Episode48 ドライブ
『今年の目標は、愛しのダーリンとのドライブデート♪』
と書かれた師匠の日記を見つけたのは、ダイナーのレジカウンターの奥からだった。
今日は今年最後の営業で、私と師匠は閉店と同時に、店の大掃除に取りかかっていた。
そのさなか、帳簿や発注伝票が押し込められたカウンターの中から、私はそれを見つけたのだ。
「師匠」
「何?」
「師匠の今年の目標と去年の愚痴が書かれた日記帳を見つけたのが、これは取っておくのか?」
その直後、師匠が物凄い勢いで私の手から日記を奪った。
「あんたまさか、中見た?」
「師匠が今年の目標の覧に、超格好いい男とドライブデートがしたい(できたら車の中で裸を見たい)と書いてある部分は読んだ」
直後、師匠のこぶしが顔面にめり込んだ。
「女の子の日記を読むなんて最低!」
「日記だとは知らなかったんだ」
そう言いつつ日記を渡せば、師匠は中をぺらぺらとめくりつつ、頼りない足取りで奥のカウンター席に移動する。ページをめくるたびに恥ずかしそうに頭を抱える師匠はとても可愛くて、私も彼女の向かいの席に座った。
「……あんたは掃除してなさいよ」
「少しだけこうしたい」
ダメかと尋ねると、師匠は顔を赤らめたまま好きにしなさいと言い放つ。
「しかし、そうしてると師匠はまだ子どもっぽいな」
「どういう意味よ……」
「最近、ケリーがよく言うのだ。師匠は、ここ数ヶ月で急に大人になったと」
前はもっと落ち着きがなくて、男も取っ替え引っ替えで、柄も態度も悪くかったと、ケリーは勿論近所の人たちも言っていた告げれば、師匠はふくれ面を日記で隠す。
「私も若かったというか、色々あったのよ」
「たしかに、日記の師匠はとてもハイテンションだな」
その上ふしだらだと告げれば、師匠は肩を落とした。
「幻滅したなら素直に言いなさいよ」
「なぜ幻滅すると思うのだ?」
本心からそう言うと、何故か尋ねた師匠の方が困った顔をした。
「ケリーが言っていたのだ。18の少女というのは皆ふしだらな物だと」
逆にそれが普通であるなら、幻滅するどころか心配なくらいである。
「我慢していると言うことはないか? 本当はもっとふしだらな事をしたいのではないのか?」
「ふしだらの意味、わかっていないでしょあんた」
「素行が悪いことだろう」
「うんまあ、そうなんだけど」
日記を閉じて、師匠はそれを脇へ追いやった。
「私は今の自分の方が好きなの。だからその、ふしだらなことは卒業したの」
「そうなのか」
「そうなの」
「ならいい。でももし、ふしだらに戻りたいなら言ってくれ。全力で手伝うから」
「……うん、ありがとう」
若干怪訝そうな顔だったが、師匠が落ち着いたようなので、私は掃除に戻ることにした。
だが席から立ち上がった私の手を、師匠が突然掴む。
「どうした? やはりふしだらなことをするのか」
違うと怒鳴った後、師匠は赤い顔のまま、上目遣いに私を伺う。
「実はその、あんたが読んだ今年の目標、まだ叶って無くてさ」
「それはつまり、車の中で裸になりたいと言うことか?」
「それは良いの! ただドライブデートがしたいの!」
言ってから、何故だか師匠は悔しそうに顔をゆがめる。
「今年は男運悪くて、そう言うの全然出来なかったの……。だから明日とか、あんたが暇ならどうかなって」
「暇だからいいぞ」
「…その返事、何か微妙」
「ふしだらでもいいぞ」
「……もう、いいや」
どうやら私は師匠の期待を裏切ってしまったらしい。
「悪い所があったのなら言ってくれ、修正する」
「ううん、私が勝手に色々期待しただけだから良いの」
「その期待に応えたいのだ!」
結局師匠は何も教えてくれなかったが、もしかしたら師匠はふしだらなことをしたいのかも知れない。
ならば期待に応えるのが私のつとめであろう。
超はつかないかもしれないが、いちおう人からは褒められる顔だ。
少々寒いが、明日のドライブでは裸になるべきであろう。
「明日は、脱ぎやすい服にしよう」
そう決意して、私は掃除に戻った。
でも勿論これは師匠には秘密だ。その方が、きっと師匠も喜んでくれるはずである。