Episode16 パジャマパーティ(ガールズ)
「違う違う違う! 手を繋ぐ時はこうやって指を絡めるの!」
そう言って私の手を握るのは、最近できた恋のお師匠様だ。
「指の間に指を入れるのよ、そうすれば相手の男は絶対ドキッ!ってするんだから」
「たしかに、お師匠様と繋いだだけでもちょっとドキドキします」
「これで絶対相手の男は意識するわよ!」
なるほどと頷いて、私はお師匠様の手をにぎにぎしてみる。
「でも、逆にこっちの心臓がもたないきもします」
これが憧れの彼の手のひらだったら、汗とかも沢山かいてしまいそうだと言うと、お師匠様は不思議そうな顔で私を見る。
「剣も、汗ってかくの?」
「この姿の時は人と同じですので、発汗しますよ」
そう答えて既にちょっと汗がにじんだ掌を見せれば、お師匠様は不思議そうな顔でそれを覗いている。
だがそれも無理はない。普段の私はごく在り来たりな『聖剣』で、発汗どころか体温とも無縁なのだ。
「でも本当に人間そっくりよね」
「聖剣は勇者様のお世話をする役目もあるので、人の姿で色々とご奉仕したりするんですよ」
「ご、ご奉仕ってまさか……」
なにやら真っ赤になっているお師匠様の顔を見れば、彼女の考えたことは想像に難くない。
「誤解しないでください! 勇者様の荷物を運んだり、料理を作ったり、肩をおもみしたりするのが私の仕事です! 夜のご奉仕をさせる方もいるそうですが、私の勇者様はそう言うことはさせない方だったので」
「……まあ、あのじいさん趣味がおかしそうだしね。顔に皺のない女には興味ないってかんじ」
「いやあの、私が皺くちゃでも勇者様は優しくしてくださったと思います……よ?」
とフォローはしてみたものの、既に悪い勇者様の印象を変えられた兆しはない。
そもそも第一印象が悪すぎた。なにせお師匠様は我が主である勇者様の宿敵、魔王様の恋人なのだ。
だから最初は私もお師匠様とは敵同士だったのだが、彼女はとても優しい方なので過去のことは全て水に流してくださっている。その上でこうして、手取り足取り恋のノウハウを教えてくれているのだ。
私の刃を叩き折ったという引け目があるからだとお師匠様は言うが、恋について色々と教えて欲しいという私に悪い顔一つせず色々なお話をしてくださるのは、ひとえに彼女の優しさ故だと思う。
魔王様は勿論剣にも心を砕いてくださるお師匠様は、私の憧れの人だ。
「でも、そう言うことなら色々なスキンシップも未経験なのよね?」
「はい……。ですから色々と上手くやりたくて、お師匠様にご教授願っているのです」
「そう硬く考えなくても良いと思うけどなぁ。そう言うムードになったら自然と色々出来ると思うけど」
「でも私は剣ですし、人間の言う自然にと言うのは少し難しいのです」
実際憧れの彼の側にいる時間はそれなりに長いが、私が望むような事は何一つ起こっていない。
「私、この世界の恋人達みたいになりたいんです。映画で見た素敵な恋人達みたいに、手を繋いだり、デートした……あとキスしたりとか……」
最後は声が掠れてしまったが、私の想いをお師匠様はしっかりとくみ取ってくださる。
「好きな人とはイチャイチャしたいわよね」
「そうなんです。あの方とイチャイチャしたいんです!」
思わず大きく同意してから、私ははっと周囲を見回す。
「ちょっとくらい声が大きくても大丈夫よ。貴方の王子様はうちの魔王と一緒にリビングで映画見てるから」
あとあられもない姿を見られて相当参っているだろうし、との言葉にほっと胸をなで下ろしたのは、今いるのがお師匠様の寝室だからだ。
普段は勇者様と一緒にケリー様の家に住んでいるが、恋のレクチャーは大抵お師匠様の寝室で行われる。
ついでに言うと「女の子同士で恋バナするならパジャマよね」というこの世界のしきたりに則り、お師匠様のパジャマを借りたりもしている。
人間の私はお師匠様と歳も背格好も似ているので、こうして服を借りる時は良くあるのだ。剣だけど私も女の子だし、可愛い格好をしたい。けれどケリーの服は合わないので、お師匠様のお古を頂くことも多い。
ほんとうに、お師匠様には何から何までお世話になりっぱなしだ。
なのに彼女は「魔王のこととか気兼ねなく話せるのはあんただけだし、頼られるのも嫌じゃないわ」とこちらの感謝すら受け取らない。
本当に、お優しい方だ。
「そうだ! せっかくだし早速手を繋ぐ練習してきたら? 」
ただし、時々スパルタなので気弱な私は慌ててしまうことも多いが。
「いっいきなりは無理ですよ!」
「こういう事は全部いきなり始まることなの! だから大丈夫!」
「でも、きっかけ的な物くらい……」
と言っていると、突然お師匠様が空になったコーラの缶とお菓子の袋を差し出した。
「女子会のお供がきれたから、近くの商店まで買ってきてよ」
「ぱ、パシリですか……」
「それか、私と魔王で買ってくるから王子様と二人で留守番って手もあるわ」
ただ無意味に待つよりは、買い物につきあって貰う方がきっかけとしては悪くない気がする。
「買い物にします」
「じゃあ、可愛い服着せて上げるね」
私と同じ剣であるあの方が可愛い服を喜ぶとは思わなかったが、こういう時のお師匠様は強引なので服を借りることにした。
それから二人でリビングに降りると、こちらも丁度映画が終わったところらしい。
「ちょっと買い物行ってきてよ」
お師匠様の強引すぎる言葉に、魔王様の横に置かれていたあの方が軽く呻いた。
しかしすぐに『またお菓子とコーラですか』と承諾したところをを見ると、どうやらパシリにされるのは慣れているらしい。
「ちなみにこの子も連れてってね」
『私ひとりで十分です』
「四の五の言わないの」
私の同行に関してもう少しもっともらしい理由を付ければいいのに、お師匠様はやっぱり強引だ。
状況を全く分かっていない魔王様の元から彼――――魔剣アンティベラム様を奪い取ると、彼女は彼を私に無理矢理押し付ける。
ついでに財布も押し付けて、お師匠様は私達を玄関の外に引っ張りだした。そのあまりの手際の良さに、私もアンティベラム様も異を唱える暇がない。
「上手くやるのよ」
という囁きを私だけに残し、お師匠様は一方的に玄関の扉を閉める。
『……本当に強引な方だ』
呆れたその声に返す言葉を失っていると、アンティベラム様が小さく咳払いをした。
そこで私は、彼を胸に抱いたままであったことに気づく。
『そこに置いて頂けるか。さすがに剣を片手に買い物はまずかろう』
言われるがまま彼から手を放した直後、そこには思わず見ほれてしまう立派な男性が立っていた。
以前お見かけした時は裸だったり、すぐ剣に戻ってしまわれたのでが機会がなかったが、今回はちゃんとした服を着ているので思う存分そのお姿を眺めることが出来た。
「そんなに見られるとさすがに照れる」
「前はじっくり見られなかったので」
「……あのときは失礼した」
「私の方もごめんなさい。でもあの、凄く素敵です」
あらん限りの勇気を振り絞ってそう言ったのに、アンティベラム様の反応は芳しくない。
「そう言う言葉はあまり多用するべきじゃない」
酷くつっけんどんな声でそう言って、彼はさっさと歩き出してしまう。
だが一方で、私は顔が熱くなるのを止められなかった。宿敵同士なのに、出会った頃から私はこの声に弱いのだ。
「ごめんなさい」
と掠れる声で返事をして、私は慌てて彼の横に並ぶ。
けれどそれで精一杯だった。
すぐ側に彼の手のひらがあるのに、お師匠様の時のように気軽に触れることが出来ない。
敵同士だった頃は刃をあわせる事も容易かったのに、今は触れるどころか横を歩くだけで心が苦しい。
「……少し速いか?」
ままならない気持ちに合わせて上がっていた息に気づいたのか、アンティベラム様は歩く速度を緩めてくれる。
呼吸が乱れているのは速度の所為ではないとは言えないので、代わりにありがとうございますと微笑むと、アンティベラム様はまた視線を前へと向けてしまった。
背けられた横顔をみていると、もうちょっと顔を見ていたかったとか子供っぽいこと考えてしまう。
しかし今は顔より手だ。手に集中しなければと気分を改めて、私はそっと腕を伸ばす。
けれどあと僅かと言うところで、どうしても指が戻ってきてしまう。あとちょっと手を伸ばせば触れられるのに、そのあとちょっとがどうにも上手くいかないのだ。
5回ほど挑戦して、そして5回とも私の手のひらは空を掴むことしかできなかった。
さすがに6回目の挑戦は出来なかった。
お師匠様にはあとで怒られるかも知れないが、こうして人の姿で二人きりというのも初めてなのだ。そのうえアンティベラム様は物凄く格好いいのだ。
その手のひらを取れというのは、いくら勇者の聖剣とはいえ本当に難しい。
と色々と言い訳を重ねているうちに商店に着き、結局アンティベラム様の手は私ではなくスーパーの袋に奪われてしまった。
いっそ人間ではなく袋になればあのたくましい指の間に滑り込めるのに、とまた馬鹿なことを考えながら、帰り道をトボトボと歩く。
そんなとき、アンティベラム様がやけに大きいため息を一つ付いた。
「君はもうすこし自分の感情を律するべきだな」
どういう意味だろうかと顔を上げた直後、行き場を失っていた私の手のひらを暖かい温もりが包んだ。
「これで満足か?」
私の右手を掴んでいたのはアンティベラム様の左手。気が付けば、スーパーの袋は反対側の手に移っている。
「あっあの……」
「バレンタインの時のように、不機嫌になられては困る」
「あれは、アンティベラム様が約束を破るから……」
「約束を約束と思わせぬ物言いをするのもどうかと思う」
その言葉に思わずムッとしながら彼の顔を見上げると、予想外なことにそこにあったのは少し困ったような笑顔だった。
「だが約束を違えたのもまた事実だな。あのときは悪かった」
そんな笑顔を向けないでと悲鳴を上げそうになるのを堪えて、私はアンティベラム様の手のひらをそっと握り返す。
「私も、あのときは大人げなかったです」
「大人げないと言うほど大人には見えないが」
「たったしかに何百年も生きているアンティベラム様に比べたら子供ですけど……」
むしろ子供以下かも知れないけどと声をすぼめれば、小さな笑い声が私の耳をくすぐる。
「いや、俺のほうが年より過ぎるかもしれんがな」
「まっまだまだお若いですよ」
勿論私と比べたらずいぶん年上だが、むしろそこが素敵と言うか、渋い所にキュンと来ると考えていると、アンティベラム様が慌てた様子で私から顔を背けた。
「考えを考えのまま留めておけないのかお前は……」
どうやら考えが口にでていたらしいと気づき、私は慌てて口を押さえる。
「すいません……」
「まあ、個人の見解をどうこう言うつもりはないが……」
「でもあの、本当に素敵だと思うのであまり気になさることはないと思います」
私の言葉に「そうか」と苦笑するアンティベラム様。
それきり会話はなくなり、私と彼は静かに夜の住宅街を歩いた。
結局指は絡められぬまま、気が付けばもう家は目と鼻の先。それを名残惜しく思いつつ歩いていると、手のひらの間に僅かなすき間が出来た。
「そろそろ放しても良いか?」
尋ねられた言葉に頷こうとして、そこで私は足をとめる。
本当は手放すべきなのかも知れないが、ここまで来てすぐに手放すのはやっぱり惜しい。それにせっかく「絡める」という行為を教えてくださったお師匠様にも報いたかった。
「……ごめんなさい、ちょっとだけ」
一瞬だけ。一瞬だけだと呟きながら、私は彼の太い指の間に指を絡めた。
とたんにもう一生手放したくないという誘惑が巻き起こったが、そこは何とか押し止める。
「ありがとうございます、満足しました」
名残惜しく思いつつ手を放せば、アンティベラム様は足早に家へと入ってしまう。
そんなに手を繋ぐのはいやだっただろうかと落ち込みながら、私も少し遅れて部屋に入った。
するとそこでは、お師匠様がやけに機嫌の良い顔をしている。
「やったわね」
と言われるほどのことはしていないので返答に迷っていると、お師匠様がそっと耳打ちをしてくれる。
「あいつの顔、物凄い真っ赤だったわよ」
「もしかして、凄く怒ってらしたんですか!」
やっぱり絡めるのは今度にすれば良かったと落ち込んだ直後、お師匠様が大丈夫だと胸を張る。
「ああ言う堅物は、乙女の純情行為に弱いって決まってるんだから!」
だからこんどは、キスをねだってみましょうかとお師匠様は微笑む。
さすがにそれはまだハードルが高いですと泣きついたが、「イチャイチャしたいんでしょ!」という言葉は否定できない。
「でも手を繋ぐだけでいっぱいいっぱいで」
「大丈夫よ、絶対上手くいくから」
「……じゃあの、まず鞘にキスする所から初めてもいいですか?」
刃はちょっと無理ですというと、そこは「唇」とか「ほっぺ」にしようよとお師匠様に怒られた。
【お題元】
Episode09 Episode15に続き「魔剣の話を」というオーダーより作成
オーダー本当にありがとうございました!