Episode04 甘える
「はい、あーん」
「あーん」
と、窓際の席にかけているカップルがポテトを食べさせあっているのをじっと見つめていたら、少女に殴られた。
「じろじろ見ないの」
「見ようと思っているわけではない。なぜか目に入ってしまうのだ」
私がいた世界では、男女は慎ましやかな交際をする物だった。とくに婚儀を終えるまでは。
ふれ合いといえばせいぜい手に触れたり、軽いキスをするくらい。
しかしこちらでは、一つのポテトを両端から食べ合ったり、食事をしながら男性が女性を膝の上にのせたり、鼻についたケチャップを嘗めあったりするのだ。
破廉恥である。しかし、なぜだか、見ていると目がそらせなくなるのである。
それを素直に言うと、
「たまってるんじゃないの?」
と少女に言われた。
どういう意味かと返したら殴られた。
「あんたさ、恋人とかいないわけ?」
「魔王を愛してくれる者がいると思うか」
「あんた、性格はともかく顔はいいし」
「この世界では、顔がよいと異性にもてるのか?魔王でもか?」
「ちなみに体は?鍛えたりしてる?」
「一応鍛錬は欠かしていない」
「腹筋とか割れてれば、問題ないんじゃない?」
割れているとはどういうことだろうか。私の腹は当てはまるのだろうか。
そう思い、「確認してくれ」と服をめくりあげたら、少女が真っ赤になって私を殴り飛ばした。
今日はよく殴られる日だ。
殴られた勢いで床にひっくり返ると、逆さまの世界で男女が微笑みあっているのが見えた。
今日もこの世界は平和だと、思わせてくれる暖かな微笑みだった。
けれどそれを眺めていた私の脳裏には、暗闇と恐怖に囲まれていた私の日常が思い出させた。
同時に、今見ているすべては夢で、私はまだあの暗い世界の住人なのではないかという考えに支配される。
・・・がしかし。
「ほら、おきな!」
少女に蹴られた腹には鈍い痛み。そうか、やはりこれは夢ではない。
「なにニヤニヤしてんのよ、やっぱり欲求不満なわけ?」
「いや、私は満たされているよ」
私が笑うと、少女は意味がわからないとつぶやきながら、起きあがる私に手をさしのべてくれた。