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魔王はハンバーガーがお好き  作者: 28号
魔王を取り巻く人々の章
87/102

Episode18 七面鳥

チャーリー視点。

「明日、ディナーを食べに来ない?」

 初恋の彼女からそんなお誘いを受けたのは、感謝祭(サンクスギビング)を明日に控えた放課後のこと。

 ロッカーに教科書を放り込み、意気揚々と家に帰ろうとしていたそんなタイミングで、彼女が笑顔と共にそう言ったのだ。

 これまでの経験から、『好きな子からのお誘いには気を付けろ』という言葉が一瞬脳裏をよぎったが、可愛らしく小首をかしげながら「どう?」なんて言われて断れるハズもない。

「魔王がね、あんたも呼びたいんだって」

 と続いた言葉は少々悲しいが、彼女が俺に気がないのはわかりきっているのでここはこらえる。

 さすがにあの二人がつきあってもうすぐ一年になるし、入るすき間がないことは重々承知だ。むしろ入ろうとすると大抵酷い目に遭うので、最近はほどよい距離感を保っている。

「ディナーって君のうちで?」

「うん。ダイナーはお休みだし、去年は食費ケチって七面鳥はクリスマスにしか焼かなかったから、今年は頑張ろうかなって」

「勿論行くよ」

 と言ってから、俺は念のため彼女に尋ねる。

「七面鳥って、君が料理するんだよね」

「うん。なんで?」

「いや、魔王が作ったらなんか恐ろしいことになりそうで」

 俺の言葉に、彼女は遠い目をしながら「そうね」と呟いた。

「中に自分の内臓とか詰めそうよね」

「そんなホラーな展開もあり得るんだ……」

「でも大丈夫。捌くところから私がやるから」

 笑顔とガッツポーズを見せる彼女、俺は少しだけ驚いた。

「ずっずいぶん本格的だね」

「本当は加工品にしようと思ったんだけど、魔王の部下の人たちに調達頼んだら何故か生きた奴連れて来ちゃって」

 明らかに人選をミスしたわと項垂れる彼女に、俺はほんのちょっとだけ不安になる。

「その七面鳥、地球の七面鳥だよね」

「だとおもう。農家から仕入れてきたって言ってたし」

 ならまあ大丈夫かとほっと息をついて、俺は彼女に必ず行くと伝えた。


 その翌日、俺は少し早めに彼女の家へと向かった。

 どうせ魔王あたりが暇を持てあましてそうだし、チビも混ぜて3人でゲームでもしようかと思ったのだ。

 家から持ってきたボードゲームを片手に扉を叩けば、俺を出迎えてくれたのはチビの方の魔王だった。

 無言の応接には慣れているので「よう」と明るく声をかけたが、なんだか少し様子がおかしい。

 チビは愛想が良いとは言いがたいタイプだが、こうしたお祝いでは心なしか楽しそうにしている事が常なのに、今日はどことなく気落ちしているように見える。

「何かあった?」

 今思えば、その一言がいけなかったのだ。

 けれどそのときの俺は、このあと自分の身に降りかかる事を予想もしていなかった。

 俺の問いかけに、チビはいつも持ち歩いているスケッチブックを開いて、そこに鉛筆を走らせる。

『しちめんちょうすき?』

 てっきり暗い言葉が並ぶと思ったので、見せられた文字には少し戸惑った。

 しかし嘘を言う場面でもないので、俺は好きだと正直に答える。

『ほんとうに、すき?』

「ああ、スゲー好き」

『じゃあ、きょうりょくしてくれる?』

 よく意味が分からなかったが、俺はもちろんだと答える。チビの遊びにつきあうのはいつものことだし、魔王と比べれば彼に害はない。

 と、思ったのがまずかったと気付いたのはその直後のこと。うっかり頷いた次の瞬間、普段は無害なはずのチビが、俺に『何か』をしたのだ。

 その『何か』はよく分からないが、俺の視界は突然ぐるりと反転し、気が付けば意識が遠ざかっていた。

 

 次に目を覚ました時、俺はまず体中を走る鈍い痛みに気が付いた。

 慌てて体を起こそうとすると、何故だか服に木の葉や木の枝がくっついている。

 自慢の髪にまで木の枝が刺さっていることに気付き慌てていると、突然俺の視界に魔王の顔が飛び込んできた。

「気が付いたのか!」

 言うやいなや抱きつかれ、何が何だかわからない。

 だがともかく、こいつに心配されていると言うことは、何かヤバイ目にあったに違いない。

「……なんか、体が痛いんだけどこれ何?」

「覚えていないのか?」

「だから何を?」

「君の身に起こったことだ」

 そこで、今度は彼女が俺の側にやってきた。

 最初は心配そうに体を見ていたが、何故だか妙に彼女の顔が歪んでいる。

 どうやら笑いをこらえているようだと気付き、もう一度何かあったのかと尋ねた瞬間、彼女が「もうだめ」と腹を抱えて笑い出した。

 これは絶対になにかあったに違いない。というか、物凄く酷い目にあわされていたに違いない。そう思って頭を抱えていると、俺の服の裾を小さな手が引く。

 慌てて視線を移せば、そこには何故か生きた七面鳥を抱えているチビがいた。

「お前、俺に何した?」

 チビが、手にしていた七面鳥を指でさし、それから俺にその指を向けた。

 意味がわからず戸惑っていると、魔王がごほんと咳払いをする。

「チビ殿はこう言っている。『七面鳥の魂を君にうつした』と」

「はい?」

「だから、七面鳥の魂を」

「いや待て、ちょっと待て、何がどうしてそうなる!」

 混乱している俺に、ようやく笑いがおさまった彼女が申し訳なさそうに説明してくれた。

「実はね、飼ってきた七面鳥をチビが気に入っちゃって、食べたくないってごねてたのよ。でも飼うわけにもいかないし、どうしようかと悩んでた時にあんたが来たわけ」

 その説明の時点で、俺の不安がピークに達していたのは言うまでもない。

「それでチビがね、さすがの私もあんたのことは殺せないって思ったみたいで、魔法であんたの魂と七面鳥の魂を入れ替えちゃったのよ」

「入れ替えたって事はつまり」

「あんたは七面鳥の体に、七面鳥はあんたの体に入ってたの」

 でも記憶がないと叫べば、七面鳥の方は捌く為に気絶させられていたからだと魔王が付け加える。

「そっそのまま捌かれてたらどうなってたんだよ!」

「大丈夫、そんな余裕もなかったから」

 と言うと同時に、彼女が懐から取り出したのは携帯電話。

 その画面に写っていたのは、酷く間抜けな顔で屋根の上に飛び乗っている俺の姿だった。

 勿論記憶はない。何せ俺の魂は、この時処刑間近の七面鳥の中である。

「大変だったのよ。あんた、っていうかあんたの中の鳥が物凄いパニクっちゃって、家から飛び出して逃げる逃げる」

「にっ逃げたの!? 俺が!?」

「そうよ。ご近所中を、奇声上げながら走りまくってたわ」

 と言って次々と見せられる写真を、俺は途中から直視出来なくなった。彼女が大笑いした理由が、今わかった。

「死にたい……」

 思わず項垂れた俺を見かねたのだろう。魔王が申し訳ないと謝りながら俺の肩をぽんと叩く。

「私がいればすぐ捕まえたのだが、丁度買い物に出ていてな……」

「……ちなみに、俺は一体どれだけ逃げてたんだ」

「一時間くらいだと思う。駆け付けた私と魔剣の二人がかりで家まで追い立てて、急いで元に戻した」

 つまり俺は、奇声を上げながら1時間もご近所中を走り回っていたことになる。

 もう二度と、素顔で外を出歩けないかも知れない……。

 そう思って項垂れていると、突然七面鳥が俺の額をこつんと突いた。

 顔を上げれば、そこにあるのは間抜けな鳥面。

 それを見た途端、俺は今すぐこいつの首を絞め殺してやりたい。むしろ絞め殺してやろうと思った。

 だがその次の瞬間、チビが俺と七面鳥の間にスケッチブックを差し入れる。

『しちめんちょう、たべなくていいって! ぜんぶちゃーりーのおかげ!』

 そんなことを書かれて、愛おしそうに七面鳥を抱きしめるチビを見ていたら、俺の殺意は完全に行き場を失った。

 本当にずるい。

 魔王もずるい男だと思っていたが、このチビも本当にずるい。

 こいつは将来、魔王に負けず劣らず俺の天敵になるに違いない。なんてことをうっかり思って悶々としていると、チビが俺に小さく微笑みかける。

「チビ殿がチャーリーのことを心の師匠にするそうだ。あと、七面鳥には君の名前を付けると」

 それだけは勘弁してくれと思ったが、無駄にキラキラした目で見つめられたら嫌とは言えない。

 押しの弱い俺は結局ノーと言えず、七面鳥は「チャーリー」と命名されることになった。

 正直、彼女が「よく見るとこっちのチャーリーは可愛いわね」と言って七面鳥を撫でるのは、なんだかとても複雑だった。

【お題元】

 特になし(感謝祭記念)

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