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魔王はハンバーガーがお好き  作者: 28号
魔王と勇者と恋の章
59/102

Episode53 いつの間にか

「いつの間に店員が増えたんだ」

 久方ぶりに店を訪れたチャーリーが指さしたのは、危うい手つきで皿を片づけている勇者殿だった。

「彼は異界人なのだ。私と同じ世界から来て、帰る術がないというので師匠のうちに暮らしている」

「じゃあ宿賃変わりに働かせているのか」

「私が二人分稼ぐと言ったのだが、家に置いておくのは危険だと師匠が主張してな」

 コップを派手に割っている彼の姿を見て、チャーリーはなるほどと頷く。

「でも最近あの子が不機嫌な理由がわかったよ。せっかくの二人暮らしにあんな邪魔者がいちゃな」

「師匠が不機嫌なのは、彼が私を殺そうとするからだとおもうが?」

「殺人鬼には見えないけど」

「殺人鬼ではなく勇者だ」

「まあ、あの子とお前の仲を邪魔するなんて確かに勇者だけどさ」

 そう言う意味ではなかったが、チャーリーの言葉に私は不安になった。

 最近勇者殿が気がかりで、師匠と語り合う時間が少なくなっているのは事実だ。

「老人介護は大変かも知れないけどさ、あの子のご機嫌もちゃんと取れよ」

 最近学校ですげぇ荒れてるんだ。

 そう言うチャーリーの言葉に、私は慌てて師匠のいる厨房に駆け込んだ。

 言われてみると、師匠はいつもの5倍は不機嫌だった。その上少し元気がないようで、どこか惚けた顔でトマトを切っている。

「師匠すまない! 私は師匠を蔑ろにしていた!」

 そう言って背後から抱きつけば、師匠がギャーと叫んで包丁を振りまわした。

「突然なによ!」

 怒る師匠が怪我をしないように包丁を取り上げて、私は師匠にすまないと謝罪をする。

「チャーリーに言われたのだ。勇者だけでなく師匠の相手もちゃんとしろと」

「そっそんな事で拗ねるほど子どもじゃないし……」

 と言いつつ、師匠が視線をそらす。

 師匠が目をそらすのは、本音を隠したいときだ。

「嘘をつかなくて良い」

 そう言って私は師匠の顔を私へと向けさせる。

「私は師匠に不快な思いをさせたくない。勇者殿を家に呼んだのは私の我が儘だし、それで嫌な思いをしているならちゃんと言って欲しい」

 私の言葉に、師匠はようやく私の目を見てくれた。

「正直言うとね、私あの人苦手なの。無駄に態度がでかいところとか、週に1回しかお風呂に入らない所とかは我慢できるんだけど、やっぱりあんたに剣を向けた奴には優しくできない」

 その上師匠は、自分は心が狭いのだと悔やむ。

「それに私、本当はずっと……」

 何か言おうとしたが、師匠は急に黙り込んでしまった。

 どうしたのかと尋ねようとして私は思わず息をのむ。下を向いた師匠の肩が、震えているのに気付いたのだ。

「泣いているのか?」

「大丈夫。ただちょっと怖くて…」

 絞り出したその声は、いつもの師匠からは考えられないほど細く、そして弱々しかった。

「あんたのこと守るって言ったけど、毎日毎日不安で…。あの勇者が突然また襲ってきたらどうしようとか、あんたに何かあったらどうしようとか」

「勇者殿はそんなことはしない。不意打ちや奇襲は彼の正義に反するし、聖剣がなければ私を傷付けることは出来ない」

「それはわかってるの。一緒にいるとあのじいさんが悪い人じゃないってわかるし、今はあんたよりケリーにお熱だし」

 だがそれでも怖いのだと言いながら、師匠は私の服をギュッと掴んだ。

「魔王がいなくなったらって、前より頻繁に思うようになっちゃうし、一度思うと不安な気持ちが消えてくれなくて……」

 そこで、師匠がきつく唇を噛んだ。

 こらえる声と、涙が落ちるかすかな音で私はようやく気付く。彼女がどれほど強く、私の身を案じてくれていたかを。

「ありがとう」

 そう言って体を抱き寄せれば、師匠の涙とこらえていた声が私の胸にぶつかった。

 まるで子どものように泣きじゃくる師匠を抱きしめながら、私はただひたすらに「ありがとう」と「すまない」を繰り返す。

 それしか言えぬ自分が歯がゆくて。師匠の涙を止められない自分が悔しくて。

 なのにほんの少しだけ、嬉しいと感じてしまったのはやはり私が魔王だからなのだろう。

 もし自分が人だったらと。もしこの世界で生まれ、ただの人として師匠と出会えていたらと私は願う。

 そうすれば師匠を泣かすこともなかったし、泣く師匠を見てこんな汚い感情を抱くこともなかっただろう。

「すまない」

 そう繰り返して、でも師匠の体を手放すことも出来ぬまま、私はただ立ちつくしていた。



 それからどれほどの間、そうしていたかはわからない。

 いつの間にか師匠の体が重くなり、気がつくと彼女は気を失うように眠っていた。

 よく見れば目の下に濃いクマがある。

 師匠の不安に気づけなかった自分を悔やみながら、私は師匠を抱きかかえたままホールに出た。

「あの男は帰ったぞ」

 そう言ったのは客のいないホールに一人立つ勇者殿だった。

「申し訳ないが、店のネオンを消してきてくれないか? 今夜は店じまいにしたい」

 私が言うと、勇者殿は頷いた。だが彼は店を出る前に、ふと足を止める。

「その娘に、謝っておいてくれないか?」

「それは構わないが何かあったのか?」

 皿でも割ったのかと尋ねると、勇者殿は悔やむような顔で首を横に振った。

「いつの間にか私は勇者としての心得をすっかり忘れていたらしい」

「心得?」

「魔王にすら少女を思いやる気持ちがあるというのに、私にはそれすらなかったようだ」

 それから勇者殿は、チャーリーから私と師匠がどのように出会い、暮らしていたかを聞いたと告げる。

「あの男の話を聞いて思ったのだ。私は大きな間違いを犯していたのかもしれないと」

「勇者殿でも間違える事があるのか? 過ちを犯すのは魔王の仕事ではないのか?」

「わしもそう思っていたが、それこそが過ちなのだろう」

 そう言って、勇者殿は苦笑する。

「その娘が不安で壊れてしまわないよう、これからはわしも協力しよう」

 それは非常に助かる申し出だった。

 悔しいが、私は不安を与えるのは得意だが不安を拭う術を持たないのだ。

「やはり勇者殿は頼りになるな」

「そんなことはない。むしろ勇者にも出来ない事は沢山ある」

「例えば?」

「……1週間に2回以上は風呂に入れない」

 石鹸のにおいが嫌いなのだと、勇者殿はポツリとこぼした。

 どうやら、私は魔王であるにもかかわらず、勇者殿の弱点すら知らなかったようだ。

 それに驚くと同時に、言葉を交わす事がいかに重要であるか、私は再確認する。

 師匠の不安も、勇者殿が風呂嫌いな理由も、ちゃんと言葉を交わせばすぐにわかったことなのに、それを怠った所為で二人を不快にさせてしまった。

 これからは師匠ともっと言葉を交わそう。

 そして勇者殿のために薔薇の香りのソープを買おう。

 そう決意して、私は腕の中の師匠を強く抱いた。

10/16誤字修正しました(ご指摘ありがとうございました)

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