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魔王はハンバーガーがお好き  作者: 28号
魔王と日常の章 その2
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Episode26 風邪

 朝、どことなく体が火照っている事に気づいた私は、慌ててベッドを飛び出した。

 もしやこれはと淡い期待を抱きつつバスルームに向かい、鏡に映る自分の姿に私は思わず目を見張る。

 間違いない。これはぜったいにあれだ。念願の、あの症状だ。

「師匠! 私はついにやり遂げたぞ!」

 寝室に戻ると同時にそう宣言すれば、師匠は眠そうな顔で私を見上げ、そして僅かに目を見張る。

「あれ、今日ハロウィンだっけ?」

 と師匠がこぼすのも無理はない。彼女の目に映る私は人ではなく、竜のような翼と角、そして蛇のような尾を有する魔王本来の姿なのだ。

「あっ、もしかして朝からチビと変身ごっこでもしてるの?」

「ちがう、私はついに風邪を引いたのだ!」

「風邪……?」

 寝癖のついた髪をなでつけながら、師匠は小さく小首をかしげる。

 その姿は愛らしかったが、触れるのはぐっと我慢する。

 今師匠に触れたら、きっと熱が上がりすぎて倒れる気がする。

「先週チビ殿が引いただろう、アレと同じ物にかかったのだ!」

 私の主張に、師匠はようやく状況を理解したらしい。

 本来、私たち魔王は風邪などの病気にはならない。

 だがごくまれに、体内の魔力が乱れ風邪のような症状が出ることがあるとわかったのは、先週熱を出したチビ殿を城の主治医が診察した時のことだ。

 発熱、咳、喉の痛みなどと共に、魔力の乱れによって化身の術が解け、本来の姿に戻るのが魔王の風邪の症状で、チビ殿はその日一日寝込んだ。

 苦しげな様子は見ていて心が痛んだが、同時に師匠に優しく看病される彼の姿にうっかり大人げないジェラシーを抱いた事は否定できない。

 何せ風邪を引くと、アイスバッグを当てて貰ったり、ヌードルを食べさせて貰ったり、一緒にお風呂に入って汗を出したりと、とにかく至れり尽くせりなのだ。

 正直に言おう。私はチビ殿がもの凄くうらやましかった。

 なんとしても風邪を引こうと決意するほどに、師匠の看病はうらやましかった。

 それゆえ何とか風邪を引けない物かと、魔力を酷使する魔法を秘密裏に連発したり、久方ぶりに魔剣と激しい訓練をしたりと様々な努力を続けたのだ。

 そしてその結果、ついに私は風邪を引いたのである。

「ということで師匠、私の看病をしてくれ!」

 喜びのあまりにやけそうになる顔を何とかただし、私は頼むと告げた。

 なのに師匠はうんともすんとも言ってくれなかった。

 それどころか師匠はどこか怪訝そうな顔で私を見つめ、額に手を当て、あろうことかあまりに無情な事を言い放った。

「それだけ元気なら看病いらないでしょ」

「元気じゃない! 風邪だ!」

「でも大声出すだけの体力あるし」

 それに私これから学校だしとつげて、師匠は毛布を持ち上げる。

「とりあえず寝なさい。それか、ジョギングでもして汗かいてきなさい」

 汗で体が冷えれば熱も外に出るからと告げて、師匠はさっさと部屋を出て行く。

 私は絶望した。チビ殿の時はあんなに優しく寝かせてくれたのに、それすらしてもらえない自分に絶望した。

「……なぜ私は優しくされないのだ。確かにチビ殿より症状は軽いが風邪なのに!」

 と愚痴ったところで意味もない。

 そして無駄に憤ったせいでさすがにちょっとクラクラする。

 仕方なく、私はふらつく足でベッドに這い上がり、頭から毛布を掛けた。

 そうしていると師匠が来てくれるかもしれないと思ったが、その後代わりにやってきたのは人の姿を取った魔剣だった。

「……お前は呼んでない」

 思わず拗ねた声を出すと、魔剣は困った顔でオレンジを差し出す。

「彼女から、後を頼むと言われましたので」

「私は師匠に看病してほしかったのだ」

「そういうと思って何度も断ったのですが……」

 結局師匠に押しつけられたらしい。

「とりあえず、どうぞ」

「せめてむいてくれ。それかジュースにしてくれ」

 本来ならば師匠に言いたかった我が儘を魔剣に告げてみたが、やっぱりしっくりこなかった。



 けれど文句を言うにも師匠は学校に行ってしまったので、結局私の看病は魔剣がしてくれた。

 さらに最悪なことに、師匠が学校から帰ってきた頃には私の風邪はもう殆どよくなっていた。

「よかったわね、熱も下がってるわよ」

 笑顔で体温計を見つめる師匠に、私は思わずムッとする。

「全然よくない」

「もしかして、看病しなかったこと怒ってる?」

「怒ってはいないが拗ねている」

 大人げないと思いつつも、ささくれた気持ちを枕の上にはき出す。

 すると師匠が、私の髪を優しく撫でてくれた。

「今日テストだったから、どうしても休めなかったのよ」

「でも、これからすぐ店に行ってしまうのだろう」

 どうやら風邪を引くと、いつもより心も言葉も卑屈になってしまらしい。

 拗ねた声ばかりがこぼれる口を少し情けなく思ったが、頭を撫で続ける師匠の顔に、私の言葉をとがめる色はなかった。

「今日はお休みにしたわよ。あんたがいないと店も回らないしね」

「そこは『私が心配だから』と言ってほしい」

「もちろん心配なのもあるわよ。まあ正直、元気すぎて平気かなって思ったのは事実だけど」

 でも……と優しく微笑んで、師匠は私の頬にやさしくキスをする。

「そこまであからさまにがっかりされると、さすがに罪悪感もあるし」

「だって、師匠に看病してほしかったのだ」

「これからは、ちゃんと優しくしてあげるわよ」

「アイスバッグも交換してくれるか?」

「してあげる」

「じゃあ、ヌードルをあーんしてくれるか?」

「してあげる」

「オレンジジュースは?」

「飲ませてあげるわよ」

 とたんに、それまでささくれていた心が一気に持ち直す。

 それに気づいたのか、師匠はあきれ顔で私の頬を優しくつねった。

「そこまで喜ばなくてもいいのに……」

「まだ何も言っていない」

「でも、口より物を言ってる場所があるわよ」

 笑顔と共に師匠が指さしたのは、シーツの下で揺れている私の尾だ。

「あんた、そういう所まで犬っぽいのね」

 師匠の言葉に、私は慌てて尾を抱き寄せる。

 魔王の尾は、意識していないと感情に合わせて勝手に動いてしまうのだ。

 喜んだり興奮すると揺れ、悲しくなると力なくしなだれてしまう所は、確かに犬のそれと同じである。

「別に隠さなくて良いわよ。なんかそういう所もかわいいし」

「それは褒め言葉か?」

「もちろんよ。私、その格好のあんた結構好きだし」

「じゃあ、是非優しくしてくれ」

 念を押すと、早速師匠は私のアイスバッグを交換してくれる。

「そうだ、ヌードルも良いがやはり師匠のハンバーガーが食べたい」

「風邪なのに?」

「ハンバーガーは私の元気の源だ」

 だから是非お願いしたいというと、師匠は呆れつつも作って持ってきてくれた。

 さすがにあーんはしずらいので自分で持って食べたが、師匠の作ってくれたハンバーガーは、今まで食べた中でも特においしい気がした。

「今日のは、もの凄く美味いな!」

「味覚がおかしくなってるだけじゃないの? それ、いつもと同じ奴だし」

 師匠は言うが、やはり今日のはひと味もふた味も違う。

「全然違う。こんなにもおいしいと感じられるならば、何度でも風邪を引き、味覚を破壊したいくらいだ」

 思わず尾を揺らしながらそう宣言すると、師匠は呆れながら馬鹿なことを言うなと私を小突いた。

 けれどやっぱり、こんな素敵な瞬間を1回で終わらせるのはもったいない。

 だからこれからも、時折風邪を引くよう影で努力しようと私は思った。

【お題元】

「看病ネタをお願いします!」

「魔王は風邪とか引かないんですか?」

 などの質問やオーダー(+ツイッターでのネタ振り)より作成。


オーダーと質問とネタ振り本当にありがとうございました!

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