Episode05 新年
「師匠、今すぐ私の服に火をつけてくれないか?」
と真面目にお願いしたのに、師匠は生ゴミでも見るような目を私に向けた。
「私は本気だぞ」
「だから反応に困ってるんじゃない」
朝から何を言い出すんだと呆れながら、師匠は私の入れたコーヒーを啜っている。
素っ気なくされるのはなんだかとても悲しかったので、私は慌てて彼女の手からコーヒーを奪った。
「言い忘れていたが、今日は私の世界での新年なのだ」
「そうなの?」
「だから火をつけてくれ」
「大事な説明が抜けてるからやり直し」
師匠の冷静な言葉にはっと気付く。そうだ、私はいつもいつも言葉が唐突すぎると怒られるのだ。
「私の世界では、新年の朝、好きな女性に火をつけて貰うのが決まりなのだ」
「火って本物の」
「うむ。付け方は魔法でもたいまつでも火矢でもなんでもいいぞ」
「どれも無理なんだけど」
と言いつつ、師匠は今更のように私が正装しているのに気付いてくれた。
「その侍みたい服、どうしたの?」
「城から持ってきた。是非師匠に火をつけて貰ってこいと、城の者達があつらえてくれたのだ」
「高そうなんだけどそれ」
「高い服に火をつけるのが良いのだ」
だから火をつけてくれと迫ると、師匠は仕方なさそうに立ち上がった。
「でも家の中だと危ないし、外行くわよ」
そう言って師匠は私と一緒の裏庭に出る。するとなぜか、そこはもう焦げ臭かった。
「あっちもラブラブね」
と師匠が目を向けていたのは、隣の家の裏庭である。
プールのあるそこはケリーの家で、私達が覗いたとき、丁度勇者殿が火だるまになりながらプールに飛び込んだところだった。
「おや、あんた達もかい」
そう言ってやってきたのはケリーだ。
見ると彼女は、なにやら大層な重火器を持っている。確かそれは、以前師匠が勇者殿に上げた秘密兵器の一つだ。たしか火炎放射と言うやつである。
「結婚したてで熱々なのは良いことだが、さすがに火炎放射器はやり過ぎだ。炎の魔法だってもっと威力が小さい」
とやんわり主張したが、ケリーは大丈夫だと自信満々だ。
「勇者は頑丈だと自分でいってたんだ」
「確かにこちらの世界の人間よりは頑丈だが……」
「それにこいつには丁度イライラしてたんだ。同棲を始めてからずっと、やたらとベタベタしてくるのが正直うざったくてね」
しかしイライラしていたからといって火炎放射器はやり過ぎだと師匠も提案したが、ケリーはあまり大事だと捕らえていないようだ。
「もうすっきりしたからこれ返すよ。あとプールも使って良いから、好きに燃やしな」
というと、ケリーは勇者殿を引き上げる事もせず家に帰ってしまった。
死んではいないようだが、水面に浮かぶ勇者殿はなんだかもの悲しい。
「今のを見ても、まだ燃やして貰いたい?」
「……ちょっと、怖くなってきた」
「ねえ、燃えるのって服じゃなきゃ駄目なの?」
火炎放射器を足下に置き、代わりに師匠が掴んだのは私の腕だ。
そのまま引き寄せられるようにキスをすると、確かに燃えるように体が熱くなる。
「こっちの方が良いな」
「ならこっちにしよ。私もなんか、たまには格好いいあんたとするのも悪くないし」
と言いつつ師匠は私の服を撫でる。
「格好いいか?」
「日本映画も好きなの。だからこういう格好、ちょっといいなって」
「ならよかった。師匠が気に入ったと言えば、燃やさなくても皆文句は言うまい」
それから私は師匠を抱き上げ、彼女に火をつけて貰うために家に帰った。
燃やされるよりこっちの方が全然良かった。
だがあまりに良すぎて、私も師匠も勇者殿のことをすっかり忘れていた。
思い出したのは翌日で、私達が慌ててプールに向かうと勇者殿はまだ浮いていた。
さすがに死んでしまったかと思ったが、愛に痺れていただけで彼はちゃんと生きていた。
燃えるような愛を受けてもなお生きているとはさすが勇者殿だ。
私も彼を見習い、来年は師匠に火炎放射器でちゃんと火をつけて貰おうと決意した。
【お題元】
特になし。
(新年1作目なので、お題とは別に書いてみました)
※1/2誤字修正しました。(ご指摘ありがとうございました)