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魔王はハンバーガーがお好き  作者: 28号
魔王と日常の章 その1
74/102

Episode06 13日の金曜日

 それはとある夜のことだった。

 深夜1時をすぎたダイナーに客はおらず、私と師匠はそろそろ店を閉めようとしていた。

 そんなときである、私がそれに気付いてしまったのは。

「……師匠、大変だ」

 震える声で師匠を呼んだのに、師匠の返事は「なーにー」と言う全く緊張感のない物だった。

「今日は13日だ」

「それがどうしたのよ」

「そして金曜日だ!」

「だから?」

「あわせると13日の金曜日だ! ジェイソンさんの日だ!」

「ああ、そう言えばそうね」

 私が必死に主張しているというのに、やっぱり師匠のテンションは低い。

 いくらその手のモンスターに耐性があるとはいえ、この落ち着きは問題だ。

 もしジェイソンさんが来たら、きっとすぐにやられてしまうだろう。

「師匠はもう少し13日の金曜日のことを真剣に考えるべきだと思う」

「普通は考えないわよ」

「殺されても良いのか!」

「アレは映画よ映画。本当はいないって前に教えてあげたでしょ」

 確かに私があまりに怖がるので、師匠がそう言って安心させてくれたことはある。

 でも正直、私はその言葉を信じきれていなかった。

「でもハロウィンの時は沢山いた」

「アレは仮装でしょ、映画を見てそれをマネしているだけ」

「だがその中に本物がいないと言いきれるか? 今もいるわけがないという油断をついて、突然やってくるかもしれないんだぞ」

「来ないわよ」

「いや来る! 何たってこの店には魔王も勇者も現れたのだぞ」

 私の言葉に、師匠は反論が出来なくなったようだ。

 けれど私の主張に賛同する気もないのか、最後は「あほらし」と言う台詞を置いて、店の片づけに戻ってしまった。

 けれどもちろん、私は諦めきれなかった。

 前々から思っていたが、師匠は殺人鬼を愛するあまり彼らへの危機感がなさすぎる。

 ここは一度、彼らが殺人者であることを思い出した方が良いだろう。

 そう思い立つと、私は師匠が厨房に出向いた隙にトイレへと駆け込んだ。

 ホントは怖いのでやりたくない。やりたくないが、師匠の恐怖を煽るにはジェイソンさんに会うにが一番だ。

 だから私は思い出したくもないジェイソンさんの格好を思い浮かべながら目を閉じ、同時に変身の魔法を発動する。

 次に目を開いたとき、目の前に写っていたのは恐ろしい殺人鬼であった。

 まぎれもなく、それはジェイソンさんである。まあ正確にはジェイソンさんに変身した私だが、師匠に何回も映画を見せられているだけあり、割と細やかな部分までよく似ているので本人とそう大差はない。

 これならばきっと、師匠も驚くだろう。そしてジェイソンさんへの恐怖を思い出し、私の話に耳を傾けてくれるに違いない。

 自分の変身に満足した私は、鏡を見ないように気をつけつつ、早速トイレを出ようとした。

 だがそのとき、突然師匠の怒鳴り声が響く。

「バレバレなんだからね! あんたがやってることは!」

 ギョッとして動きを止めれば、師匠の声は更に乱暴になる。

「変身して怖がらせようとかホント安易! そのチェーンソーもどうせ魔剣君に変身とかさせたんでしょ? そう言う部下の使い方、私どうかと思うわ」

 そうか、魔剣にチェーンソーに変身して貰えばさらに変装の出来が良くなるのか。

 さすが師匠は頭が良い。と私は思わず唸ったが、どうやら師匠の怒りを増幅させてしまったらしい。

 師匠が何かを蹴り飛ばす音がして、彼女の口調が更に乱暴になる。

「黙ってないでなんか言いなさいよ! っていうか、チェーンソーのエンジンかけてんじゃないわよ馬鹿! 泥が飛ぶでしょ、泥が!」

 今度はフランパン的な鈍器を振りまわす音が響き、それから聞き覚えのない低いうなり声が響く。

「っていうかあんた自身が汚い! それになんか臭い! 店にニオイついちゃうから、今すぐ外出なさい!」

 確かに薄汚いがそこまで言うほどではないだろうと私は凹んだ。

 それに香りは魔法で付けられないので、今の私は師匠と同じセールで買ったシャンプーのニオイのはずである。

 だが自分に香りを確認していると、私は不意に違和感を感じた。

 どうも、師匠が喋っている相手が私ではないような気がしたのだ。

 気配を伺えばホールにもう一人誰かがいる気がする。だが客のようでもない。客はあんなチェーンソーのような音をさせながら店に入ってきたりはしない。

「……あの師匠」

 意を決して、私はトイレの扉を押し開けた。

 その瞬間、師匠が私を見てギャーと叫び声を上げた。怖がらせるために変身しておきながら、ちょっとだけ傷ついた。

「ほっ本物!?」

 その上、手にしていたフライパンを振り上げるので、私は慌てて変身を解いた。

「驚かせてすまない、私だ!」

「えっ魔王?」

「あっ安易なことをしてすまない。ただ私は師匠に、どうしてもジェイソンさんのことをちゃんと考えて欲しくて、それで……」

 まだ話の途中だったのに、師匠は私の口を押さえる。

「待って、あんた今までトイレにいたの?」

「ああ、変身のチェックをしていた」

「じゃあ、今ここにいたのは誰?」

「ここって?」

「私の前で、あんたと同じようにジェイソン格好をして、チェーンソー持ってたやつよ」

「私に聞かれても困る。私はずっとトイレにいた」

 思わず二人で顔を見合わせて、それからあわててダイナーの外を見た。

 しかしそこに人影はなく、念のため二人で店の周辺も確認したが荒野にも人影はない。

 だが店の中には泥まみれの足跡が、私と師匠の耳には、今もまだあのチェーンソーの音が残っている。

「師匠」

「何よ」

「ジェイソンさんのこと、真面目に考える気になったか?」

「むしろもう考えたくない」

 師匠はそう言うが、さすがの師匠も生のジェイソンさんは怖かったのだろう。

 13日の金曜日が終わるまで、彼女は珍しく自分の方から私にずっとくっついていた。

 トイレやお風呂にもついてきて欲しいと頼む師匠は酷く可愛くて、その上怖がっていることを必死に隠そうとするところ更に愛らしくて、私は喜んで彼女の側にいた。

 ジェイソンさんは怖いが、こうしてくっついていられるなら13日の金曜日も悪くないなと私は思った。

【お題元】

 特になし(2012年1月13日金曜日記念)

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