Episode59 絆
勇者殿がこちらの世界にやってきて約2ヶ月。
短い間ではあったが彼と親交のあった者は多かったので、彼の旅立ちと健闘を祈るパーティーをダイナーで開くことになった。
「本当に勇者だったんだな」
と今更のように感動しているのはアルファ。そしてその横で、チャーリーも大きく頷いている。
二人ともゲーム好き故に彼が勇者だと信じられず、今までずっとからかっていたのだ。
「でも本当に大丈夫かあのじいさん? 銃で武装してても、もういい年だろう」
「いざとなったら魔石で逃げてこられるから大丈夫だと思うぞ」
不安そうなチャーリーにそう言ったが、正直私も不安は感じている。
実は昨日、私はとても嫌な悪夢を見たのだ。
そこで勇者殿は新しい魔王にボコボコにやられていたのだ。
私には予知夢を見る能力はない。故にこれはただの夢のはずだが、それでも私は不安だった。
何せ私はここ数ヶ月、師匠とハンバーガーが出てくる夢しか見ていないのだ。
なのに初登場で、そしてマウントを取られてボコボコ殴られていたらさすがに不安になる。
とはいえ宴の席で、一人オロオロしているわけにはいかない。
私はつとめて明るい笑顔を浮かべながら、勇者殿や客人のためにハンバーガーを焼いていた。
けれどどんなに隠しても、私の心を見抜いてしまう存在が一人だけいた。
「そろそろ休憩しようか」
飲み物と食事に余裕が出来たタイミングで、私に声をかけたのは師匠だ。
師匠は私を人のいないテラス席に連れ出すと、開口一番に何かあったのかと尋ねてきた。
「あんた今朝からあんまり元気ないから」
そう言う師匠の目を見ていると、隠し事は出来ないなと思う。
仕方なく私は夢を見たことを話した。そしてとても不安であることも。
「短い間だったが勇者殿には色々と良くして頂いた。なのに私は、旅立つ彼にハンバーガーを焼くことしかできない」
「それがつらい?」
「ツライというか胸がざわざわする。勇者殿の為に、まだ何か出来ることがある気がして」
でもそれが何かわからないとつげると、師匠が何故だか辛そうな顔をした。
「あんたってホントと人が良いのね」
「よくそう言われる。私は魔王なのにな」
そう言われるのがずっと不思議だったが、最近その理由が少しだけわかった気がする。
師匠は勿論スティーブ達店の常連客、それにケリーやアルファやチャーリーなど、私の周りには私に良くしてくれる人が沢山いる。
そう言う人たちが私に優しくしてくれるから、きっと私も良い魔王になれたのだろう。
「まあ、時々悪い魔王も出てしまうが」
「私嫌いじゃないけど、悪い魔王も」
「師匠は優しいな」
「悪趣味なだけかも」
そう言って微笑んで、それから師匠はもっと側に寄ってもいいかと尋ねる。
もちろんだと答えると、師匠は私の腕の中に収まった。
師匠の体はとても小さい。けれどその存在は私にとってとても大きくて、だからこうしていると永遠に放したくないと思ってしまう。あまり度が過ぎると怒られるので、もちろん永遠は無理だが。
「魔王?」
「どうした?」
「あんたが言ってた勇者にしてあげられること、私にはわかるって言ったらどうする?」
勿論知りたい。それで勇者殿が助かるなら是非知りたい。
そう言うと、師匠はあんたらしいと笑ってくれた。
「じゃあかわりにさ、今日は私の側にいてくれる?」
「いつもいるだろう」
「いつもより、もっとずっと側にいたい」
「すまない、さすがの私も融合の魔法は使えない」
代わりに前々から打診している心臓を食すのはどうだろうかと提案したが、またしても却下された。
腹に入れば誰よりも近くにいられると思ったのだが、そう言うのは嫌いらしい。
「いいから、黙ってそのまま私の側にいなさい」
「心得た」
「あと、人がこないうちにキスもしてくれる?」
喜び勇んで首筋にキスを落とすと、そこは嫌だとつねられた。
師匠はスキンシップを好むタイプだが、場所によってはとても可愛い反応をする。それを見るのが好きでついつい、私はこうして彼女の弱点にキスをしたくなるのだ。
「キスならここにして」
そう言って師匠が唇を指さすので、私は彼女の望みを叶える。
いつもは私からねだることが多いので、今日のキスはとても嬉しかった。
「これでいいか?」
「いつも思うけど、あんたって魔王の癖にキスが上手いわね」
「チャーリーに教えて貰ってるからな」
途端に、師匠の表情が凍り付いた。
「やっぱりあんた達」
「あとスティーブにも教わるぞ。ちなみに彼からは、裸になったときのたしなみも良く教わる」
「ちょっと待て」
そう言って、師匠は私のシャツを掴んだ。
「もしかしてその、そう言う事してるって話したわけ?」
「うむ。師匠とはいつも何をしているのかと良く聞かれるのでな」
「洗いざらい? 包み隠さず?」
「嘘は隠し事は良くないと師匠はいつも言うだろう?」
だからだと微笑んだ直後、師匠が突然何かに気付き、そして悲鳴を上げた。
どうしたのかと振り向くと、いつの間にかダイナーの窓からみんながこちらを眺めている。
眺めるどころかはやすような声援を送っている者も多い。
若干一名、チャーリーだけは泣きながらガラスを叩いていたが。
「もしかして、ここにいる全員に私達のあれやこれを話してるわけじゃないよね?」
「話しているぞ。皆私の友人だし、色々と気にしてくれるのだ」
ありがたいことだと笑った直後、いつもよりも激しい一撃を顔面に食らった。