Episode39 食事
最近師匠の営むダイナーに客が増えてきた。
師匠の話では、ホリデーシーズンというのに突入したかららしい。
このホリデーシーズンになると、この国の人々は家から遠く離れた場所まで旅行に出かけるのだそうだ。
ダイナーの側の道、ルート66を車やバイクで走る旅行が流行っている事もあり、今年はいつもより客が多いのだろうと師匠は話していた。
ホリデーシーズン以外でも、目新しい客が来ることは珍しいことではない。
だから最初の頃はさほど躊躇うこともなく、客入りの良い店に私も喜んでいた。
けれど、それは間違いだった。
その日店を訪れていたのは、バイクを乗って旅をする若者達の一団だった。
彼らはみな若く、何かにつけて師匠を呼びつけるところが何故だか少し気に入らなかった。
お客様は神様だと教えられているので勿論何も言えないが、師匠が彼らに微笑んでいるのも本当は少しいやだった。
「ねえ、明日もこの街にいるから良かったら食事しようよ」
若者達の中でも、ひときわ背が高くて顔が整っている男がそう言えば、師匠は笑顔でどうしようかと悩んでいる。
途端に、何故だか心の内にどす黒い感情がわき上がってきて、私は慌てて店を飛び出した。
そのまま店の裏手に回り、黒い感情に支配されないよう気を付けながら魔法で深い穴を掘り、その穴へと飛び込んだ。
どれくらいじっとしていたかはわからない。だがふと上を見ると、師匠がこちらをのぞき込んでいた。
「……何してるの」
「悪い魔王が出そうだったから、ここでたえていた」
「悪い魔王?」
「昔の私だ。人を見ると、その、殺したくなる感じだ」
「…ねえ、そっち行ってもいい?」
言うやいなや穴に飛び込んできた師匠を、私は慌てて抱きとめる。
「お客は良いのか?」
「もう帰ったから」
その言葉に、私はまたさっきの光景を思い出してしまった。
途端に悪い魔王が出そうになったので、慌てて膝を抱えて座り込む。
「いかないよ、食事」
「まっまだ何も聞いていない」
「出てるから、顔に」
慌てて顔を手で押さえれば、師匠が笑いながら隣に座った。
「嫉妬はしてくれるようになったんだ」
「嫉妬ではなく、これは殺意だ」
「同じよ。私もあんたが女の子に誘われているところを見ると、相手の子を殺したくなるし」
「し、師匠も悪い魔王になるのか?」
「みんななるのよ、宝を取られそうになるとね」
「…私は、師匠の宝か?」
「嫌なの?」
嫌なわけがない。
「だから、もう穴掘らなくて良いわよ。埋めるの大変だし」
「…すまない」
「あと、私はあんたがいやだって思うことはしないから、ちゃんと言葉にしてくれると嬉しいかな」
「チャーリーやスティーブは良い、でもさっきの男と食事に行かないでくれ。一人にされたら、私はきっと悪い魔王になる」
「じゃあ行かない。私良い魔王が好きだもの」
そう言って微笑む師匠を見ていたら、何故だか突然体が無意識に動いた。
「な…んで…」
師匠は真っ赤になって口を押さえている。
「どうしてだろう、何故だか突然こうしたくなった」
「ひっ人にキスしておいて、何なのよその言い草は!」
そうなのだ、気がついたら私は師匠にキスという奴をしていたのだ。
「私も困っているのだ、自分の体が無意識に動くなんて初めてだから」
どこか壊れてしまったのかと悩む私の頭を、師匠が叩く。
「む、無意識で許されるの、一回だけだから…」
「じゃあ2回目は駄目か? なんだか、凄く気持ちが良かったんだが」
「そう言うことをしれっと言うな!」
「口づけがこんなに素晴らしい物だとは知らなかったのだ。可能ならもう一回したい」
「だめ!」
「わかった、じゃあ今度チャーリーかスティーブにお願いする」
「それも駄目。絶対駄目」
「なら師匠にして欲しい」
私がお願いすれば師匠は呆れ顔でもう一度私の頭を叩く。
「子どもが親にねだるのと同じか」
「駄目か?」
「……おでこだったらしてあげても言い」
それでも良いと頷けば、師匠が優しい口づけをくれる。
「うん、やっぱり唇が良いな」
我が儘言うなと、口づけの変わりに張り手を送られた。4回も。