Episode23 ニューイヤーズイブ
一年の締めくくりの日を「ニューイヤーズイブ」と呼ぶことを教わってから、丁度一年。地球で過ごす2度目の12月31日。
今年も本当に素敵な一年だったと、穏やかな気持でこの1年の出来事を思い起こしていた私は、幸せな回想を断ち切る激しい剣戟の音を聞いた。
そのとき私は、今年もまた師匠達との年越しのパーティーに参加するため、皆に振る舞うカップケーキを焼いていた。
そんなときにふと、私の脳裏に浮かんだのは今年一年の出来事と師匠の笑顔の数々だった。
それにうっかりニヤニヤしていた私を、我に返したのがこの激しい金属音だったのである。
鐘の音ならともかく、ガキーンガキーンと繰りかえされる激しい音は年の瀬には似合わない。
いったい何が起きたのかと絶えず鳴り響く金属音をたどると、音の出所はガレージの前だった。
そこではなんと、チビ殿とアルファが剣の姿を取る魔剣を振りまわしていた。
彼らが魔剣や聖剣殿を使って「忍者ごっこ」や「ジェダイごっこ」をすることはよくあるが、それはあくまでも遊びだ。
しかし今日、魔剣を持つチビ殿の腕の振り上げ方はその遊びのレベルを超えている。
「そんなに振り上げたら危ないだろう」
それに彼らの前の地面やガレージの扉が黒く焦げているところを見ると、どうやら魔剣をそこに打ちつけていたらしい。
音の出所はこれかと思いつつ、さすがの魔剣もここまで乱暴にされたら痛いのではと指摘すると、アルファが軽くむくれる。
「おっちゃんが、叩き付けろっていったんだよ」
本当かと尋ねれば、重い沈黙の後、何故だか申し訳なさそうに魔剣が口を開く。
『私がお願いしました』
「何故そんなことをしたのだ? お前もどMに目覚めたのか?」
『いえ、主殿の趣味を後追いするつもりは決して……』
「ならば何故こんな事をしている」
刃がこぼれてしまうぞと言うと、そこで魔剣が人の姿を取った。
その上彼は、何と私の前に膝をつき、深々と頭を垂れたのだ。
「申し訳ありません主殿。私は少し、我を忘れておりました」
「いつも冷静なお前が我を忘れるとは、いったいどれほどの事があったのだ」
そこで再び重い沈黙が流れ、それから魔剣は「二人だけで話がしたい」と申し出た。
勿論アルファとチビ殿は異を唱えたが、魔剣は頑固なので渋々二人だけでガレージに入る。
明らかにチビ殿とアルファは魔法で盗み聞きをしていたが、咎めたところで辞める二人ではないし、飽きてすぐに遊びに行くのはわかっていたので放っておいた。
「それで、何があったのだ?」
「聖剣殿に、ちょっと泣かれてしまいまして」
「お前が原因なのか?」
「はい」
それならば、自分の身を傷つけたくなる気持ちはわかる。
だが、本当にやる奴は初めてだとこぼすと、それだけが理由ではないと魔剣は続けた。
「その原因というのが、今夜のパーティーのことなのです」
「ふむ」
「年明けの瞬間、人間は側にいる者と親しい抱擁を交わすではありませんか」
「キスもするな」
「まさにそれを、聖剣殿に是非とせがまれまして……」
まさか断ったのかと驚けば、魔剣は深く項垂れる。
「出来ないと申しました。それは物理的に不可能だった故」
物理的にという言葉に思わず首をかしげると、魔剣はまるで卑しい物でも見るように自分の両の腕に視線を落とした。
「元々私達は敵同士です。纏う魔力の属性は正反対ですし、本来ならば親しくなるのは不可能なのです」
「たしかに立場は違うが、不可能ではないだろう。現にお前達は良く二人でいるではないか」
「言葉を交わすのは勿論、隣同士に立つことも問題はありません」
「手も繋いでいるじゃないか」
「それも問題ありません。しかしそこまでなのです」
そう言って、魔剣はひどく悔しそうに顔を歪めた。
「例え人の姿を取っていても、私達はやはり剣です。抱き合うことは、刃をあわせることと同義。口づけは、魔力をぶつけ合うことに等しい」
「人と比べて、なんだか激しいな」
「ええ……。そして意志を持つ剣にとって、それが愛情表現であるのも事実なのですが……」
魔剣と聖剣の間では、そう上手く行かないのだと魔剣は言う。
「聖なる魔力を持つ彼女にとって、私の持つ闇の魔力は毒なのです。特に聖剣殿は一度折られた身で、魔力も刃もひどく脆い。故にもし私と刃や魔力を交えれば、ただではすまないのです」
「彼女の頼みを断ったのも、それが理由か……」
「はい。それを説明しようとしたのですが彼女はきかず、その上逆上されまして……」
聖剣殿が逆上するのは珍しいが、なんとなく予想はできた。
言われてみると、最近聖剣殿は、毎晩のようにキスのやり方を師匠に聞きに来ていたのだ。
これはきっと、今日の日を楽しみにしていたからに違いない。
そこでキスはおろか抱き合うのも駄目だと断られれば、カッとなるのは当然だ。
「怒って泣き出したあげく、『キスはチャーリーさんにして貰うからいい!』と言って走り去られました」
正直、チャーリー殿を殺しに行かないよう自制するのがやっとでしたとこぼす魔剣。
私も、自制してくれて良かったと思う。
「それでも動揺はおさまらず、いっそこの身を砕けば彼女の望みを叶えられるのではと思ったあげくに気がつけば、アルファ殿達に無茶な事まで……」
我ながら冷静さを欠くとは情けないと項垂れる魔剣。
同時に彼は、すまなそうな顔をする。
「私は主殿の剣であらねばならぬのに、許可無く身を砕こうとしたことも反省しております」
「そんなことは良いのだ、私だって自分の立場と師匠への愛を天秤にかけたら、後者を選ぶ」
むしろ前者のことなど忘れていたのが私だ。
それを我が右腕である魔剣は今まで文句一つ言わず、「主殿のお心のままに」と許してくれていた。
主に使われないことは、剣である彼にとっては苦痛にも等しいはずなのに、彼はそれを甘んじて受け入れてくれていたのだ。
だから今度は、彼の心を私が後押しする番だ。
「望むままにすれば良いのだ。むしろお前は己を自制しすぎだ、ゴキブリを斬るとき以外は私に抗議することも殆ど無いしな」
「私は主殿の剣なので」
むしろ剣の癖に斬ることを拒否して申し訳ないと言う魔剣。
「謝るな。前々から言っているだろう、己の気持を告げてくれた方が私は嬉しいと」
だから望むことがあれば言えば良いのだと魔剣の肩を叩けば、彼はもう一度私の前に膝をついた。
「……ならば無礼を承知でお願い申し上げます。主殿に、この身を砕く許可を頂きたいのです」
「つまり、刃を折ると言うことだな」
「はい。その代償に私の魔力は殆ど失われるでしょう。化身の術はともかく、山や勇者を吹き飛ばすことはもう二度と出来なくなります」
そうつげる魔剣の表情は、苦悶に満ちていた。
「聖剣殿と出会って以来、いつか己の力と彼女を天秤にかけなければならぬ予感はしていました。一時はそれを理由に彼女を拒もうとしたこともあります……」
でも容易く手放せるほど、彼女の存在は軽くないと彼は気付いたのだろう。
そしてそれに気付くまでには、きっとたくさんの苦悩があったに違いない。魔剣はそういう男だ。
「刃を折れば、私の価値は失われます。しかしそれでも、私は……」
ぐっと言葉を詰まらせ、魔剣は眉間の皺を深くする。
しかしそんな顔をする必要はないのだ。私は彼の魔力に価値を見いだしているわけではない。
「刃を折っても、お前の価値が失われることなどあり得ない。むしろ私はお前が刃を折り、聖剣殿の手を取ることが一番うれしい」
「ですが……」
「確かに私達の関係は、魔王と魔剣という立場があったからこそ始まったものだ。けれど、今私達の間にあるのはそれだけではないだろう?」
魔剣が、躊躇いながらも小さく頷いた。
「主殿の魔王らしからぬその個性に、親しみを感じているのは事実です」
「私も同じだ。私はお前の剣らしい鋭さや堅苦しさと同じくらい、聖剣殿やチビ殿達を見守る優しげな姿も好きなのだ。そういう面を見る度、素晴らしい相棒を持ったと誇らしくなる」
だから安心して魔剣であることを放棄して良いのだと、私はもう一度告げた。
それでも頭のかたい魔剣はまだ少し表情が険しいので、私は彼の気持ちを軽くする、とっておきの提案をしてみる。
「それに、身を砕けばお前は聖剣殿と今度こそ恋人同士になれるのだろう? そうすれば、今度は私達とダブルデートが出来るのだぞ!」
私の提案に、魔剣はひどく驚いた顔をした。
「その発想はなかったです」
「なら今想像しろ。師匠と聖剣殿が我らの手を引き、4人で遊園地を巡るのだ。そして『綿菓子が食べたい』『ジェットコースターに乗りたい』とおねだりをされたりするのだぞ!」
それも可愛らしい笑顔でと言った瞬間、魔剣が右手で口元を押さえた。
私は知っている。これは彼が照れたときに行う癖だ。
「想像したか?」
「しました」
「素敵だろう」
「否定はしません」
「行きたいだろう?」
「否定はしません」
「刃として、振りまわされるよりずっと良いだろう?」
友として、そして恋人として、出かけるのは素敵だろうと続ければ、魔剣は更に顔を赤らめた。
「否定できません」
なら決まりだなと、私は魔剣の肩を叩いた。
「聖剣殿の手を取れ。そしてこれからは、私と恋人の可愛さについて夜な夜な語り明かそう」
「その手の恋愛トークは、女性同士がする物だと思うのですが……」
「でも私はしたい」
師匠の自慢を沢山したいし、お前が聖剣殿の事を話すのも聞きたいというと、「パジャマを着なくても良いのなら」と、魔剣は折れた。
「では早速、お前の刃を砕きにダイナーへ行こう!」
「ここではダメなのですか?」
魔剣を折るにはかなりの力が要るし、折れた刃が誰かに刺さったら危ないと言えば、魔剣は少し不安そうな表情でダイナーに赴くことを了承した。
その後すぐ、私はバイクになった魔剣と共にダイナーへと向かった。
それから車通りのないタイミングを計り、私は剣の姿に戻った魔剣と岩の前に立つ。
「準備は良いか?」
『いつでも構いません』
久しぶりに本気を出すべく、私もその身を魔王の真の姿へと変化させる。
たぶんこれが、魔剣としての彼を握る最後の機会になる。ならばこちらも、最後は魔王として彼を振るいたかった。
「行くぞ!」
そして魔王の持つありったけの力をこめて魔剣を岩に打ちこめば、彼の刃は見事二つに折れた。
ついでに、岩も砕けた上に地面も陥没した。
あと力を込めすぎたせいで、折れた剣の先っぽが遙か彼方の荒野に飛んでいった。
『主殿……』
「うむ」
『ああも見事に飛んでいってしまうと、自分の半身とは言え探すのが容易ではないのですが』
「安心しろ、責任を持って私が探す」
『でもそろそろ家に戻らないと、カップケーキが間に合いませんよ』
そういえば作りかけで放置したままだったことを思い出す。
『パーティーの準備をサボると、師匠殿も怒ると思われます』
「……たしかに、帰れないとまずい気がしてきた」
では先にお帰り下さいと、魔剣はいつもの調子で言う。
「お前には、本当に迷惑ばかりかけるな……」
『かまいません。主殿の優しさに振り回されるのは、嫌いではないので』
そこで魔剣は、人の姿へと変わった。
「化身は出来るのだな」
「はい。しかし側に刃がないと、非常に不安定なのです」
だからキスの最中に剣に戻るという失態をしないためにも、彼は己の半身を探しに行くという。
「ならばお前が刃を持って戻るまで、聖剣殿がチャーリーになびかないよう見張っておこう」
「お願いします。折れたとはいえ剣の身、カチンと来たらチャーリー殿を斬り伏せてしまうかもしれません」
苦笑しながら、魔剣は荒野に向かって歩き出す。
そんな彼の背を眺めつつ、私はチャーリーの安全のためにも聖剣殿を見張らねばと固く誓った。
だが私が何もせずとも、聖剣殿がチャーリーになびくことはなかった。
そもそも彼の名を出したのも、頭に血が上っていたかららしい。親しくはあるが、『チャーリーさんは友達止まりになる典型例ですね』というのが聖剣殿のチャーリーに対する評価だと師匠も言っていたし、パーティー中も、チャーリーではなくチビ殿やアルファの側で彼女は過ごしていた。
故に修羅場は起こらず、魔剣もカウントダウンが始まる前に無事戻ってきた。
その右腕にはガムテープが巻かれており、それを見た聖剣殿は、ようやく魔剣が彼女を突っぱねた理由に気付いたらしい。
それに慌てた様子も見せたが、彼女が謝罪や動揺の言葉を発するより、ハッピーニューイヤーという掛け声が響く方が早かった。
「ようやくあそこもまとまったみたいね」
と笑う師匠と共に二人を見れば、聖剣殿の動揺を魔剣が唇で塞いでいるが見えた。
「来年は、あの二人とダブルデートをしようと思うのだが構わないか?」
「奇遇ね。私もそうしたいと思ってたの」
微笑む師匠に、私は今年初めてのキスをする。
いつもと同じ唇のはずなのに、新年一回目の口づけは、なんだかいつもより甘い気がした。
「今、少しだけあの二人が羨ましくなった」
「どうして?」
「新年のキスは格別だ。それが初めてのキスと重なるなんて、きっと凄く素敵に違いない」
たしかに凄そうだと笑う師匠。そんな彼女と共に二人に目を戻すと、なんだか魔剣が慌てている。
「師匠、聖剣殿が失神しているように見えるのは気のせいだろうか」
「あんたが言うように、凄く素敵だったんでしょう」
言われてみると、魔剣の腕の中でくたっとなっている聖剣殿の顔は、とてもとても幸せそうだった。
「凄く素敵だと失神するのか」
「凄く素敵な上に、聖剣ちゃんウブだからね」
でもきっと幸せだから良いのよと師匠が笑うので、私は魔剣が慌てているのを、あえて黙って見守ることにした。
【お題元】
「魔剣と聖剣は上手く行くんですか?」
「魔剣の恋の結末が知りたいです」
「聖剣ちゃんを幸せにしてあげて下さい」
などの質問やオーダーより作成。
オーダーとメッセージ、本当にありがとうございました!