LastEpisode 「あーアホらしい。さっさと帰ろう」
まるで始めから誰もいなかったかのように、魔王と勇者の姿はこの世界から消えた。
見得を切った物の、やはり彼らのいない世界はとても寂しい。
でもそれでも寂しさに耐えられるのは、彼らは帰ってくると信じているからだ。
そして一人でも立っていられる強さを、きっと魔王がくれたからだ。
そんな柄にもない臭いことを思ってしまう自分が唐突に恥ずかしくなり、私は慌てて考えを打ち消す。
「あーアホらしい。さっさと帰ろう」
どうせあいつ等はすぐに帰ってくる。ならば静かに過ごせる日々を満喫すべきだ。
そう思い直し、私は車のキーを取るためにダイナーへと戻った。
「あ、おかえり。遅かったな」
そして、私は思わず立ちつくした。
「は?」
その上口からでたのは、そんな間抜けな言葉だった。
なにせその言葉の先にいたのは、つい先ほど目の前で消えた魔王その人だったからだ。
「忘れ物でもしたの?」
尋ねて、そこで私は魔王の衣服が僅かに汚れている事に気付く。
まさかと思ったが、どうやらそのまさかのようだった。
「全部終わったので帰ってきたのだ」
「でもまだ10分くらいしか……」
「それはよかった! 予想より時間がかかってしまったので師匠が寂しがっていないかと心配したのだ」
「でも10分だし」
「こことあちらでは時間の流れが違うのだ。私の感覚では、10時間も師匠と離れていたことになる」
そう言って魔王は、私の温もりを確かめるようにギュッと抱きしめてくる。
寂しかったのだろうと言う事はその手つきでわかったが、10時間というのは短くはないがあまり長い時間でもない気がする。
とはいえ、恋しいと思われていたのは正直嬉しいが。
「でも怪我も無さそうで良かった」
「色々と大変ではあったが、戦闘時間は少なかったからな」
「そうなの?」
「城に突入してから魔王を打ち倒すまでにかかった時間は、約15分ほどだったのだ。そしてこれほど早く魔王の城を落とした者は未だかつていないらしい」
勇者達の記録を塗り替えてしまったと、魔王はなにやら誇っている。
「今の魔王って強いのよね?」
「でも私はもっと強い魔王だからな」
「ちなみに、残りの9時間45分は何してたの?」
「最初の3時間は勇者殿の家でお茶をしたり、おやつに持って行くハンバーガーを焼いたりした」
しかしピクルスが手に入らなくて困ったと酷く落ち込む魔王。
そこまで落ち込む事ではないと思うのだが、それを指摘するとハンバーガーにいかにピクルスが必要かを熱く語り出すので今はやめておいた。
「魔王を倒したら丁度お昼時でな。我が城の者達がどうしてもというので2時間ほどランチを取った。むろんここでも私はハンバーガーを焼いた」
やっぱりピクルスはなかったという魔王。こんな事なら銃と一緒に持たせてやるんだったかも知れない。
「だが問題はピクルスよりもこの後だ。ランチの途中で「悪の親玉」とかいうやつらがあらわれてな。言ってる言葉が難しすぎて私には意味不明だったが、なにやら世界転覆を企んでいたらしい。故に勇者殿が喧嘩をふっかけてしまい、食後のデザートがめちゃくちゃになってしまったのだ」
その上自慢のバナナシェイクを馬鹿にされたので、戦う事にしたと魔王は言う。
「そいつ強かった?」
「うむ、倒すのに4分23秒ほどかかった」
そして服が汚れたと、私が買ってあげたシャツの裾をいじる。心配してちょっと損した。
「そして残りの3時間で私を帰そうとしない城の者達を説得し、残り1時間半かけて師匠へのおみやげを選んだ」
「おみやげなんていいのに」
と言いつつ本当は結構嬉しい。もちろんそれは、彼のおみやげを見るまでの話だが。
「皆の者、入ってこい」
魔王がそう言った途端、ダイナーに入ってきたのは大勢の男達だ。
それもモンスター映画でしかお目にかかれないような、不気味な外見の。
これが人形とかだったら凄く嬉しいが、生きていると話は別である。
「あの、おみやげって……」
「魔王に仕える為に生み出された武将と使用人だ。師匠はモンスター好きだし、前に私が城のことを話したら使用人が羨ましいと言っていただろう?」
勿論連れてくるとは思わなかったから言えたのだ。
その上まさか、使用人の容姿がここまでマニアックで邪悪だとは普通思わない。
「これと暮らしてて、ホラー映画を怖がるあんたが不思議だわ……」
ちょっとした皮肉のつもりだったが、勿論魔王がそれに気付くわけがない。
「だって彼らは襲ってこないからな」
それにチェーンソーも使えないしホッケーマスクもかぶらないから平気だという。たしかにジェイソン以外はそこまで怖がっていなかったなと今更納得したが、そんな事を考えている場合ではない。
どうやって追い返そう。
ただそれだけに集中しようと眉間に皺を寄せれば、何を思ったか魔王はぽんと手を打った。
「もう一人、重要な奴を忘れていた」
「いや、もうこれだけで十分っていうか……」
「遠慮するな。彼が一番の目玉なんだ」
そう言って魔王が手招きすると、モンスター達の後ろから、魔王に似た一人の少年が出てくる。
年は10歳くらいで、奇跡的にその外見は普通。いやむしろ凄く可愛い。
とはいえ酷く無愛想であるのは気になるが。
「まさか、隠し子とか言わないわよね」
「惜しいな」
惜しいってどういう事かと尋ねようとすると、今度は小さな魔王に神を見るような目で見られた。
「彼は私の次の魔王だ。私以上に感情がないが、持参していたハンバーガーを与えたところ懐かれてしまってな!」
どうやら魔王というのはどいつもこいつも、馬鹿みたいにハンバーガーが好きらしい。
「あちらの世界にいても殺されるだけだし、師匠へのプレゼントに連れてきたのだ」
「でもそいつ、凄く残忍なんじゃなかった?」
「そう言う命令を受けていただけだ。それに、ハンバーガーを愛するものに、悪い人はいないと師匠が言っていただろう」
言ったかもしれないが、だからって拾ってくるなと言いたい。
「それにほら、結婚には子どもが必要だろう?」
「何処で得たのよその情報……」
「ニュースだ。子どもが出来たから結婚すると、有名な俳優が喋っているのをみてな」
少しはまともになってきたかと思ったが、やはり魔王は魔王だ。勘違いの仕方が斜め上すぎる。
「と言うことで師匠、子どもを連れてきたので私と結婚しよう」
また馬鹿なことを。そう思ってため息をこぼしてから、私はふと気付く。
無駄な前置きがついてはいたが、それはまるでプロポーズのようだった。
いやむしろプロポーズ以外の何者でもない。
「あの…それ……」
本気かと尋ねるより早く、魔王に唇を奪われた。
周りの目が物凄く気になるが、彼の口づけに弱い私は抵抗する間もなく、魔王の腕の中に閉じこめられてしまう。
「頼む、私だけの師匠になってくれ」
そんなことを言われて、断れるわけがない。
もうなってると小声で答えて、私も魔王の背に腕を回した。
すると魔王は彼らしい優しい笑みを浮かべ、もう一度私の唇を奪った。
途端に周りが騒がしくなる。不気味な外見ではあるが、彼らはどうやら魔王の幸せを願う心優しい部下達らしい。
「でもさすがに、こんだけ連れてこられても困るんだけど」
「安心してくれ。さすがに家には入りきらないので、ガレージの下の武器庫と魔王の城の入り口を繋げさせて貰った。必要なときだけ呼び出せる様、魔法の電話も設置したのでプライバシーも問題ないぞ!」
何勝手なことをしてるんだと思いつつも、魔王にしては知恵が働いた気もする。
「でもせっかく邪魔者がケリーの所に行くと思ったのにな」
と思わずため息をこぼしてからふと私は気付く。
「そう言えばじいさんは?」
まさか死んだのかと尋ねる私に、魔王が違うと笑う。
「ケリーの所だ。今頃あちらも、結婚が成立している頃だろう」
きっとじいさんの方は、モンスターではなくちゃんとした指輪や花を持参していることだろう。意地っ張りな勘違いじいさんに見えるが、彼は意外と手回しが上手い。
それが羨ましいと思っていると、唐突に何とも情けない腹の音が聞こえてきた。
音の方を見ると、チビ魔王が私をじっと見ている。
「お腹空いたの?」
尋ねると、チビ魔王がこくりと頷く。
「色々言いたいことはあるけど、とりあえず腹ごしらえね。本場のハンバーガーの味、今日は特別に教えてあげる」
ついでなので他に腹が減っている奴はいるかと尋ねると、皆遠慮がちに目を伏せる。
「嘘つきは、問答無用でたたき出すわよ」
その言葉に、魔王の部下達が物凄い勢いで手を挙げだした。そしてその目には恐怖の色が浮かんでいる。
その脅え方は異常だ。もしかしたら私のいないところで、魔王が何か吹き込んだのかもしれない。
これは後で絞らねばと思いつつ、私は皆に席で待つように指示した。
「魔王は手伝いなさいよ」
「もちろんだ、師匠の隣は私の物だからな」
さり気なく恥ずかしいことを言われて赤くなっていると、チビ魔王が窓際のボックス席に腰掛けるのが見えた。
そこは初めて魔王がこの店に現れたとき、彼が座った場所だった。
あれから色々なことがあったと、魔王との奇妙な日々を思い出していると、突然魔王に抱き寄せられた。
「師匠、例え息子でも浮気はダメだぞ」
「しないわよ」
だって私は、もうずっと前からこの駄目な魔王が大好きなのだ。
あの窓際のボックス席に座って、泣きながら私のハンバーガーを食べているのを見たときからずっと。
「ねえ魔王?」
「どうした師匠」
そう言う魔王はやっぱり、魔王なのに無駄に格好良くて、でもどこか間抜けな顔だ。
その顔を見ていると、なんだか肩すかしを食らった気分でもある。
魔王の意志を尊重しようと、こちらは涙を隠して彼を送り出したというのに、結局今日も私の朝は変わらない。
でもその変わらない朝が、彼の隣でハンバーガーを作れる当たり前の朝が、本当は何よりも嬉しい。
ちょっとばかり邪魔者は増えてしまったけれど、私と魔王の奇妙な日常の中では、それもまた当たり前の一部になっていくことだろう。
「魔王はこれからもずっと、私のハンバーガー沢山食べてくれる?」
「もちろんだ。死ぬまで食べ続けると約束しよう」
むしろハンバーガー以外は食すなと言われても構わない。
そう豪語する魔王をぽかりと殴って、野菜も食べろと笑顔で怒った。
魔王はハンバーガーがお好き【END】




