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魔王はハンバーガーがお好き  作者: 28号
魔王と日常の章 その2
92/102

Episode22 手紙

 街のそこかしこからクリスマスソングが流れ出し、どの家にもクリスマスの飾りが輝きだした12月半ば。

 本来ならばダイナーも明るく楽しいクリスマスの雰囲気に浸っているはずだったのだが、残念ながら今年はちょっとした問題が起きていた。

「チビはちゃんと良い子なの! だからほら、サンタさんにお手紙書かなきゃだめ!」

 そう言って、腕を組んでいるのは師匠。

 そんな彼女とカウンターを挟んで対峙しているのはチビ殿だった。

 心なしかムッとした顔でカウンター席にちょこんと腰掛けている彼の前には一通の便せん。しかしそこに、文字は書かれていない。

 その代わり、便せんの横に置かれたスケッチブックには『ぼくはわるいまおうだから、ぷれぜんとはこない』という文字が並んでいる。

 勿論これに対して私も5分ほど前に10回目の異議を申し立てた所だが、残念ながらチビ殿は聞き届けてくれなかったのだ。

 悪い魔王であったことは私も同じだし、それでも去年は貰えたのだと言ったのだが、どうやらチビ殿は自分のことを、私よりもっと悪い魔王だと思っているようなのだ。

 ただ、彼がそう思うのは無理もない。

 チビ殿は私以上に勇者を傷つけることに躊躇がなかったせいで、魔王を生み出した者達にとても残酷な行為を強いられてきたのだ。

 その上彼に自我が生まれたのは最近であり、私と違って操られていたと言うよりは自主的に人間を傷つけているのに近い状況だったのだ。それをチビ殿は深く後悔し、今なお気に病んでいるのである。

「チビが悪いことをしていたのはチビのせいじゃないでしょ? それに、悪いことをしたって認められるだけで、十分すごい事なのよ」

 そう言って師匠はチビ殿を励まそうとするが、こういうときのチビ殿は頑ななのだ。

 結局チビ殿は鉛筆すら握らず、師匠はとても悲しそうな顔で厨房へと戻っていった。

 二人の仲を何とかしたいが、残念ながら私の説得は既にチビ殿の頑なな態度の前に敗れ去っている。

 だが勿論諦めるわけには行かず、さてどうしたものかと悩んでいると、不意にこちらを窺う視線があることに気がついた。

 それをたどった先にいたのは、私をブラザーと呼び親しむ、黒人の青年ベンである。

 本当はベンジャミンという素敵な名前があるのだが、それを呼ぶと何故か怒られるので、ベンもしくはブラザーベンと私は呼んでいる。

 そんな彼は最近、野菜などの食材を配達する仕事をしており、今日もダイナーには仕事でやってきたのだ。

 そしてせっかくなのでと、彼はここで休憩を取ってもらっていたのである。

 彼の存在をすっかり忘れていたことを詫びようと近付けば、ベンはいつもの調子で私を「ブラザー」と呼んだ。

「チビはなんか拗れちまってるようだな」

「ああ、今朝からあの調子なのだ」

 師匠と共に説得を繰りかえしているのだが、なかなか上手く行かないとこぼすと、ベンはそうだろうなという顔で頷く。

「ああ言うのは、もう少し擦れた奴が説得した方が良いんだよ。チビにとっちゃお前等二人は聖人君子様に見えるだろうしな」

「聖人どころか私は魔王だぞ」

「似ているからこそ、なかなか話を真に受けられねぇんだろ」

 だからここは任せておけと、ベンは私の肩をねぎらうように叩く。

「突破口は俺が開いてやる」

 自信に満ちあふれたベンの顔に、私は是非頼むと頷いた。


 そして私が「突破口」の正体を知ったのは、その翌日のことだ。

 昨日と全く同じやり取りをしていた丁度そのとき、ベンが彼の友人達を連れて店にやってきたのだ。

 見知った顔ばかりだが、ベンの友人の中でも、特に柄が悪い者達ばかりが集められているようだ。

 その上おかしな事に、何故か彼らはその手に玩具を持っていた。

 プラモデルやミュータントタートルズのフィギュアなど、握られた玩具は様々だが、正直似合っていない。

 その珍妙な取り合わせの意図を計りかね、師匠と共に唖然としていると、ベンがチビ殿の横に立った。

 彼の手にも、可愛らしいペガサスのぬいぐるみが握られている。これまた強面の顔に似合っていない。

「俺が、サンタに貰った最初のプレゼントだ」

 そう言ってペガサスを差し出すベン。その様子に、チビ殿が驚いた顔をする。

「俺はお前より小さな頃から悪ガキでな、今までに数え切れないくらいたくさんの野郎を病院送りにした」

 それはこいつ等も同じだと、ベンは友人達に目を向ける。

「奥のビックジョーは大麻の所持で何度もしょっ引かれてるし、今も病院とセミナー通いだ。あとそこのロイドは電気店からテレビを盗みまくって、保護観察がついてる。あとこっちのジャックは女物の下着に目がない変態で、街中の女の下着をコレクションしている阿呆だ」

 ちなみにお前のお姉ちゃんのは魔王が取り返したから安心しろとベンが言った所で、師匠が真っ赤な顔で本当かと私に耳うちをした。

「うむ。師匠のお気に入りのピンクのブラジャーを手にしているところを発見し、軽くお仕置きをした」

 言いながら、私は今更のように、ここにいる全員が多かれ少なかれ私の「お仕置き」を受けた者達であることを思い出す。

 魔王である所為か、私はどうも「悪い事」に吸い寄せられてしまうようなのだ。

 故に人が悪事を働いている現場に遭遇することが良くあるのだが、そのまま見過ごす訳にもいかず、やめるようにと説得を行う流れになってしまうのである。

 殆どの者は説得を聞かず、そのまま「お仕置き」に突入するのがパターンで、彼らも例に漏れず「お仕置き」まできっちり体験した者達だ。

「あんた、いつの間にヒーローみたいなことしてたのよ」

「ヒーローなんてやっていないぞ。私は魔王だし、正義の味方にはなれないのだ」

 多分今後も魔王のままだぞと言うと、師匠は呆れつつも何故か私の頭を褒めるように撫でてくれる。

 それに心地さを感じながらベンへと視線を戻せば、どうやら彼はチビ殿に友人の紹介を終えたようだった。

「お前さんがどんな悪い魔王だったかしらねぇが、俺等も結構なワルだろう?」

 ベンの言葉に、チビ殿はこくりと頷いた。

「だが、ここにいる奴らは全員、サンタからプレゼントを貰ってるんだぞ」

 その言葉に驚くチビ殿。そこに、次々と玩具が差し出されていく。

「それが、自信になんねぇか?」

 玩具を差し出すベンの言葉に、私はようやく彼の意図に気付いた。

 ベン達が連れてきたのは、私やチビ殿と同じくそれぞれ心に「悪い部分」を持った者達だ。

 そんな彼らだからこそ、チビ殿の考えを改めさせることが出来るとベンは考えたのだろう。

 心に悪い部分を持っていても、サンタさんはプレゼントを運んできてくれるのだと。

 チビ殿にも、プレゼントを手にする資格があるのだと言うことを、彼らと彼らの持つプレゼントを通して、チビ殿に伝えようと考えたのだろう。

 差し出されていく玩具に、恐る恐ると手を触れていくチビ殿。

 その表情と頑なな心が、次第にほころんでいくのが私にはわかった。ベン達の言いたいことが、きっと彼に伝わったのだ。

 今なら私の言葉も届くかも知れない。そう思った私は、去年自分が貰ったプレゼントを魔法で取り出し、チビ殿の前に置いた。

 玩具に比べるととても小さなものだが、それは私がサンタさんに願い、貰った大事なプレゼントだ。

「私もチビ殿のように未だ悪い魔王を身の内に持っている。それに、状況は違えど私も多くの者達を傷つけてしまった……」

 でもだからと言って、今の自分が悪い子であるとは思っていないこと。

 そしてチビ殿もまた悪い子ではないことを、私はもう一度告げた。

「悪い魔王であったことを無しには出来ない。でも、自分の中にある良い魔王の部分まで否定したら、チビ殿を良い子だと認めてくれた者達を嘘つきにしてしまうことになる。チビ殿は、それでも良いのか?」

 私の言葉に、チビ殿は大きく首を横に振った。

「それに、悪い魔王が残っているならなおさら、自分が良い魔王であることを信じねばだめだ。チビ殿を良い子だと信じてくれている人のためにも」

 そこで、チビ殿はスケッチブックに手を伸ばす。

『しんじるだけで、いいこになれる?』

「残念ながらそう容易くはないな。良い魔王でいるためには、努力も必要だ」

 それからチビ殿は、どんな努力をしているのかと私に尋ねた。

「実を言えば、誇れるようなことは私も出来ていない。本当は勇者のように人の命を救ったり奇跡の力で人を幸せにしたいが、残念ながら魔王に救済の力は無いからな」

 だから私は、自分が出来る精一杯の良い事や親切を行うことにしている。

 重い荷物を持っている人がいたら、運ぶのを手伝う。

 年老いた老夫婦の代わりに、家の掃除や芝刈りをする。

 疲れている人がいれば、その肩を揉んであげる。

 怪我をした小鳥がいれば、病院に連れて行ってあげる。

 悪いことをしている者がいれば、それは良くないと注意をする。

 などなど、どれもこれも些細なことばかりだと自分でも思うが、そういうことの積み重ねで、私達は補うしかないのだ。

「自分のしてしまった悪いことを反省して、そのぶん一つでも多く良い事をするのが重要なのだ。そうすれば良い子になれると、私は去年師匠から教わった」

 そしてそれを実行したらサンタさんはきたと言えば、チビ殿はようやく表情を明るくした。

 そこでだめ押しのように、ベンが少し照れた顔で咳払いをする。

「俺も、俺のダチも、今年はこいつのおかげでそれなりに良い奴になれたんだ。だから今年は、俺達の所にだってサンタがきっと来る」

 だからチビの所も来るに違いないと言うベンに、チビ殿は余っていた便せんを彼に差し出した。

 チビの行動を計りかね、首をかしげるベンに、私はチビ殿の言葉を代弁する。

「ならば、共にサンタさんに手紙を書こうと言っているぞ」

「てっ手紙!?」

 それからチビ殿は魔法で新しい便せんを出現させると、それをこの場にいる全員に配っていく。

「チビ殿は、自分を勇気づけてくれた皆の所にも、サンタさんが絶対来ると言っている。だから全員で手紙を書いて、サンタさんからプレゼントを貰おうとのことだ」

 チビ殿の言葉を代弁すると、皆照れた表情を浮かべながらも、便せんを手に席に着いた。

「柄じゃねぇよ」

 と誰よりもベンが照れていたが、彼がカウンター席に着くと、その横にチビも元気よく腰掛ける。

 彼の手の中の鉛筆が動いているのにほっとしていると、師匠が私の側に寄り添った。

「これで一安心かな」

「ああ、ベン達に助けられたな」

「学校の時もそうだけど、また私は何にも出来なかったな……」

 ちょっと寂しげな師匠に、私は声を落としてそれは違うと告げる。

「師匠が頑張るのはこれからではないか。チビ殿が何を望むかはわからないが、あと数日のうちにプレゼントを用意せねばならないのだぞ」

 私の言葉に、師匠は物凄く驚いた顔をする。

「まさか、あんたサンタのこと……」

「今年の秋、サンタさんはいないとチャーリーから教わったのだ。あのときは嘘をつくなと彼と大喧嘩したが、今は色々と納得もした」

「そういえばあんた達、2週間くらい口きいてなかったわね……」

 その原因はサンタかと呆れる師匠。そんな彼女に、私は今更だがお礼を言う。

「去年は素敵な物をありがとう」

「素敵って言うか、あのプレゼントって殆ど私のためじゃない」

「でも師匠がサンタさんになってくれたと気付いてから、更に嬉しくなったのだ」

 私もチビ殿のように、自分が良い魔王であるかどうか時々不安になる。

 でも自分を良い魔王だと信じ、プレゼントをくれた師匠のことを思う、その不安は薄れていくのだ。

 そして今年も良い魔王であらねばと、強く思うことが出来るのだ。

「魔王であることも、魔王としてしてしまったことも変えられないし、むしろ変えてはならないことだ。だからこそ、周りの人に良い魔王だと言ってもらえることが、私達には何よりの救いなのだ」

 そしてチビ殿に取ってそれは師匠であり、ベン達であるのだ。

 だから救いであることに誇りを持ってくれと言うと、師匠は目を潤ませながら頷いた。

 こぼれかけた涙を私が拭っていると、チビ殿が書き上げた手紙を師匠に見せにやってくる。

 慌てて笑顔に戻った師匠は、それに優しく頷き手紙を覗く。

 そして、何故か「うっ」と妙な声を上げた。

 その様子に私やベン達が「何事だ」と手紙を覗けば、『さんたさんへ』という出だしの後に『ぼくは、きょうだいがほしいです』と書いてある。

 これは、本物のサンタでも難しいのではと思っていると、ベンが私と師匠の肩を同時に叩いた。

「これはあれだな、良いタイミングだな」

 何のタイミングなのだろうと首をかしげる私とは対照的に、師匠はなにやら真っ赤になっている。

 そのとき、ベンがチビ殿の頭を乱暴になで、もう一枚便せんを差し出した。

「サンタさんでも人間は無理なんだ。だからこれは、この二人に貰うプレゼントにしろ、サンタさんは玩具専用だ」

『おにいちゃんたちには、きょうだいをたのんでいいの?』

 差し出されたスケッチブックに、ベンが大きく頷いた。

「いいよな?」

 ベンのドスのきいた声と目力から逃れるように、師匠が私を見た。

「あっ上げたいのは山々なんだけど、時間がかかるから今年は無理かなって思うんだけど……」

 するとチビ殿は、スケッチブックにもう一度鉛筆を走らせる。

『じゃあことしは、やくそくをぷれぜんとにする。きょうだいをくれるいう、やくそく』

 スケッチブックに書かれた言葉に、師匠は私をちらりと見た。

「約束しても、いい?」

「もちろんだ」

「じゃあ、貯金とか頑張ろうね」

「そうだな、子供が増えたらお金も必要だな」

 来年は頑張って働こうというと、師匠は改めてチビ殿に向き直り、「約束」をプレゼントすることを誓った。

「兄弟は私達が頑張ってなんとかするから、サンタさんには違うプレゼントにしようね」

 師匠が微笑めば、チビ殿は嬉しそうな顔で便せんを手にする。

 その楽しそうな雰囲気にほっとしつつ、私はふと考える。

「ところでベン、兄弟とは何処に行けば買えるものなのだ?」

「それは今夜、あの子に聞けよ」

「今じゃダメなのか?」

「ダメだ。あとベッドの中で聞け。これは絶対だ」

 やたらと念を押されたので、私は絶対そうするとベンに約束する。

 それから最後にもう一つ、私はベンに質問を重ねた。

「それで、ベンはサンタさんに何を貰うんだ?」

 何故かベンは、私の問いに答えるどころか真っ赤になって手紙をしまう。

 それを怪訝に思っていると、ベンはわざとらしくそっぽを向いた。

「言わねぇよ」

「言わなければ、君のサンタさんになれない」

「お前がなるのかよ」

「うむ。実はこっそり、玩具を生成する魔法と煙突をくぐる魔法を練習しているのだ」

 だから是非君のサンタにならせてくれと言ったが、ベンは結局手紙を見せてくれなかった。

 しかし彼にはチビ殿を説得してくれる恩もある。それを返すためにも、私はサンタさんになると決めたのだ。

 ベンだけでなく、今夜はここにいる者達の家々を巡ってこっそり手紙を見よう。

 そしてクリスマスの夜は魔剣が変身したソリに乗り、皆にプレゼントを配るのだと、私はウキウキしながら決意した。

【お題元】

特になし。

【2012年クリスマス記念(投稿日はイブな上に、内容も当日じゃないけれど)】


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