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魔王はハンバーガーがお好き  作者: 28号
魔王と日常の章 その1
78/102

Episode10 上体そらし

 その困った客達がやってきたのは、日曜日の深夜1時のことだった。

 閉店時間5分前にもかかわらず、慌ただしく駆け込んできたその客は何とも珍妙な出で立ちだった。

 3人揃って、穴の空いたニット帽を顎が隠れるほど深くかぶっていたのである。

 とはいえお客様に差別はいけないので私は笑顔で出迎えたが、残念ながらラストオーダーの時間はずいぶん前に過ぎている。

 しかたなく飲み物だけでも良いだろうかと聞こうとすると、彼らは私が口を開くよりも先に、あまりに衝撃的なオーダーを告げた。

「手をあげろ」

 と言う彼らは酷く空腹なのか、妙に声が震えていた。

 だが残念ながら、そのオーダーは聞くことは出来ない。

 なにせこの店にある揚げ物は2種類だけである。

「申し訳ない。ウチはハンバーガーダイナーなので、生憎そのような物は取り扱っていないのだ」

「アホいってんじゃねぇ! 良いからさっさとあげろ!」

「だから何度も言うが、うちの揚げ物はポテトかオニオンだけだ」

 途端に、真っ黒い筒のような物が私の額に押してられた。

「そのあげろじゃねぇよ! 死にたくなかったら手をあげて、今すぐそこのレジを開けろ!」

「ああ、そっちのあげろか。把握した」

 だが、手をあげると今度は新しい問題が起こる。

「すまない、手をこうしていると今度はレジスターを開けられないんだが?」

「おちょくってるのかお前!」

「私は真面目だぞ。ウチのレジスターを開けるには、そこのボタンを押さないと駄目なのだ」

「じゃあ押せよ」

「でも手をあげていた方が良いのだろう?」

「開けるときは降ろして良いんだよ!」

「把握した」

 言われるがままレジを開け、そこでまた私は悩む。

「すまない、レジを開けたら手はもう一度あげた方が良いのか? それとも下げたままで良いのか?」

「あげなくて良いから、金をこの袋に入れろ」

「度々申し訳ないのだが、これはウチのお金なのであなたの鞄に入れるわけにはいかない」

「じゃあ何で開けたんだよお前!」

「君が開けろと言ったからだ」

 と言いつつレジを閉めたところ、客達はさらに怒り出してしまった。

 レジは長いこと開けっぱなしにするなと言う師匠の言いつけを守っただけだが、どうやらそれが彼らには我慢ならないことらしい。

「この状況で開けろって言ったら、普通オチまでわかるだろ!」

「オチを気にすると言うことは、君はコメディアンか?」

「んなわけねぇだろ!」

 3人全員から怒鳴られ、私はなんだか酷く申し訳ない気持ちになった。

「会話のテンポがとても良いのでてっきりコメディアンかと思ったのだ。勘違いをして申し訳ない」

「いいからほら、金入れろよ!」

「さらに申し訳ないが、お金の管理は師匠に一任しているので彼女に確認しても良いだろうか?」

 そこで師匠とは誰だと言われたので、私は彼らにしばし待つように言って、厨房にいる師匠を呼びに行った。

 だが待っていて欲しいと言ったのに、何故か彼らもついてきた。

「師匠、彼らがお金が欲しいと言っているのだが渡しても良いだろうか?」

 そう尋ねた瞬間、厨房にいた師匠は、食べていた余り物のポテトを吹き出した。

 さすがにお客様の前でそれははしたないと注意しようとしたとき、今まで私にくっついていた客達が師匠へと駆け寄った。

「動くな!」

 というなり、師匠の腕を取る客達に、ようやく私は状況を理解した。

 これは多分、物凄く危機的な状況である。

「君たちは、強盗だな!」

 何だと思っていたのだと、客達はもちろん師匠にまで怒鳴られた。

 だが気付けという方が無理がある。

 こういうのは映画の中だけだと思っていたし、まさかよりにもよって、魔王である私が強盗に襲われるとは思わなかったのだ。

 もし師匠が巻き込まれなければ、自分が撃たれるまで気付かなかった自信がある。

「色々と把握した。だからまず、その銃口を私に戻してくれないか? 私ならば撃たれても死なないが、師匠を傷をつけられると困るのだ」

 至極丁寧にそう申し立てたが、どうやらそれがまた、客達を怒らせてしまったようである。

 さらに乱暴な手つきで師匠を抱き寄せる彼らに、さすがの私もムッとした。

 師匠を、不作法に扱われるのは酷く不快だ。

「もう一度お願いする、師匠から腕を放してくれ」

「話してほしけりゃ金を渡せ」

「と言われているが、どうすればいいだろうか?」

 尋ねれば、師匠は僅かに震えながらもきっぱりと首を横に振った。

 これはつまりNOと言うことだ。

「だめだそうだ」

「ならこいつを殺す!」

 何とも物騒な言葉に、私は仕方なく、久々に魔王らしく振る舞うことにした。

「もうお願いはしたからな」

 言うと同時に、私はゆっくりと客達に近づき、右から順に彼らの顔を殴り飛ばした。

 まあゆっくりと言っても魔王基準のゆっくりなので、客達には物凄く速く見えたに違いない。

 それを証明するように、私が師匠を奪い返すその瞬間まで、彼らは自分たちに起きたことに気付かなかったようだ。

 「なっ」とか「ふがっ」とか豚さんのような声を上げた後、彼らは側に師匠がいないことに大層驚いていた。

 あと師匠もかなり驚いていた。

「……あんた本当に強かったのね」

「信じていなかったのか?」

「だっていつもはトロいじゃない」

 師匠の言葉に若干傷ついていたが、訂正を求める余裕は無さそうだった。

 我に返った客達が、一斉に銃を持ち上げたからである。

 けれど私が感じたのは、身の危険ではなく心地良い高揚感だ。

 そもそも魔王はこのような状況を好むように作られているし、何よりこの前映画で見た、上体を反らしながら弾を避ける行為が可能かどうかを試せる絶好の機会だと思ったのだ。

 とはいえ、どう見ても狙いの定まっていない銃口に、私はそれを断念せざるおえなかった。

 生憎側には師匠がいるし、流れ弾で厨房が穴だらけになってしまうのは問題だと気付いたのだ。

 なので仕方なく、私は魔法で弾を止めることにした。

 銃声が響くと同時に腕を突き出せば、弾丸は全て、私の前でピタリと止まる。

 本当は、魔法の障壁を出すのに腕を突き出す必要はないのだが、前に見た映画でこういうシーンがあったので一度やってみたかったのだ。

「銃は私には効かない」

 ついでに格好いい台詞まで言ってみたところ、客達がギャーと悲鳴を上げ始めた。

 むしろそこは歓声が欲しかったが、彼らは私を賞賛するどころか完全に畏怖している。

 やはり魔王が映画スターを気取るのは少々無理があったらしい。

 仕方なく、私は逃げようとする客達の急所に素早く一撃を食らわせ、意識を奪った。

 同時に深い眠りの魔法もかけた。生憎、3人を縛るほど長い縄は、この店には置いていない。

「危機は去ったぞ」

 あっけない幕切れに少々物足りなさを感じていると、師匠が先ほどよりさらに驚いた顔で私を見あげた。

「……ありがとう」

「礼を言われるようなことはしていないぞ」

「でも、助けてくれたし」

「そもそも彼らを厨房に連れてきてしまったのは私だからな」

 言いながら、私は師匠に怪我がないかを丹念に確認した。

 強く握られた腕も、少し赤くなってはいるが問題はなさそうだ。

 それに安堵しつつ、私は師匠を抱き寄せる。

「怖い思いをさせて悪かった」

「大丈夫よ。正直怖がる暇もなかったし」

 と言いつつ、師匠は倒れている客達に目を向ける。

「むしろこいつ等が哀れっていうか」

「じゃあお金を渡した方が良かったか?」

 それは絶対駄目と最初は怒っていたものの、師匠は何か引っかかることがあるのか、倒れる強盗をじっと見ている。

 そして何を思ったか、師匠は3人のニット帽を取った。

 すると師匠はまた酷く驚いた顔に戻り、何度も何度も3人の顔を見ている。

 ニット帽の下から現れたのは、師匠とそう年の変わらない少年の顔だった。

 3人とも肌が黒く顔の作りはたくましいが、眠っているその顔にはほんの少し幼さも残っている。

「こいつら、隣町の学校の子よ」

 前に会ったことがあると、師匠は言う。

「と言うことは高校生か?」

「うん。でも、そこまでワルって感じの子じゃないと思ったんだけど」

 師匠の話では、隣町の学校というのは師匠が通う高校よりもさらに貧しい子が通っているので、このように無茶をする少年達が沢山いるらしい。

 けれど彼らは割と真面目な生徒だったらしく、師匠のライブに現れ行儀良くサインをねだったことまであったそうだ。

「あらかた、上級生にでも脅されたってトコかしら」

「脅されたと言うことは彼らも被害者か?」

「と言いたいけど、銃までぶっ放しちゃったし警察には連れて行かないと」

 でももし本当に脅されているのだとしたら、警察に行っただけでは彼らの問題は解決しないだろう。

 彼らの事情も聞かず殴り飛ばしてしまったのは私だし、それはなんだか申し訳ない。

 なので少しでも彼らの為になれればと、私は魔法で彼らの事情を探ってみた。

 3人の過去をのぞき見てみると、とても怖い顔の男から金を取ってこないと殺すと言われている姿が伺えた。

 男の顔は我が部下が見劣りするほど恐ろしく、客達を罵る声は、聞くと死ぬと言われたこの私の物よりも禍々しい。

 あの顔と声で命令されたら、NOと言える者は少ないだろう。

「師匠、やっぱり警察はやめよう」

「でも悪いことをしたら罰は受けなきゃ」

「しかし彼らにはそうしなければならない理由があったのだ。それに、もう二度とこのようなことが起きなければ問題はないだろう?」

 師匠は納得できない様子だったが、それでも主張を続ければ最後は好きにしなさいと言ってくれた。

 なので私は、このようなことが二度と起きないよう、早速行動を起こすことにした。

 まず最初に城の宝物庫にある宝飾品を3人のポケットに詰め、私は彼らをあの怖い顔の男の所に連れて帰った。

 怖い顔の男は生で見るとやっぱり怖かったが、私は彼らに渡した宝飾品だけで勘弁するようにと、彼を頑張って説得した。

 まあ残念ながら説得は失敗に終わり、怖い顔の男とその部下達から銃を向けられたのだが、ある意味これは功を奏した。

 彼らが放った銃弾を、待望の上体そらしで避けてみせると、彼らは恐れおののき私の話を聞く気になってくれたのである。

 また久々に魔王らしい格好に変身して「こういう事はやってはいけないと」言うと、最後は脅えながら頷いてくれた。

 とはいえ嘘の可能性もあるので、言いつけを破ったらネズミに変身する魔法もかけた。

 案の定、翌日顔の怖い男……ではなくネズミが店に来店したが、その後はさすがの彼も心を入れ替えたらしい。

 友人達と共に時折店を来店する彼は、何故か兄弟でもないのに私を「ブラザー」と呼ぶようになり、金を奪うのではなく金を落とす上客になった。

 時折ネズミになってたりもするが、その回数も減っているのは良い傾向だと私は思っている。

 そしてそんな変化に、さすがの師匠も感心してくれた

「ついに町の治安改善までしちゃって、あんたってホント侮れないわ」

「治安改善などしていないぞ。引退したとはいえ、私は平和を乱す魔王だからな」

 自覚がないのがまた凄いと言いつつ、師匠は不意に少し不安そうな顔をした。

「でもあんまり格好いい事しすぎないでね。あんたの強さは理解したけど、やっぱり心配だし」

「わかった、映画のマネをして銃弾を避けるのはもうやめる」

 そう言う意味じゃないと怒られたが、とにかく格好いいのは駄目らしいというのは心に刻んだ。

 少々残念だが、今度銃弾が飛んできたときは、もう少し普通に避けることにしようと思う。

【お題元】

「魔王って本当に強いんですか?」

「魔王って言うくらいだから、銃弾くらいよけられますよね」

「たまには格好いい魔王が見てみたいです」


疑問とオーダーとメッセージ(ネタふり?)、本当にありがとうございました。


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