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魔王はハンバーガーがお好き  作者: 28号
魔王と日常の章 その2
98/102

Episode28 キス

【もうげんかい】

 チビ殿がげっそりした顔で私に抱きついてきたのは、ある朝の事だった。

 聞かずとも、彼の疲労の原因はわかっている。先日から、我が家に滞在している異世界の姫君のせいだろう。

 チャーリーのプロムの相手を見つけるため、私は先日異世界より一人の姫君を招いた。

 ただ、こちらの招きに応じてくれた姫君は想定より年がかなり若く、残念ながらチャーリーのプロムの相手にはなれなかったのだ。

 とはいえ呼び出しておきながらもてなしの一つもしないのは失礼だし、姫君はこちらの世界に大変興味があるようなので、一月ほど滞在してもらうことになったのである。

 ただしチビ殿にとって、姫君との暮らしは少々過酷な物だったようだ。

【あのこ、ねてるぼくをかむんだ】

「たぶん、それはきすだとおもうぞ」

【でもきすはきもちいいものだって、おにいちゃんいった】

「師匠とのキスはそうだが、友人と挨拶代わりのキスをかわすこともあるだろう?」

【あんなのあいさつじゃない、だってこわい】

 姫君のキスを思い出したのか、チビ殿は青い顔を手で覆う。

【こわいのは、きすなんかじゃない】

 うめくチビ殿の顔に浮かぶのは本物の恐怖だが、たぶん姫君は親しみを込めて彼に接している……のだと思う。

 ただなんというか、姫君の親しみはちょっとばかり特殊で強引で激しいのだ。

 特にチビ殿にはそれが顕著で、幼い彼には姫君の愛情を受け入れる事ができずにいる。

【あのこがくる!】

 不意に、チビ殿が心の悲鳴を上げ、ソファーの下へとかくれた。

「ちょっとちび!! どこにいるの!! 早く私の着替えを手伝って!!」

 直後、姫君の元気な声が響きわたる。

 現れる前から気配が分かるなんてうらやましいなと、二人の絆の強さにちょっぴり感動していると、少し不機嫌な顔をした姫君がリビングに現れた。

「ちびはどこ?」

 訪ねる姫気に、私は思わず笑ってしまう。

 このところ、彼女は何よりもまずその台詞を口にするのだ。

 彼がそばにいないと不安なようで、いつも彼を追いかけ、連れ回し、こき使っている。

 まるで私と師匠のような仲の良さだと思うが、残念ながらその愛情表現は師匠のそれより強引で、チビ殿は恐怖を覚えているようである。

 それに王女である彼女は奉仕されることに慣れすぎているところがある。

 故に彼女は彼を召使いのように扱うから、チビ殿はよけいに彼女の愛情を感じ取れずにいるのだろう。

「ここにいるのはひみつにして」

 ソファーの下からすっと差し出されたスケッチブックに、私はこっそりうなずく。

 するとそれを見咎めたのか、パジャマ姿の姫君は目をゆっくりと細めた。

 美しい金糸の髪は寝癖がついてくしゃくしゃだが、王族だけあってその姿は常に愛らしい。

 だがこうしてチビを探しているときの彼女は、確かに少しだけ怖い気もする。

「隠してたら、痛い目見せるわよ」

 そして言葉も、少し舌っ足らずだがちょっと乱暴だ。そういう所は、ガキ大将のアルファにちょっと似ている。

「見ていない」

「本当に?」

「み、見ていない」

 鋭いまなざしに負けて、ついつい視線をソファーの方へ向けた直後、姫君がニヤリと笑った。

「見ぃーつけた」

 きゃーーと、声にならない悲鳴が聞こえ、チビ殿がパジャマ姿のまま庭へとかけだしていく。

 それを姫君が追いかけるのを申し訳ない気持ちで見ていると、師匠がキッチンから顔を出した。

「今日も喧嘩してるの?」

「あれでも一応、ある種の愛情表現だとは思うのだが」

「それはわかるけど、チビっておっとりしてるから、わがままな女の子相手だと苦労しそうよね」

「しかし毎日あれでは、さすがのチビ殿も心労で倒れてしまうかもしれないな」

 魔王といえどチビ殿はまだ子供だ。それに私以上にナイーブなところもあるから、少し心配だ。

「もう少し、普通に仲良くなれればいいのだが………」

「お姫様気質が抜けないかぎり、難しいんじゃないかしら?」

 そういいながら、師匠は庭をかけずり回っている二人に目を向ける。

「最初の頃よりはマシになったけど、あのお姫様妙に大人びてるって言うか堅苦しいのよね」

 異世界における年齢は17歳だが、この世界のものに換算すれば彼女は10歳。チビ殿やアルファ殿とそれほど変わらない。

 しかし彼女は、少し舌っ足らずだが小難しい物言いもするし、ハンバーガーを前にしてもフォークとナイフを手放さないような大人びた少女なのだ。

「そういう教育を受けたからかもしれないけど、大人と子供のバランスがとれてない感じがするの。だからたぶん、チビのことも友達じゃなくて召使い扱いしちゃうんじゃないかしら」

 師匠の言葉は、確かに的を得ているような気がする。

「つまり彼女は、子供になりきれないのか」

「だからね、少し肩の力を抜いてあげた方がいいと思うの」

 それはどうすればいいのかと聞くよりはやく、師匠が得意げな顔で私にある物を取り出した。

 彼女が取り出したのは小さな紙のチケットだった。

 メッセージカードにも見えたが、描かれているのは私が大好きな世界のスーパースターミッキーマウスである。

「師匠、まさかこれは!」

「あんたも行きたがってたし、奮発して買っちゃった! 子供心を取り戻すなら、ここでしょう!」

 感動の余り師匠に抱きついた直後、チビ殿と姫君も部屋に戻ってくる。

 そして二人は師匠が手にしているのが夢の国へのチケットだとわかり、絶叫した。

 どうやら姫君も、夢と魔法の国の存在は知っていたらしい。

「テレビで見て、行きたいって思ってたの!」

【ほんとに? ほんとにいける?】

 それまでの確執が嘘のように、二人は手を取り合ってはしゃいでいる。チケットだけでこれとは、さすが世界のスーパースター。すさまじい効果だ。

「二人が仲良くするなら、連れて行ってあげる」

「する!」 【する!】

 姫君の声とチビ殿の心が混ざり、元気な返事が部屋には響く。

 それから週末になるまで、二人は宣言通り、喧嘩もせず仲良く過ごしていた。

 パソコンを使い、どんな乗り物に乗りたいかを話し合う二人はまるで兄妹のようで、それまでの確執が嘘のようにも思えた。



 けれど平和なときは、長くは続かなかった―――。



 週末になり、いざ師匠の来るまで出かけようとしたそのとき、ある人物が現れたのである。

「そこまでだ、誘拐犯!!!!」

 ようやく訪れた平穏をぶちこわしたその声の主は、私たちが乗り込もうとしていた車の上に立っていた。

 その容姿はかつてこの世界に現れた勇者殿によく似ていた。

 年老いているせいもあるが、鎧をまとい、魔力を帯びた剣を手にするその姿は勇者のようにも見える。

「主殿!」

 呼ぶまでもなく現れた魔剣が、私たちと男の間に立つ。

 彼が険しい顔で男をにらむと、突然姫君が私の太股に抱きついた。

「やめて、あのひと悪い人じゃないの!」

「もしや、知り合いか?」

「それは……」

「お逃げください姫様! この第21代目勇者が今すぐその魔王をたおしますゆえ!」

 姫君が答えるまもなく、男が剣と共に声を張り上げた。

 ずいぶん歳なので剣をも通でも体も支える腰もぷるぷるしていたが、そう宣言するからには彼は勇者なのだろう。

「私、ちょっとフライパン持ってくる」

「だめだ師匠、ここは平和的に解決せねば」

 いつぞやのような強行に出そうになる師匠を止め、代わりに私が男の前へと出る。

「何か誤解があるようだが、我々は誘拐犯ではない」

「だが、姫君を連れ去ったであろう」

「しかるべき手順は踏んだはずだ。姫君をこちらに呼ぶにあたり、事前に手紙を送ったはずだ」

 説得のために以前贈った物と同じ内容の文を魔法で取り出し差し出せば、男の勢いがわずかにそがれる。

「それに、魔王が人に徒なすものでないことは既に証明したはずだ。よければ隣に家にいる勇者殿をよび、証人として立ち会わせよう」

 むしろ呼ぶまでも無く、騒ぎを聞きつけ勇者殿は出てきてくれていた。

 空気を呼んであの臭い鎧をつけてきてくれたため、男はようやく冷静になったようだ。ただ、匂いは最悪だが。

「確かに誤解があるようだな。事情を聞かせてもらおう」

 剣をしまい、そこで男は姫君に視線を送る。

 見つめられた姫君はいつもの勢いが嘘のように体を小さくしており、そこで私は彼女が何か隠し事をしていることを悟った。



 男を家に招き、改めて事情を聞くと、姫君はか細い声でこうこぼした。

「実は、黙って出てきたの」

 姫君と男の話を聞いたところ、どうやら姫君は周りの人々に内緒でこちらの世界にきてしまったらしい。

「私、お城の外に出たことがなかったの。だから、お父様たちに手紙を見せたら取り上げられちゃうと思って……」

 どうしても行きたかったのと泣きそうになる姫君の頭を、チビ殿が優しくなでて慰める。

 自分の意志とは関係なく、城に閉じこめられる気持ちが彼には分かったのだろう。

「ちょっとのつもりだったから、手紙に込められた魔力をたどってこっちにきたの。でも毎日があんまり愉しくて、帰りたくなくなっちゃって……」

 それで、この男がかり出されたらしい。

「城にあった魔力の名残が魔王の物とわかったため、元勇者である私が呼び出されたのだ」

 本当は姫君の父親も来たがったが、あいにく異世界を区切り抜けるにはそれなりの魔力と資質が必要だ。

 見たところ姫君は有り余る魔力を持っているので楽にこれたのだろうが、そういう存在はむしろまれである。

 むしろまれであるからこそ、姫君は長いこと城にいたのかもしれない。

 強すぎる魔力を持つ物は、無自覚のうちに周りの者達に影響を出してしまう。

 たとえば、魔力は人の五感を狂わせる。上手くコントロールできれば自分や他意の感覚を増幅させたりもできるが、姫君のような幼い子供にそれは無理だろう。

 周りの五感を惑わせ、それによって病にも似た体調不良を周りにもたらしかねないのである。

 こちらの世界では魔力が薄いのでまだ影響が出ていないが、私のもといた世界では、もっと顕著に影響は出ていたはずだ。

「帰りましょう姫様、お父上たちが心配しております」

「でも、私……」

「わがままを言ってはいけません。魔力が少ないとはいえ、もう既に影響は出ているではありませんか」

 そういって男が指さしたのは師匠だ。

 慌てて彼女を見ると、ほんの少しだけ彼女の頬が赤らんでいることに気づく。

「もしかして、具合が悪かったのか?」

「大丈夫よ。ちょっとだるいだけだし」

「だが……」

 心配のあまりじっと見つめると、彼女は私にだけ聞こえる声でそっと耳打ちをする。

「せっかくのお出かけに、水を差したくなかったの。風邪だとおもっていたし」

 だが魔力による体の不調は風邪薬では治らない。そして残念ながら、私にもどうすることができない。

「たぶん、原因は姫君の魔力だ。だが私の闇の魔力では光の属性の魔力には上手く干渉できない……症状を和らげることも、たぶん無理だろう」

 すまないと謝罪をすると、そこで姫君が師匠から慌てて身を引く。

「ごめんなさい」

「いいのよ。今はまだ風邪みたいなもんだし」

「でもいわれてたの。普通の人にはあんまり近づいちゃいけませんって」

 なのに言いつけを破っちゃったの泣き出す姫君。

 そんな彼女を、師匠は優しく抱きしめた。

「ほら、まだまだ大丈夫。なんたって私、魔王のお嫁さんだからね」

「くるしくない?」

「鼻水がでるくらいだし、まだまだ平気よ」

「でも、いつか平気じゃなくなっちゃう……?」

 姫君の言葉に、師匠は私を見つめる。

「少し距離を置けば、次第に症状は落ち着くだろう」

 それに姫君が魔力を身のうちにとどめられるようになれば問題ないというと、姫君はぎゅっと拳を握りしめる。

「じゃあわたし、帰る……」

「もうすこし、ここにいてもいいのよ?」

 師匠は大丈夫だと言うが、顔を上げた姫君は力強く涙を拭う。

「お姉ちゃんには、いっぱいよくしてもらったから、迷惑かけたくない」

「かけてもいいのよ、まだ子供なんだから」

「私子供じゃないもん。私、エイレン国の第一王女だし、それに……」

 ぐっと言葉を詰まらせる姫君の様子は余りに哀れで、私もまた彼女を慰めようとそばにひざを突いた。

「お父上には私が事情を説明する。だから、もう少しだけでもここにいればいい」

 魔力の影響がないのは事実だからというと言えば、姫君の瞳にまた涙がたまる。

 そのまま気持ちと言葉を飲み込む姫君に、そっとハンカチを差し出したのはチビ殿だ。

 それから彼は、スケッチブックにペンを走らせる。

【きみの、したいようにすればいいとおもう】

「したいように?」

【ここにいてもいいし、おねえちゃんがしんぱいなら、いちどかえってもいいとおもう】

 それから彼は、姫君の手をぎゅっと握った。

【きみのまりょくはきれいだから、きっとすぐ、こんとろーるできるようになる。それからまた、あそびにきたらいいよ】

「わたしに、できるかな」

【ぼくにもできたから、だいじょうぶ】

 それからチビ殿は、姫君から一歩退き、最近はあまりみせることのない「魔王」の姿をとる。

 角と尾を有する彼の姿に姫君は驚いたようだが、同時にそのまなざしには尊敬の念がこめられていた。

【なれたら、まりょくはぜんぶしまえる】

「私にもできるかしら?」

【できる。だっておひめさまはぼくよりつよいし、こわいし、たくましいから】

「……それ、本当にほめてる?」

 少しだけ冷たくなった声に、チビ殿が慌てて私の足の後ろに隠れた。

「たしかに、チビ殿をここまで震え上がらせる事ができるのは姫君くらいのものだ。これは凄いことだと思うぞ」

 私に加え、師匠もまた魔王よりすごいとほめる。

 するとようやく、そこで姫君の顔に笑みが戻った。

「……じゃあ、私やってみる」

 自分の言葉に自分でうなずき、それから姫君はチビ殿からもらったハンカチで目を拭う。

「私、一度帰る。お父様も心配しているだろうし、お姉ちゃんにげんきになってほしいから」

 でも……と、彼女はいつもの勝ち気な笑みで、私たち一人一人に目を向けた。

「魔力をコントロールできるようになったら、またくるわ」

「ああ、まっているぞ」

 私に続き、チビ殿が今日使うはずだったチケットを姫君に渡す。

【こんどきたときは、いっしょに、スペースマウンテンにのろうね】

「ええ、約束よ」

 チケットを受けとり、姫君はチビ殿の唇に優しくキスをする。

 それから彼女は成り行きを見守っていた勇者の手を引いた。

「では、騒がせたな」

 そういって、勇者と姫君はその場からすっと消えてしまう。

 残された私たちはいつもより少し広くなったリビングで、しばらくの間姫君が消えた床をぼんやり見ていた。

【ねえ、おにいちゃん】

 ふと、チビ殿がスケッチブックを手に振り返る。

【キスって、なんだがすごくいいね】

 書かれた文字がわずかに涙でにじんでいたことには、私も師匠も、気づかないふりをした。

【お題元】

「チビの恋の話が読みたいです」

 などのメッセージなどより作成。


オーダーとネタ振り本当にありがとうございました!

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