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魔王はハンバーガーがお好き  作者: 28号
魔王と日常の章 その1
77/102

Episode09 バレンタイン

「この世界では、親しい女性にカードと薔薇を上げる日があるというのは本当でしょうか?」

 どこか躊躇いがちなその声を、私は最初幻聴だと思った。

 なぜなら、そのとき私の側にいたのは、居間の壁に立てかかっていた魔剣だけだったからである。

「もしかして、バレンタインデーのことか?」

「確かそのような名前だったかと」

 と語る台詞が酷く堅苦しいように、魔剣はとにかく真面目な男なのだ。

 だから彼の口からバレンタインの話題が出るなんて思いも寄らなかった。

 その上、この話題を出すには少々遅すぎる頃合いでもある。

「バレンタインデーなら私も行ったぞ、カードと薔薇の花を師匠にあげたら凄く喜ばれた」

「行ったと言うことは、やはりそれはもう既に過ぎた行事なのでしょうか?」

「ああ、すでに終わってしまっているぞ」

 私が告げた途端、心なしか魔剣の顔色が悪くなった気がした。

 とはいえ彼には顔がないので気のせいかとも思ったが、普段は動じない彼が妙に焦っているように見えたのは、目の錯覚ではないらしい。

「それは、非常に困ったことになりました」

「珍しいな、お前が何かに困っている所など私ははじめて見るぞ」

「それは、あなたが気付いていないだけです」

 むしろ私は常日頃からあなたの言動と行動に困惑させられております、と丁寧に返す魔剣に、私は本当に今更だが、彼に対してとても申し訳ない気持ちになった。

 考えてみれば、魔剣には今まで沢山の我が儘を言ってきた。

 昨日だけでも、私は彼にフライパンと掃除機とバイクと芝刈り機とフライパンとデッキブラシとチェーンソーに変身して欲しいとお願いした。

 それを彼は「……承知しました」と快く引き受けてくれたが、そもそも彼は魔剣である。

 掃除や料理や移動の足に使われて、気分が良いわけがない。

「すまない、私は魔剣に甘えすぎていたようだ。今度からはゴキブリを斬るときにだけ呼び出す事にしよう」

「それを一番やめて頂きたいのですが、まあ正直、今更なので別にいいです」

 あと他のことにも使ってくださって結構ですと、やっぱり魔剣はこんな時でも従順だ。

「だがお前が酷く気落ちしているのは、私がお前を困らせたからなんだろう?」

「いえ、今回は私の個人的な落ち度が原因です。それに何度も言いますが、主殿に困らされるのは私の仕事のような物なので、あまり凹まなくて結構です」

「じゃあ、これからも困らせて良いのか?」

「……はい」

「間があったじゃないか!」

「困らせて良いかと聞かれて、勢いよく答えるのもどうかと思いまして」

 と冷静に突っ込んだ後、魔剣はこの話は終わりと言わんばかりに黙り込んでしまった。

 だが相変わらず、魔剣を取り巻く気落ちした空気は消えない。

 勿論それを尋ねても、彼は相変わらず「お気になさらず」の一点張りだ。

 だが日頃困らせていると聞いて、ここで何もしないのは魔剣の主として……いや、彼の友人として示しがつかない。

「なあ、もし私に……」

「結構です」

「まだ何も言っていない!」

「主殿の優しさは十分わかっていますから」

「わかっていない! 前々から思っていたが、お前はすぐに結構ですとか大丈夫ですと私を拒んでばかりだ!」

「それは私があなたの剣で、あなたが私の主だからです」

「でも私は、お前に困らされたい! 少々頼りないかもしれないが、お前のためなら私はどんなことでもしたいと思っている」

 だから何でも言って欲しいと、私は魔剣を強く握った。

 それに彼は酷く動揺していたが、私の決意が固いことを知ると、ほんの少しだけ緊張を解いてくれた。

「ならば一つだけ」

「二つでも良いぞ!」

「いえ、とりあえず一つだけで」

 と言いつつ、魔剣は躊躇いがちに言葉を紡いだ。

「化身の魔法の使い方を、教えて頂いてもよろしいでしょうか?」

「化身の魔法ならもう使えるじゃないか」

 それどころか、彼は私以上に多種多様な物に変身できる腕前である。

「まあ得意と言えば得意なのですが、未だに変身できない物が一つだけありまして」

「それは何だ?」

「人です」

 その言葉に、私はかなり驚いた。

 なにせ、魔剣はフライパンにもバイクにも芝刈り機にも変身できるだ。

 それに比べたら、人になることはかなり容易いはずである。

「私自身も不思議なのですが、どうしても人になるのだけが上手くいかないのです」

「だから手伝えと、そう言うことだな?」

「少しばかりコツを教えて頂ければ、あとは自力で修行しますので」

「いや、手取り足取り教えてやるぞ」

「いえ、コツだけで」

「頑なだな」

「申し上げにくいのですが、主殿に手取り足取り魔法を教わった執事が変身した人間……、あれが少々不格好すぎたのが気になりまして」

「そうか? 私は結構ハンサムだと思ったが」

「正直、骸骨でいるときの方がまだ見られます」

 言われてみると、最近彼が人に変身するところをあまり見ていない気がする。もしかしたら、自分の容姿を気にしていたのかもしれない。

「それは悪いことをしたな」

「別に物凄くハンサムになりたいわけではないのですが、一応その、私にも壊したくないイメージという物がありますので」

「わかった、下手な手助けはしないようにする」

 恐れ入りますという魔剣に頷きつつ、私は早速コツを教えようとした。

 だがそこでふと、私は今更のように当初の疑問を解決していないことに気がついた。

「しかし魔剣よ、私達はバレンタインの話をしていたのでは無かったか?」

「そこに立ち帰りますか?」

 あまり深入りして欲しくないといった口調だが、私は隠し事をされると落ち着かなくなるタチなのだ。

 だからいけないと思いつつ、質問を重ねてしまう。

「人に変身するのと、バレンタインに何の関係がある?」

 私の問いかけに魔剣は躊躇ったが、彼に熱い視線を向け続けたところ、最後は彼が折れた。

「どうやら無自覚のうちに、私はバレンタインカードを送る約束をしていたようなのです」

「お前がか?」

「柄でないのはわかっています。むしろ誰よりもわかっていたからこそ、その約束を冗談だと思い蔑ろにしてしまったのです。彼女が本気で望んでいると気付いたのは、そのバレンタインが終わったあとのことでした」

「待て、まさかお前恋人がいるのか?」

 途端に、違いますと魔剣の慌てた声が響く。

「知人です。ただその、彼女は少し違う関係を望んでいるようですが」

「わかっていながら知人と言い張るとは、お前も罪な剣だな」

「師匠殿の気持ちにまるで気付かなかった主殿には言われたく無いのですが」

 そう言う魔剣の声は冷たかったが、私は何故だか嬉しくなった。こういう素直な物言いを、私はずっと彼にして欲しかったのかもしれない。

「確かに言い過ぎた。だが、それと変身と何の関係が?」

「生憎、私はペンになれてもそれを扱う人にはなれないのです。正直それを彼女に知られたくないという思いもあり、私はバレンタインを蔑ろにしてしまった」

「そして嫌われてしまったのか」

「あれ以来彼女は大層不機嫌になり、もうずっと口をきいておりません」

 だから人の姿となり、彼女にカードを送りたいのだと魔剣は言う。

「今更だとわかっているのですが、どうも彼女に口をきいて貰えないのは、酷くこたえるようで……」

「お前の気持ちはよくわかる、私だって師匠と口をきけなかったらつらい」

「別に私と彼女は、主殿と師匠殿のような関係ではありません」

「頑なだな」

「魔剣が、恋なんて出来るわけがありません」

「それを言うなら私は魔王だが、恋もするしキスもするしデートもするしハンバーガーも焼くぞ」

 そしてそんな私の魔剣ならば恋をしてもおかしくはないといえば、魔剣は困ったように口を噤んだ。

「だからあまり考えすぎるな。化身の魔法に一番大切なのは頭の柔らかさだぞ」

 何者にもなれるという自信を持って魔力を操うこと、それこそが化身に必要なスキルである。

「しかしそれが、剣にはとても難しいのです」

 そして魔剣の言葉は、残念ながら事実だった。

 その日はずっと彼と化身の魔法の修行に励んだが、どうにもこうにも上手くいかないのである。

 物ならば何でも変身できるし、犬や鳥や金魚などの生き物にもなれた。

 しかしどうしても、人になろうとすると魔法が発動しないのである。

 まるで何かが拒むように、魔力が全く出てこないようなのだ。

「お前、本当に心の底から人になりたいと思っているか?」

「そのつもりですが」

「剣でいることを捨てるくらいの気持ちでないと駄目だぞ」

「しかし、剣でなくなったら主殿を守りできません」

「私より恋人の気持ちを守れる男になる方が大事だろう!」

 と説教したが、結局夕方になっても魔剣は魔剣のままだった。

「続きは明日にしよう。私はそろそろダイナーに行かねば」

「申し訳ありません」

「そう凹むな、明日はきっと上手くいくさ」

 と励ましたが、どうにも魔剣の気分は持ち上がらない。

 だがそれでも時間は過ぎてしまうので、私はダイナーに行くために魔剣と共に外に出た。

 そんなとき、平和が取り柄の静かな住宅街に、突如として女性の甲高い悲鳴が響いた。

 慌てて視界を走らせれば、ケリーの家の前で一人の少女が若い男達に絡まれていた。

 少女は師匠と同じくらいの年格好で、酷く可愛らしい容姿をしている。

 そしてそれが、どうやらあだとなっているようだ。

 柄の悪い男達に、少女は手荒いナンパをされているようなのである。

 それを嫌がる少女の目には涙がにじんでいるが、男達はやめるどころか逆に興奮している有様である。

 さすがに見かね、ここは魔剣と共に仲裁しようと思ったその矢先、唐突に私の腕から重さが消えた。

「彼女から手を放せ!」

 同時に、魔剣によく似た声を持つ男が、私の前に立っていた。

 私よりも背格好の高い男の髪は、魔剣の柄に使われている黒曜石の色。

 若者達を睨む瞳は、魔力の結晶である燃えるようなルビーと同じ紅色だ。

 まさかと思ったその直後、男……いや魔剣は、少女の腕を掴んでいた男を殴り飛ばした。

 引き続き、魔剣は少女を庇うように自分の背後に押しやると、少女を囲んでいた男達を次々に殴り飛ばしていく。

 勿論殺さないように手加減はしているようだが、それでも男達が彼の強さに脅えるには十分だった。

 男達が恐怖の声を上げながら立ち去るまで、たぶん1分も必要なかっただろう。

「さすが、人の姿でも魔剣は強いな」

 住宅街がいつもの静けさを取り戻すと同時に、私は目の前に立つ魔剣に声をかけた。

 惚れ惚れするほど凛々しい姿に、私は酷く感動していた。

 そしてそれは彼に助けられた少女も同じだと思っていたが、何故だか彼女は、身の危険が去ったというのに表情を強ばらせている。

 そのうえ魔剣が駆け寄った瞬間、彼女が上げたのはすさまじい悲鳴である。

 線の細い、可愛らしい外見からは予想もつかない大きな声に、さすがの魔剣も酷く慌てている。

「聖剣殿、私だ!」

 と、なにやら自己紹介らしきことをしているが、結局少女は魔剣殿をおいて、背後にあるケリーの家に駆け込んでしまった。

「魔剣よ、もしや彼女は……」

「勇者殿のところの、聖剣殿です」

「聖剣殿は、女の子だったのだな」

 それもかなり可愛らしいことに驚いた。一方で、腕のガムテープがちょっと不憫な気がしたが、それを言えば、魔剣が気にしなくても大丈夫だと苦笑する。

「彼女自身は、あのガムテープをたいそう気に入っておりますので」

 とすぐさまフォローまでされたが、むしろ今フォローが必要なのは魔剣の方である。

 大声で拒絶されたことに、彼はかなりショックを受けているようだ。

 むしろ受けない方がおかしいだろう。

 魔剣の知人で女性と言ったら、カードを送る相手は絶対に聖剣殿に間違いない。

 そして彼は認めないだろうが、魔剣は彼女のことが好きに違いない。何せ彼女はあんなに可憐で可愛らしい少女なのだ。

「主殿、私の変身はそんなに酷いでしょうか?」

 案の定、魔剣が気にしているのはそこのようだ。

「そんなことはないぞ。正直、我が部下の中で一番素敵な容姿をしていると思う」

「しかし悲鳴を上げて逃げられました」

 けれど何処も悪いところはないはずだと断言しつつ、私は魔剣の体をまじまじと観察した。

 そして私は気がついた。

 彼は顔も体も全てが完璧だが、多分それが問題だったのだと。

「わかった、お前は少し立派すぎるんだな」

「確かに体つきは良いようですが」

「体つきだけではなく、お前は色々な意味で大きいのだ。そして色々と大きいと女性はビックリしてしまうものらしいぞ」

 かくいう私も師匠にとてもビックリされたと答えると、魔剣は今更のように自分の体を、特に下半身に目を落とした。

「……主殿」

「なんだ魔剣よ」

「化身の魔法を使うと、服も一緒に出る物ではないのですか?」

「いや、服を出すのは別の魔法だぞ」

 知らなかったのかと尋ねると、魔剣は側に落ちていた新聞を拾い、大きいものを隠した。

「……今まで、服が必要な物に変身したことがなかったので」

「ちなみに服を出す魔法は結構難しいので、買った方が早いと思うぞ」

 というか私の服を貸してやろうというと、魔剣は「そう言うアドバイスは先にお願いします」と逃げるように家に入っていった。

 その上魔剣は、ちょっと怒っているようだった。

 どうやら私は、また彼を困らせてしまったらしい。

【お題元】

「魔剣と魔王との絡みをもっと見たいと思いました」

「世慣れた魔剣様が大好きです。彼の活躍がもうちょっと見たかった」

「魔剣の恋に魔王様が手助けという名の邪魔をするお話とか読みたいです」


オーダーとメッセージ、本当にありがとうございました。

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