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魔王はハンバーガーがお好き  作者: 28号
魔王と勇者と恋の章
64/102

Episode58 見せ所

「魔王」

「どうした師匠?」

「私達、少し距離を置こうか」

 師匠の言葉に私はその場から5歩ほど下がり、側にいた勇者殿は飲んでいたモーニングコーヒーを吹き出した。

「距離ってそう言う距離じゃないんだけど……」

「もっと遠くと言うことか? それは嫌だ、師匠が側にいないと落ち着かない」

 既に今の時点で落ち着かないというと、師匠が酷く困った顔をした。

「前は離れてても大丈夫だったじゃない」

「それは師匠への愛に気付いていなかったからだ。しかし今は、師匠と一秒たりとも離れたくない」

 そこで勇者殿がまたコーヒーを吹き出した。その上激しく咳き込んでいる。そろそろ気管支が弱ってきているのかもしれない。

「その気持ちは凄く嬉しいんだけど、度が過ぎるとさすがに恥ずかしいのよ」

「でも高校生というのは過度なスキンシップが好きなのだろう?」

「嫌いじゃないけど、やり過ぎって言うか……」

「例えば何を控えればいい?」

「言わせないでよ」

「でも言ってくれないとわからない」

「とりあえず、キスの回数が多すぎるかなと」

「キスは嫌いか?」

 思わず肩を落とせば、師匠が慌てて嫌いではないと首を振る。

「でも朝も昼も晩も、家でも出先でもダイナーでもするのは勘弁っていうか……。ましてや高校の前で待ち伏せしてキスをせがむのは、さすがの私も恥ずかしいかなって」

「……わかった、頑張って我慢する」

「あと同じように抱きしめるのも程々にして欲しい」

 特に外では回数を減らしてと言われ、私は渋々頷いた。

「じゃあ、その分ベッドの中でギュッとする」

 ここでまた勇者殿がコーヒーを吹き出したが、いつの間にかタオルを用意していたようで、テーブルが汚れることはなかった。

「あと最近色々世話焼いてくれるけど、それもいらないから」

「何故だ。彼女の世話を焼くのは彼氏の役目だと教わったぞ」

 こればかりは譲れないと身を乗り出したが、相変わらず師匠は渋い顔である。

「学校の送り迎えとかは嬉しいけど、食事を食べさせるのとかやりすぎよ。お風呂も一緒は恥ずかしいし」

「でもテレビや映画の恋人たちは良くそうしている」

 それに、そう言うのをこなす事こそ彼氏の特権であり腕の見せ所だと友から教わったのだ。

「食事はアーンが基本、お風呂では体を隅々まで洗いっこして、寝るときは愛の言葉と子守歌がセオリーなのだろう?」

「誰に聞いたのよそれ」

「チャーリーだ」

 やりすぎて別れる奴もいるけどと注意はされたが、師匠と私にその心配はない。

 そう思い実行したのだと告げれば、何故だか師匠がここではないどこかへ殺気を放った。

「ともかく、普通にしましょう普通に! じいさんだっているんだし、見せつけるのは可哀想でしょ」

 そうなのかと勇者殿に尋ねると、彼は真っ赤になってコーヒーを啜る。確かにあれは困っている顔だ。

「たしかに気が利かなかったな」

 反省して、私は勇者殿の隣に座った。

 それから彼が使っていたフォークを取り上げ、皿に残っている食べかけのソーセージをフォークに突き刺す。

「では、勇者殿にもアーンをしよう。仲間はずれはいけないしな」

 直後、勇者殿が今まで以上の勢いでコーヒーを吹いた。側にいた私は全身コーヒーまみれになったが、勇者殿は謝るより前に怒り出す。

「何故そうなる!」

「だって見せつけるのはダメだと師匠が」

「だからってわしにアーンはないだろう!」

「なら一緒に風呂にはいるか? 頭や体を洗うのは得意だぞ」

 毎日師匠を洗っているから上手いはずだと言えば、勇者殿は持っていたカップを握り砕いた。

「わしは勇者だぞ! 何が悲しくて魔王のお前と風呂に入らねばならん!」

「遠慮しなくて良い」

「そう言う意味ではない!」

 肩を怒らせて、そして勇者殿は私を睨む。

「お前こそわしに気遣いなんて無用だ!」

「しかし勇者殿にも気持ちよく過ごして頂きたい」

 だからお風呂で気持ちよくしてあげたいのだと言ったが、勇者殿は怒るばかりだ。

「構うなと言っているのだ! もうすぐここを出て行くのに、誰が好きこのんでこれ以上の悪夢を増やすか!」

 それは残念だと思った直後、私は彼の言葉に引っかかりを覚える。

 だが私が尋ねるより早く、師匠が嬉々として身を乗り出した。

「もしかして、ケリーと上手くいったの!」

「んなわけあるか!」

 自分で言って、そして勇者殿は傷ついた顔でその場に泣き崩れた。

 私も師匠と同じ事を考えていたので、何となく申し訳ない気持ちになってしまう。

「でも出て行くって、あんた何処に行くのよ?」

「……元の世界に帰るだけだ」

 その言葉に師匠が驚くと、勇者殿は誤解するなと涙を拭いた。

「そいつは連れて行かん。ただ、この世界での仕事が終わった故、わしは帰るだけだ」

「仕事してたの!?」

「失敬だな小娘!」

 怒りを露わにしつつ、勇者殿は「ちょっと待っていろ」と部屋に引っ込んでしまった。

 そして待つこと5分。勇者殿はあまりに意外な物を持ってきた。

「どうだ、ジョン・ウェインみたいじゃろう!」

 そう言う勇者殿の腰にはガンベルトと、西部劇に出てくるような古い銃がささっていた。

「何処で盗んだの?」

「勇者殿、盗みは良くない」

 私と師匠が同時に口を開くと、勇者殿は馬鹿にするなと銃を抜いた。

「買ったのだ阿呆!」

「お金はどうしたのよ」

「お前等に隠れて、芝刈りやらスーパーのレジうちをしてコツコツ稼いだのだ!」

 そう言えば最近、勇者殿は家を空けることが多かった。それもこれも、このガンベルトと銃を買うためだったらしい。さすが勇者殿、努力家の鏡である。

「っていうか、じいさん。こんなの買ってどうするのよ」

「むろん、魔王を倒すのじゃ!」

 途端に師匠が鬼の形相でフライパンを持ち出したので、勇者殿は慌ててソファーの影に隠れた。

「待て、私が倒すのはそいつではない! わしの世界にいる、今の魔王じゃ!」

 勇者殿の言葉に、私は自分が生きていた頃のことを思い出す。

 たしか、私が死ぬ以前から次の魔王は製造されていた。

 そもそも私はちょっとした欠陥があり、長くもたないと言われていたのだ。

 それ故すぐに起動できる次期魔王がスタンバイしており、私が倒された後は彼が世界を破壊と絶望の渦に巻き込む予定だったのである。

「もしかして勇者殿は、私とは違い理由があってこちらの世界に来たのか?」

「お主、自分が死んだときのことを覚えているか?」

 尋ねたのは私だが、逆に勇者殿が申し訳なさそうな顔で質問を投げかけてくる。

 正直、自分が死んだときのことは良く覚えていなかった。

 だが勇者殿の銃を見ていると、おぼろげだったいくつかの記憶が色を持ち始める。

「そう言えば私を殺したとき、勇者殿は聖剣とは別の武器を持っていなかったか?」

 それも今持っている銃に似ていたと言えば、勇者殿は頷き、そして師匠がハッとする。

「そう言えばあんたの体、脇腹の所に変な傷があったわよね」

 切り傷とは違う傷だったと師匠が言う。

「そうなのか? 私は良く見えないのだが」

「まあその、私の方が近くで見る機会はあるって言うか」

「確かに、師匠は私の腹部を嘗めるのが好きだからな」

 途端に一発殴られた。

「そうか、小娘は嘗めるのが好きなのか」

「話をそらすな!」

 そう言うと、師匠は赤くなりながら勇者を締め上げる。

「でもどういう事よ、あんたの世界って剣とか魔法とかそう言うので敵を倒す世界なんでしょ」

 死にそうな顔で頷いて、勇者は事情を話すと訴えた。

「私達の世界にはこのような強力な武器はない。故に私は今一度、こちらの武器を得るために世界を越えてきたのだ」

「今一度って事は、あんたは前にも?」

「その魔王を倒す直前、私は世界を飛び越えた。そこの魔王を殺せたのは、この世界で得た武器を使ったからなのだ」

 言葉にされて、ようやく私は思い出す。

 剣で心臓を突きさされたものの、勇者殿は魔力も低く、私の命を奪うまでの実力はなかったのだ。

 だがその直後、魔法とも違う衝撃と痛みが私を唐突な死へと誘った。

「つまりあんた、ズルして勝ったって事?!」

「ズルではない! 世界を飛び越えられたのはひとえに私の実力のうち」

 と勇者殿は言うが、何かが引っかかる。

 その引っかかりについて考えていると、私はついに自分の最後の瞬間をはっきりと思いだした。

 痛みに倒れたとき、私の死を確認しに来た勇者殿の胸から、小さな魔石のような物が私の上に落ちたのだ。

 それが体に触れた瞬間、私の体は師匠のダイナーの前にあった。

 多分あの石こそ、世界を転移する魔力を秘めた物なのだろう。

 しかしそれをここで言うと、勇者殿が師匠にけちょんけちょんにされてしまう気がしたので、私はあえて黙っていた。

「お陰で私は勇者となった。だがしかし、程なくして現れた新しい魔王はお前をも上回る強さと残忍さを持つ者だったのだ」

 多くの勇者が戦いを挑んだが破れ、その上魔王はたくさんの町や村を破壊しているという。

「勇者の数も3分の一まで減り、世界はめちゃくちゃだ」

「では勇者殿はそれを救うために今一度この世界へ?」

 尋ねると、勇者は首を横に振った。

「わしは逃げてきたのだ。あまりに多くの勇者が死に絶えた故、歴代の勇者を引っ張り出そうという話が持ち上がってな」

 情けないと師匠は言うが、老人となった勇者殿に二度も世界を救えと言うのは酷な話である。

「だが勇者というのは面倒な物でな。それはもう、鬱陶しいくらいに魔王を倒せというお告げが来るのだ」

 それに今自分が幸せな分、お告げと称して見せられる悲惨な故郷の状況が辛かったと勇者は告げる。

「私には世界を救える可能性がある。なのに何もしないというのは、やはり勇者として心苦しいのだ」

「だから勇者でありながら、パートをしてたのだな」

「今回の魔王はこやつよりずっと強い。武器を買う金はなかったが、折れた聖剣で戦える相手ではないのだ」

 苦渋の選択だという勇者に、師匠がため息をつく。

「ちなみに聞くけど、あんたケリーお婆ちゃんのことは諦めたの?」

「諦めていないこその選択だ! 魔王を打ち倒し、二度目の栄光を手にした暁には彼女に結婚を申し込む予定だ!」

「そもそも交際も上手くいってないのに?」

 師匠の言葉に勇者殿が悲鳴を上げたが、残念ながらフォローは出来なかった。

 実際仲は良くなっている物の、恋人と称するにはケリーの勇者殿を見る目は冷たい。

「それにあんた、こんなしょぼい銃で魔王なんて倒せるわけ?」

「弾も6発ある!」

 そう言って勇者が銃を構えたが、その銃は所々錆びていた。

 私を殺したときの物の方がまだマシだろう。あれもずいぶんとしょぼかったが。

「っていうか、言ってくれたら援助したのに」

「こっ小娘の手助けなど……」

「でも、銃ならうちに腐るほどあるし」

 その言葉に勇者が驚き、私もまた驚いた。

 もう半年ほどこの家にいるが、銃のたぐいを見たことは一度もなかったからだ。

「隠してあるからね」

 微笑む師匠を見た途端、手助けはいらないと言った事を、勇者殿は無かったことにした。

 必死で泣きついているところ、多分本人が一番、あの銃では勝ち目がないことに気付いていたのだろう。

「うちのも最新式とは言い難いけど、いらないからあげるわ」

 そう言いながら師匠が私達を案内したのはガレージだ。

 その一角には地下室へと続く小さな木の扉があり、それを降りるとホコリまみれの空間に所狭しと銃が置かれていたのだ。

 あまりに乱雑に置かれていた故一瞬オモチャにも見えたが、どうやら全て本物らしい。

「拳銃はもちろん、ショットガン、サブマシンガン、狙撃銃にマグナムにロケットランチャー。あと手榴弾、催涙弾にプラスチック爆弾等なんでもあるわよ」

 まるで映画で見たスパイの隠し部屋のようである。

「しっ師匠は何者なのだ?」

「これは私のじゃなくてパパのよ」

「パパさんは何者なのだ」

「ダイナーをやる前は軍隊にいたって話してたけど、正直よく知らないのよね」

 それにここまでではないが、この国では家に銃があることが当たり前らしい。

 なので師匠も最近までこの部屋がおかしな物だと気付かなかったそうだ。

「正直これがやばいってわかったのは良いけど、処分も出来なくて困ってたのよ。だからよかったら、全部持って行って」

 師匠が言うと、早速勇者が銃を漁りだした。

「でも良いのか? パパさんの形見なのだろう」

「私が持っていても役に立たないし、形見に縋るほど私はもう弱くはないから」

 その笑顔は彼女らしい強さに満ちていて。

 でもそれでも彼女が一人になるのは寂しい気がして、私は師匠の手を握った。

「ならこれからは、私が師匠の彼氏兼武器になろう」

「たしかに、ロケットランチャーよりあんたの方が強そう」

「実際強いぞ」

 一度は銃に負けたが、それは不意打ちを食らったからだ。

 今ならば弾を止めることも跳ね返すことも可能だと笑えば、何故だか師匠はほんの少し不安そうな顔をした。

「じゃあこれ全部よりあんたの方が強いんだ」

「うむ。それにこれは勇者殿には秘密だが、私の力には制限がかかっていたのだ。ある意味私は魔王としては失敗作でな、力がありすぎる故にその能力の殆どを封印されていた」

「ちなみに聞くけど、新しい魔王とあんただとどっちが強いの?」

「余裕で私だな。私が魔王であった頃、既に次期魔王は製造されていたが私ほどの力は出なかったと聞く」

「……じいさんのレジ打ち、本当に無駄だったかもね」

 酷く疲れた顔で師匠はこぼした。

※2/26誤字修正しました(ご指摘ありがとうございます)

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