Episode14 ガールズトーク
ケリー視点。
「それで、ケリーはいつ勇者と結婚式やるの?」
「それを言うなら、お前さんはいつやるんだい?」
私のカウンターに、小娘が返したのはどこか威圧的な笑顔だった。
「たまにはガールズトークしましょう」と小娘が私を誘ったのは、うちの勇者と隣の魔王達がプールで遊びほうけている時のこと。
ガールズトークなんて年じゃないし、何より小娘の第一声は分かりきっていたのではじめは断ったのだが、結局小娘はうちにこうして上がり込み、私が出したクッキーを抱え込んでいる。
そして案の定小娘の問いはそれで、私はあきれ果てるほかなかった。
「それで、いつやるの?」
「私の問いかけには黙りかい?」
「私、幸せになるのはケリーの次って決めてるから」
いけしゃあしゃあという小娘に私はちらりと窓の外を見る。
ダイニングの窓から見えるのは裏庭のプール。
そこには年甲斐もなくはしゃぐジジイと、彼と一緒にプールに飛び込む魔王の姿がある。
それはまるで子どものようで、あれと並んで神父の前に立つ自分が全く想像できなかった。
「あれと指輪の交換してもねぇ」
「でも堅物のケリーが好きでもない男と同棲なんてするわけないじゃない」
「お前さんだって、赤の他人と暮らせるような性格じゃないだろ? なのに早いうちから魔王を家に上げてたじゃないか」
「私は、どっかに下心があったのよ。たぶん会った時からあいつのこと好きだったし」
そう言う台詞は恋する女のそれで、私はまじまじと小娘を見てしまった。
前々から彼女が一目惚れしやすい事は知っていた。でもそれを指摘すると「一目惚れじゃない、中身もちゃんと好きだ! 純愛だ!」とムキになるのが彼女の常だった。
けれど今の小娘は冷静だ。大人になったと言うことなのだろうが、本当の事を言えば少し寂しい。
こちらの言葉に無駄に食ってかかる元気の良い彼女が、多分私は好きだったのだろう。
「私も年取ったんだねぇ」
「自覚があるならさっさと結婚しなよ! どうせ口約束だけなんでしょ」
「まあ、おいおいね」
「爺さんのこと、何だかんだ言って好きな癖に」
「好きだから、弄んでやりたいのさ」
「ケリー、意外と悪女だね」
どこか面白がるような言葉に、今度は私の方から小娘をつついてみる。
「そう言うあんただって、口約束以上の事はしてないだろ?」
「だからケリーのあとにやるつもりなんだってば」
「嘘つくんじゃないよ。お前さんは、本気になったらなりふり構わないタイプだろ」
大人になっても、多分小娘の根幹は変わらない。そんなわたしの考えは正しかったらしく、小娘は拗ねた顔でクッキーをかじる。
「ただちょっと、見てみたかったのよ」
「結婚式をかい?」
「だって想像は出来るけどさ、いまいちまだ現実味がないのよね」
その言葉で私は今更のように気づく。
確かに大人になったけれど、小娘はまだ18だ。確か1年だぶっていたはずだから、まだ卒業も先だろう。
恋愛はともかく結婚する友人はいないだろうし、実感が無くても不思議ではない。
「したくないって訳じゃないだろ?」
「したいわよ。でも正直、したあとの事がよく分からないのよね」
窓の外の魔王をぼんやりと眺めて、小娘は「あいつには内緒ね」とこっそり呟く。
「私ね、高校を卒業したら、ずっとひとりであの店をやるんだって決めてたの」
「大学は?」
「いかないつもり」
行きたくない訳じゃないけど、自分の頭と資金を考えると近くの大学は無理だからと小娘は苦笑した。
「だから魔王に出会うまで、私の未来予想図ってあの店でひとりでハンバーガー焼いてるシーンばっかりだったの。恋愛はそれのおまけくらいのもんだったから、結婚して、例えば子どもが出来て、その子を養ってってイメージが、今もまだわかないのよね」
「その年でわいてるほうがおかしいよ」
「うん。でもやっぱり、見えないのは色々不安なの。結婚したいし、あいつとずっと一緒にいたいけど、いたいからこそ私がしっかりしなきゃって思うし」
魔王は馬鹿だからと笑う小娘は本当に大人だ。
でも同時に、私は思ってしまうのだ。そんなに早く大人にならなくても良いのにと。
たしかに連れが子どもっぽくて、しっかりしなければと焦る気持ちは分かる。
けれど子どもっぽくて馬鹿だが、魔王は頼りないわけではないと私は思う。
少なくとも小娘ひとりを背負うくらい造作ない男だろう。
それに何より、年寄りだが側には私もいるのだと考えて、私は胸を突く寂しさの理由にようやく気がついた。
私は多分小娘に頼って欲しいのだ。母親のようになれるとは思わないが、それでも彼女より長く生きていることにはかわりない。
私の生きた時間を、小娘の為に使ってやることが出来ればと、私は思っていたのだ。
「別にしっかりしなくても、結婚はできるさ。不安なことがあったら、またここでガールズトークすりゃあいいだろ」
「だけど、未熟なまま結婚して、良い奥さんになれなくて、魔王にがっかりされたら嫌なの」
「そんなことでがっかりするような奴じゃないよ。むしろあんたが先にがっかりするんじゃないかい?」
「しないよ。あいつの駄目なところも、馬鹿なところも、アホなところも、残念なところも散々見てきてるけど、まだ好きだもん」
「あんたがあいつを好きなら、あいつはあんたのことが好きだよ。よくできた嫁にならなくても、ただ好きなだけで一緒にいる意味はある」
そして今度は私が「あいつには秘密だよ」と前置きをして、胸の中の秘密を一つ言葉にする。
「私はね、やっぱりまだ前の旦那のことが好きなんだ。だからね、旦那が好きだった料理はどうしても作れないんだよ、硬い目玉焼きとかね」
「でもじいさんのことも好きなんでしょ?」
「嫌いじゃないよ。だからさ、堅焼きの目玉焼きは無理だけど、他に色々好物を作ってやりたいんだ。……まああのジジイは、こっちの気も知らないで『お主の作る物ならなんでもよい!』とか馬鹿なことしか言わないけどね」
私の口まねに、可愛らしい笑い声が響く。
「今の台詞、じいさんに言ったら多分すっごい喜ぶわよ」
「この年になっても素直になるのは辛いんだよ。それに、未来予想図がないのは私も同じさ。だってあのじいさんと結婚するんだよ」
私の言葉に、小娘は思い切り吹き出した。身をよじる彼女の笑顔はどこか晴れ晴れとしていて、私は思わずほっとする。
「何が起こるか分かったもんじゃないだろ」
「確かにそうね」
「でもたぶん、いつかは私達もするんだと思うよ」
けどもうちょっと、あいつの困った顔を見ていたいんだと私は告げた。その困った顔が好きだからとは言わなかったかが、彼女は多分気づいていたようだ。
「そっか、お婆ちゃんになっても不安なのは変わらないのか」
「だから好きならがっちり掴んでおけばいい。何か不安なことがあるなら、魔王に相談すりゃいい」
「魔王はもちろんだけど、ケリーにも色々相談して良い?」
ケリーは色々頼りになるしと私の手を取る娘に、にやけそうになる顔を慌ててしかめる。
「好きにしな」
私の言葉に、小娘はありがとうと微笑んだ。
また顔がだらしなく歪みそうになったが、ここで優しく笑いかけるなんて私の柄じゃない。
だから私は微笑みを深い皺の中に隠して、クッキーを一口かじった。
【お題元】
勇者とケリーの結婚式はどうなったんですか?
魔王と師匠は式を挙げるのですか?
など「結婚式」に関する質問とオーダーより作成。
厳密には結婚式のお話ではありませんが、
女子(?)達の胸の内を書いてみたかったので、こういう形にさせて頂きました。
質問とオーダー、本当にありがとうございました!