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魔王はハンバーガーがお好き  作者: 28号
魔王と日常の章 その1
76/102

Episode08 学校

 最近我が家の朝は酷く慌ただしい。

 なぜなら、師匠とチビ殿が毎朝毎朝激しい隠れんぼを繰り広げているからである。

「もうっ、魔法で姿を消すなんて反則すぎる!」

 そう言って家中の家具をひっくり返す師匠。そして彼女が必死に探している相手は、机の下で膝を抱えるチビ殿である。

 二人がこのやり取りを初めて早2週間。そのきっかけは、師匠がチビ殿を小学校に行かせようとしたことだった。

 この世界では、子供は小学校という場所に行き、遊んだり勉強するのが仕事なのだ。

 そして郷に入っては郷に従えということで、今月からチビ殿をすぐ近くの小学校に通わせることにしたのだが、本人はそれが嫌で嫌で仕方ないらしく、それが毎朝の隠れんぼに繋がっている。

 ちなみに二人が隠れんぼをしている間、私はそれをただただ見守っている。

 正直、私はまだ探す側につくか、探される側につくかを決めかねている。

 師匠のことは愛しているし常に彼女の味方でありたいと思っているが、酷く脅えるチビ殿をみていると、無理矢理学校に行かせるのは忍びないとも思ってしまうからだ。

 だから今日も、私は中立者として隠れんぼに白熱する二人のために朝ご飯を作ったり、時間を確認したりしていた。

 そうこうしているうちに、気がつけば師匠が学校に行く時間がせまっている。どうやら今日も、軍配はチビ殿の方に上がりそうだ。

「師匠、そろそろ家を出ないと学校に遅刻してしまうぞ」

「わかってるんだけど、今日こそはつれてきたいの」

「気持ちはわかるが、やはりあそこまで嫌がっているのを無理矢理連れて行くのは……」

「私だって嫌がることはさせたくないわよ。でもあの子、こっちに来てから家にこもりっぱなしじゃない」

「しかし、魔王にとってそれは普通のことなのだ」

 なにせ、魔王の仕事は城にやってくる勇者と戦う事だ。

 故に意味もなく外に出ては駄目だと命令されているし、チビ殿は私以上に仕事熱心だったので、今なお魔王としての生活が抜けないようなのだ。

 とはいえ勿論、それが良いことだと私も思っていない。しかし魔王が魔王として定められた以上の行為を行うとき、苦痛にも似た不快な気持ちになるのを私は知っている。

 その先に楽しさや喜びがあればその気持ちは薄れるが、こちらでの経験が浅いチビ殿は、まだそれに慣れないのだろう。

「もうすこし様子を見よう。チビ殿だって好きで逃げているわけではないと思うのだ」

 私の言葉に、師匠は渋々持ち上げていたソファーを降ろした。

「わかった。でもやっぱり、私いつかあの子を学校に連れて行きたい。行ってみて嫌だったら無理強いはしないけど、やる前から嫌だって決めつけるのはやっぱり違うと思うの」

 師匠の言い分はもっともだと思ったので、私は同意した。確かにチビ殿は、ちょっと恐がりがすぎるところがある。

 例えば今は大好物のハンバーガーも、最初は食べるのを酷く渋っていた。

 けれど一口食べた瞬間、彼は私同様ハンバーガーの虜になり、今ではポテトやオニオンリングも食べられるようになっている。

 同じように、今は恐れている小学校も、チビ殿が大好きな場所になる可能性はあるのだ。

 私は行ったことはないが、友人のアルファから小学校の話を聞いた時、凄く楽しそうな場所だと思ったのだ。

「小学校というのはとても素敵な場所らしいしな。私だったら喜んで行くのに、チビ殿はとても勿体ないことをしている」

 むしろ小学校にいけるなら、1週間ハンバーガーを我慢しても良いくらいなのにと思うと同時に、私はあることに気付く。

 アルファから小学校の話を聞いてからというもの、私は子供でもないのに凄く小学校に行きたくなったのだ。

 あまりに行きたかったので、子供に変身して師匠に「行かせてくれ」とお願いまでしたのだ。

 もちろんそのときは却下されたが、私をあそこまで駆り立てた話なら、チビ殿もきっと同じ気持ちになるに違いない。

「そうだ、アルファから話を聞こう! そうすれば小学校の良さがわかるはずだ!」

 アルファと言う名前にチビ殿は震えだしたが、学校へ行くよりは彼と話す方がまだ簡単なはずだ。

 チビ殿は人見知りなのでアルファのことも恐れているが、前々から彼とは遊べるようになってほしいとも思っていたのだ。二人は同い年だし、きっと気が合う。

 だから二人を会わせようと決意したとき、何とタイミングの良いことか、丁度アルファが家から出てくるところだった。

 善は急げと言うし、私は早速アルファを無理矢理家に呼び込んだ。

 最初は傾いた家具や不機嫌な師匠になにやらビクビクしていたものの、私が一通りの事情を説明すると、むしろ興味津々という顔でアルファはチビ殿を観察する。

「転校初日から来ない生徒がいて、すげぇ噂になってたんだよ。そっか、あいつが転校生かぁ」

 そう言って大声を出すものだから、さすがのチビ殿も無視できなくなったのだろう。

 未だ逃げ腰だが、扉の陰に隠れつつ彼はこちらをじっと伺っている。

「てっきり病弱なやつかと思ったけど元気そうじゃん」

 だったら学校来ればいいのにと、こともなげにアルファは言う。

 対して、チビ殿は「そう簡単にはいかないのだ」と無言で訴えていた。だから代わりに、私がアルファにそれを伝える。

「そう簡単にはいかないのだ。ああ見えて彼は私と同じ魔王だしな」

「人間のガキでも学校いけるのに、なんで魔王だと難しいんだよ。バス乗ってれば、嫌でも学校つくぜ」

 アルファは言うと、チビ殿にニカッとわらいかける。

「つーか、小学生魔王とかすげぇじゃん! 魔法とか使ったら人気者になれるのに勿体ないよ」

 その言葉に、チビ殿がアルファと私を交互に見た。

 疑うようなチビ殿の表情に、私はここでも彼の言葉を代弁する。

「本当にそうか? チビ殿は自分がいじめられると思っているようだが」

「もちろん気の合わない奴はいると思うよ、隣のクラスのヘイデンとかニックとか超嫌な奴だし」

 でも、とアルファは得意げに胸を張った。

「ウチの学年じゃ俺がボスなんだ! だから嫌な奴がいても、この俺が守ってやるよ」

 アルファは自信満々だったが、チビ殿はまだ若干不安そうな顔だ。

 けれど今度は、私が代弁せずともチビ殿の気持ちは伝わったようだ。

「そんな怪訝な顔すんなよ。丁度、ちゃんとした魔王が部下に欲しかったんだ。だから俺の子分になるなら、何があっても俺が守ってやるよ」

「ちょっと待ってくれ、今の言い方だと私がちゃんとしてないみたいじゃないか」

「だって、魔王は魔王だけどバカだし間抜けじゃん。俺、正直魔王だったらもう少し頭が良くて知的なタイプの方が好きなんだよね」

 その言葉に私は酷くショックを受けたが、今のやり取りで私とアルファの仲の良さはチビ殿に伝わったようである。彼がついに、アルファへの警戒を解いた。

「チビだけど、お前でっかくなったら魔王っぽい魔王になると思うんだよ! だから今のうちに子分にしとけば丁度良いかなって」

 この台詞に「待った!」とアルファを睨んだのは師匠だ。

「そんな打算的な理由でうちの子を子分にしないでよ」

「だって俺、そいつと喋ったことねぇもん。だからいきなり友達は無理」

 その一言はあまりに説得力があったので、さすがの師匠も黙るしかなかった。

「だから今は子分だ。そんで、俺の理想の魔王になったら俺の右腕にしてやる」

 それに師匠は何か言いたげだったが、アルファの言葉に、チビ殿は隠れるのをやめていた。

 それどころか、それまではてこでも動かなかったチビ殿が、なんと学校鞄を手にアルファの前に立ったのである。

「俺の子分になるのか?」

 頷くチビ殿に、アルファは満足そうな笑顔である。

「なら俺がお前を守ってやる。ただし、給食のデザートは俺に寄こせよ。代わりに牛乳やるから」

 こくんと頷くチビ殿に、アルファが更に気を良くしたのは言うまでもない。

 そのあとも宿題の手伝いや理科の実験を代わりにやらせることを承諾させ、そしてチビ殿もそれを頷いていた。

 心なしかその顔は少し楽しそうだった。

「おし、そうと決まれば学校いくぞ! みんなにお前のこと見せびらかしてやる!」

 得意げにいって、アルファはチビ殿の腕を掴んだ。

 それに一瞬躊躇いを見せた物の、アルファはチビ殿の恐怖を笑い飛ばす。

「ビクビクすんなよ。お前は今日からこの俺の子分なんだからな!」

 家の側に小学校行きの黄色いバスを見つけるやいなや、アルファはチビ殿を引きずるようにして家を出て行ってしまった。

 一方チビ殿の方も、彼の強引さと「子分」と言う響きを気に入ったようだ。

 最後は嬉しそうに、アルファに引きずられながら彼はバスに乗り込んでいく。

 ここ2週間、あれほど頑なだったチビ殿を一瞬で説得したアルファに、私は酷く感動していた。

 前々から素晴らしいボスだとは思っていたが、やはり彼もまたただ者ではない。

 まあ、ちゃんとしてないと言われたことはちょっと傷ついたが。

「……子供なんてそんなもんよね」

 そして私同様、師匠もなにやら落ち込んでいた。

 散乱した家具を元に戻しながら、酷く落胆した顔で「最初からあいつをつれてくれば良かった」とポツリとこぼしているところ、どうやらアルファの功績が少し悔しいらしい。

「まあ結果オーライと言うやつだ」

「でも2週間も言うこと聞かなかったのに、こうも簡単にバスに乗られるとちょっとショックって言うか」

「アルファのママが言っていたぞ、子供はママの言うことは聞かないものだって」

「ママだって思われてるならまだ良いけど、正直チビって私のことハンバーガー作れる凄い人としか思ってない気がするのよね」

 そんなことはないと言ったが師匠の表情は相変わらず暗いままだった。

「でも嫌なことを押しつけたのは事実だし、絶対嫌われたと思う」

「無理矢理くらいで丁度いいと私は思うぞ。魔王というのは自分から楽しいことを見つけるのが凄く苦手なのだ」

 だから多少強引に押しつけるくらいで良いと私は言ったが、師匠はまだ半信半疑といった様子だ。

「でも、あんたは自分で楽しいこと見つけくるじゃない」

「そのきっかけを与えてくれたのは師匠だ。私も最初は、ハンバーガーがあれば何もいらないと思っていたんだぞ。それだけで死ぬほど幸せだと思っていた」

「ずいぶん安上がりな幸せね」

「でも気がつけば、ハンバーガーと同じくらいフライドポテトが好きになり、ポテトにはケチャップが欲しくなり、付け合わせのピクルスも私には必要な物なのだと気がついた」

 真面目な話をしているつもりだったが、ピクルスの下りで笑われた。

 でも師匠はバカにして笑ったのではないとわかっていたから、私は笑顔で先を続けた。

「そしてそれは魔王である私には凄いことなのだ。好きな物が一つもなかった私が、今は好きな物が増えすぎて持ちきれなくなることを心配しているなんて、師匠と出会う前は考えられなかった」

「好きな物なら、持ちきれなくなることはないわよ」

「そうやって師匠が優しく教えてくれるから、私は恐れることなく好きな物が探せるのだ」

 そしてそう言う人間が、魔王には必要なのだ。

 だからチビ殿も学校で楽しいことを見つけるたびに、きっと師匠のことを感謝するだろう。

 この世界に来たばかりの私のように、チビ殿はこれからたくさんのことで師匠に感謝するはずだ。

「だから気に病むことはない」

「でも嫌な物を押しつけちゃうこともあるでしょ?」

「確かに知らない方が良かった事もある。ジェイソンさんとかな」

 でも、ジェイソンさんを知らなければ、彼を愛でている時の師匠がとても可愛らしいことを、私は知り得なかっただろう。

「好きなことと嫌いなことは、きっと凄く近い場所にあるのだと私は思っている。だからどんなことでも私は教えて欲しい」

「チビもそう思ってるかな?」

「これから思うようになる、と答えるのが正しいろうな。魔王はあまりに無知故、私もそれに気付き、こうして言葉に出来るようになったのは最近のことだ」

 でもチビ殿は私よりもっと頭が良いから、きっと私よりずっと早くそれに気付くだろう。

 少し悔しいが、本当に彼は凄く頭が良いからと告げると、師匠はようやくホッとした顔をした。

 そしてその日の夕方、学校から帰ってきたチビ殿は私の予言通り、酷く幸せそうな顔で師匠に抱きついた。

 その胸にはアルファのギャング団のバッジが光っており、それを誇らしげに見せるチビ殿に何故か師匠が目に涙をためていた。

 師匠が泣くのを見るのは嫌だと思っていたけど、その涙は何故だかずっと見ていたいと思った。

【お題元】

「師匠がチビ魔王を手懐けていく過程なども見てみたいです」

「魔王とチビ魔王と師匠の日常生活がすっごく気になって夜も眠れません」

「チビとアルファのやり取りが見てみたいです」


 オーダー、本当にありがとうございました。

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