Episode54 うるさい
「あのうるさいハエをどうにかしてくれないかね」
唐突にケリーが家を訪ねてきたのは、師匠と勇者が二人で出かけている時だった。
以前は仲が悪かった二人だが、勇者殿が歩み寄りを見せたお陰か、殴り合いの喧嘩は日増しに減っている。
さすがに1ヶ月も一緒にいれば慣れてくる物もあるようで、最近は私抜きで買い物に行くまでになった。
未だ口での喧嘩は良くあるが、気が合わないわけではないようなのだ。
好きな映画やドラマの傾向は似ているし、私が嫌いなジェイソンさんも二人で楽しそうに見ている。
そしてなぜだか、私はそれが少し面白くない。
「ちょっと、聞いているのかい!」
「すまない、ちょっと拗ねていた」
「ともかくあのじいさんが家に来ないようにしておくれよ。毎日毎日愛の詩を大声で読まれて、こっちは迷惑してるんだ」
「愛の詩はダメか? 二人で頑張って考えているんだか」
「お前の所為かい!」
そう言って、ケリーはその細腕からは想像のつかない怪力で、私の襟首を締め上げる。
「だって、女の人は愛の詩に弱いとケリーが教えてくれたから」
「せめて手紙にして送れ。あとケーキをこっそりポストに入れるのもやめさせてくれ」
「頑張って作ってるのに」
「人を糖尿病にさせる気かい!」
そう言って頭を叩かれ、私は激痛に呻く。
「とにかく迷惑だからやめさせてくれ」
「しかし勇者殿は本気なのだ。それに私は魔王だし、愛の力には太刀打ちできない」
そういうと、ケリーが呆れ顔でため息をこぼした。
「そもそもねぇ、私には夫がいるんだよ」
「でも亡くなっているのだろう? それに師匠も言っていたのだ、ケリーはまだ若いし再婚相手を探しても良いと」
「あれだけはごめんだね」
「そんなに嫌なのか?」
「嫌だね、あんな欠点しかないようなジジイ」
「よければどこか悪いか教えてくれ。正すよう勇者殿に伝えておく」
きっと勇者殿のことだ、その欠点を克服しようと修行を積むに違いない。
「じゃあ、おっきい紙とペンを持っておいで」
言われるがままそれらを持ってくると、ケリーはその紙が真っ黒になるくらい沢山の欠点を上げた。
「わかった、全て伝えておく」
「さすがにこれで懲りるだろう」
「どうだろう。彼は幾多の困難を乗り越え、私を打ち倒した勇者だぞ」
そんな馬鹿なとケリーは鼻で笑う。
「これを聞いてもまだ愛の詩を読むようだったら、デートくらいしてやるさ」
そう言ってケリーは家に帰って行った。
そしてその翌日、私は勇者からデートの最適なレストランの場所を聞かれた。