Episode46 ケーキ
「クリスマスイブの夜、高校でパーティがあるんだけど一緒に行かない?」
師匠にそう誘われた瞬間、私は多分5秒ほど気を失っていたと思う。
クリスマスにパーティがあるのはずいぶん前から知っていた。そしてそこで師匠が歌う事も知っていた。
けれどハロウィン以降「悪い虫がつかないように」というよくわからない理由で、私はこの手の宴への参加を師匠から拒まれ続けていたのだ。
それでもこのパーティだけは一緒に行きたかった。クリスマスは大事な人と過ごす物だとテレビで見たし、昨日ちらりと見た師匠のドレス姿はうっとりするほど美しかったのだ。
「ねえ、聞いてるの?」
「いっいく! 勿論行く! 殺虫剤も沢山買ってあるし問題ない!」
「そんな物よりタキシード買いなさいよ」
悪い虫は良いのかと質問したが、師匠には無視された。
「ともかく明日の夜は絶対開けておいてよ」
絶対を3度ほど繰り返し、そして師匠はリハーサルのために学校へと出かけていった。
一人の家は少し寂しいが、パーティーのためなら我慢できる。
今日からクリスマスまでは店も開けないので暇だったが、師匠と一緒に行けるパーティーのことを考えていると時間はあっという間だ。
だが師匠がいなくなってから2時間ほど過ぎた頃、突然聞き知った怒鳴り声が家の外から聞こえてきた。
慌てて窓から外を覗けば、怒鳴り声の出所は向かいの家、つまり我がギャング団のリーダーアルファの家からだった。
「ママなんて大っきらいだ!」
怒鳴りながら家を飛び出したのはアルファだ。それをアルファのママが追おうとしたが、無駄に足の速いアルファに追いつくのは至難の業だろう。
それを見ていられず、代わりに家を飛び出したのはもちろん私だ。
走り去るアルファは道ならぬ道ばかりを選ぶので、私は人様の家の屋根を3つほど飛び越え、雪だるまのイルミネーションが光る家の裏庭で、彼を捕まえた。
「不法侵入で訴えられるぞ」
自分のことを棚に上げてアルファがそう言うので、私は姿を見えなくする魔法をかける。これで話を折られることはあるまい。
「なぜママさんに大嫌いなどど言った。明日はクリスマスだぞ」
悪い子の所はサンタが来なくなるぞと続ければ、アルファが私をにらみつけた。
「ママがいけないんだ! ママが約束破るから!」
「約束?」
「クリスマスは一緒にいられるって言うのに、仕事が入ったって言うんだ!」
そう言いながら口をへの字に曲げるアルファ。この顔は、涙をこらえるときに彼が良く浮かべる表情である。
「毎年毎年仕事で、でも今年は一緒にいられるって言ったのに……」
「確かにそれはママがいけないな。約束は破るべきではない」
「そうだろ!」
「でもああやって怒鳴って逃げるのも良くない。約束を破るのがママさんの本意でなかったとしたら、破った方もきっと傷ついているはずだ」
僅かな間の後、アルファの視線が下がる。
「……ママも、一緒に過ごしたいって言ってた」
「なら怒鳴ってはダメだ」
「でも嫌だったんだ、クリスマスを一人で過ごすなんて」
「ママさんはいつまで仕事なんだ?」
「明日の夕方からクリスマスの翌日まで」
ずいぶんと長い。アルファのママは良く海外出張というのをするから、きっと今度もそうなのだろう。
「……確かにずっと一人は寂しいな」
「こんな事なら、サンタさんにはテレビゲーム頼んどけば良かった」
「頼んだのは別の物なのか?」
「ママと一緒にいられると思ったから、今年はボードゲームにしたんだ」
でも一人じゃ楽しくないと告げるアルファはとてもとても寂しそうで、私はもう見ていられなかった。
心の中で師匠にごめんと謝って、私はアルファの肩に手をかける。
「ならば今年は私と過ごそう。そうすれば寂しくないだろう」
「いいの? 予定あるんじゃないの?」
「リーダーが一人でいるのに、私だけ楽しむ事など出来はしない」
「じゃあうちでクリスマスの料理食べよう! ママがそれだけは作ってくれるって言ってたんだ」
「クリスマスの料理とやらは、ハンバーガーより上手いか?」
そう尋ねればアルファはようやく笑顔になって、ママの料理がいかに素晴らしいかを語り出した。
そのまま二人で手を繋いで家に帰り、アルファは不機嫌ながらも、ママと仲直りした。なんとか一件落着である。
……がしかし。
そうなると、問題は私だ。
約束を破ったことで師匠が酷く怒るのは予想できる。
それにきっと、師匠との約束を破った私の所に、サンタさんも来てはくれないだろう。
彼に頼んだプレゼントは物凄く欲しかった物だが仕方がない。それに今はプレゼントより師匠にどう謝るかだ。
殴られたり怒鳴られたりするのは良い。だがもし怒り狂った師匠に「違う人とパーティーに行く!」なんて言われたらきっと私は立ち直れない。
それだけは回避したい私は、師匠が好きなシェイクを作り、魔法で彼女が食べたいと言っていたケーキを用意して師匠の帰りを待った。
「ただいま」
そして帰ってきた師匠はそのケーキを見て、そして静かに告げた。
「今日は何したの?」
「まだ何も言っていない」
「あんたが私にケーキ用意する時は、後ろめたいことがあるときでしょ」
さあ白状しろと言われたので、私はアルファの一件を話した。てっきりシェイクを投げられるかと思ったのに、師匠は「何だ」と言っただけだった。
「怒らないのか?」
「他の女の子と約束してたとか言われたら殴ろうと思ったけど」
「でも先にした約束を破ってしまった」
「ギャング団の掟その2を言ってみて」
「『友達が困ってるときは必ず助ける』」
「ならあんたのしたことは正しい」
むしろ問題はこのケーキの大きさだと言いながら、師匠はクリームをなめとった。
そんな彼女を見ていたら何故だか胸が酷く苦しくなった。
その上、気がつけば師匠に背中から抱きついた。
「ちょっ、何で!」
「わからない。でもこうしたい」
「こうしたいってあんた!」
「…言い訳のように聞こえるかも知れないが、師匠とパーティーには行きたかったんだ」
「わかってるわよ」
倉庫に殺虫剤積んであったしと繋ぎながら、師匠はもぞもぞと体を動かし私と向き合う。
「だから来年一緒に行こう」
「来年も一緒にいて良いのか?」
「いないつもりだったの?」
「いたい」
そう言って師匠の髪に顔を埋めれば、師匠が私の頭を優しく撫でてくれる。
「でもその代わり、ひとつ条件」
「何でも聞く」
「パーティ終わったらすぐ帰ってくるから。だから私も、お子様パーティーに混ぜて」
「もちろんだ、アルファは師匠のことを尊敬しているし、きっと凄く喜ぶ」
「あんたは喜ばないわけ?」
「勿論嬉しいぞ! 今も涙と一緒に目からビームが出そうで困っているくらいだ」
「人の肩越しに撃ったら絶交だから」
「出ないように頑張る」
アルファのように口をへの字に曲げて、私は師匠の体に身を寄せた。




