは、師匠はもうダメではないと言うことだ」

 師匠と重なった手に力を込め、それから私は墓石に目を向ける。

「心配なら、私の口からご両親に師匠の素晴しさを語ろう」

 今の師匠は本当にしっかり者で、むしろ駄目な私を支えてくれているよき伴侶だ。まだ約束しただけで正式には夫婦にはなっていないが、妻も同然に私を愛してくれている。

「本当に、立派で素敵な女性なのだ」

 出会った頃から今までの間に起きたことや、師匠が如何に素晴らしい女性であるかを、私は師匠のご両親に説明した。

 ご両親と言ってもそこにあるのは墓石なので相づちなどはない。けれど何故だか、誰かがそれを聞いてくれている気がした。

「師匠は最近少し成績が落ちたが、勉強だってちゃんとやっている。客が増えたダイナーを切り盛りしつつ、寝る間も惜しんで宿題をやっているのだ。あと最近はチビ殿の勉強も見ている。まるで母親のようで、そんな師匠を見ていると温かくなる。あと他にも……」

「もっもういい。なんか、聞いてると恥ずかしくなってくるし」

 師匠は止めたが、正直私はまだ喋り足りない。

「あと5時間くらいは喋りたい」

「夕方になっちゃうでしょう」

「じゃあ日を改めて、またここに来ても良いか?」

 私の言葉に師匠は驚いた顔をし、それから突然私の胸に顔を押し当てた。

「いいけど、成績の話とかはあんまりしないで」

 そう告げる、師匠の声は少し震えていた。

 それは師匠が泣きそうな時の物と似ていたから、私は慌てて彼女を抱き寄せ、もうしないと約束した。

「じゃあ今度は師匠がいかに美しいかを語ろう」

「そう言うのも、親に向けて言われると恥ずかしいんだけど」

 上目遣いに私を見つめる師匠の瞳は赤く潤んでいたが、表情は穏やかだったのでほっとする。

「でもご両親が亡くなってずいぶんたつのだろう? だとしたら、今の師匠をきっと知りたいはずだ」

 だから次は師匠の美しさについて1時間ほど語りに来ると、私は心の中で両親に約束した。

 すると今まで黙っていたチビ殿が、持ち歩いているスケッチブックを開きそこに文字を書く。

『ぼくも、おねえちゃんはびじんだとおもいます』

「ちょっと、チビまで何見せてんのよ!」

 墓石に向かってスケッチブックを突き出すチビ殿に師匠は慌てるが、それは事実なのだから仕方ないと、私とチビ殿は頷きあった。

「チビ殿も、色々話したいらしい」

 だからまた連れてきてくれと師匠に言うと、彼女は仕方ないと呟いて私とチビ殿の頭を乱暴に撫でる。

「でも、その格好は目立つから今度は普通の服でね」

「やはり角はダメか?」

 チビ殿と共に肩を落としていると、師匠が違うと慌てる。

「実は私の趣味ってママ譲りらしいのよね。ママもモンスターとか好きだったから、むしろ角のある彼氏なんて連れてきたら凄い喜んでた気がする」

 だけど……と、師匠は何かを思い出し、小さく微笑んだ。

「うちのパパって物凄く嫉妬深いから、ママまで魔王にキャーキャー言ったら拗ねちゃいそうだなって」

「たしかに、自分の妻が違う男に悲鳴を上げるのは嫌だな」

 これは自重せねばと角を消してから、師匠が楽しそうに両親の話をするのは初めてかも知れないと思った。

 話自体は何度もしたし、彼女が両親のことを愛しているのは分かっていたけれど、昔のことを喋るときの師匠は少し言葉と表情が重くなる。

 でも今日はその重さが無く、どこか晴れ晴れとした顔は大変愛らしい。

「ご両親のことを話す時の師匠は、とても可愛らしいな」

「かっかわいい?」

「もし師匠が構わないならもっと色々話して欲しい。ご両親のことも色々と知りたいし、その上可愛い師匠が見れるなんて素敵だろう」

 私の言葉に師匠は顔を赤らめ、それから小さく頷いた。

「私も、こういう話するの、もう嫌じゃないみたい」

「前は嫌だったのか?」

「嫌というか、好きじゃなかったんだけど」

 私と話すのは悪くないと、師匠は思ってくれたようだ。

 そしてそれを喜んでいると、師匠もまた穏やかな笑みを浮かべてくれる。

「やっぱり、あんた達と来て良かった」

「じゃあ次もまた一緒に来よう」

 私の言葉に、師匠はもちろんと頷いた。

「でも、あんまり恥ずかしい話しはしないでね」

 師匠の寝顔がいかに可愛いかを語るのは恥ずかしいかと尋ねると、師匠は真っ赤になってしゃがみ込み、チビの背中に隠れてしまう。

 師匠は、両親の前では少し恥ずかしがり屋なのかもしれない。

 そんな師匠も可愛いと思ったが、それを言うとご両親の前でのお喋りを禁止されそうだったので、愛おしさは胸の奥にそっとしまった。

【お題元】

「師匠のパパとママはどうしているんですか?」

「魔王が両親に挨拶に行く話を読みたいです」

などのメッセージなどより作成。


オーダーとネタ振り本当にありがとうございました!

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