Episode32 ワイングラス
「そう言えば、あんたってお酒飲めるの?」
ハロウィンの翌日、師匠がそう言いだしたのにはわけがある。
昨日お菓子の呪文を使った際、お菓子の変わりにお酒や食べものを持ってきてくれた人がいたのである。
「これ、高いのよ! でもいつも庭のお手入れをしてくれるお礼に、今日は奮発しちゃう」
と隣の老婦人ミシェルさんが私にくれた古いワイン。それを師匠は昨日からやけに気にしていた。
「酒を飲んだことはないな」
「でもあんた、最初にワイン注文してたじゃない」
「我が城にあったワインは酒ではないのだ。赤い色は同じだが、中身は別物だ」
「もしかしてそのワイン、吸血鬼映画に出てくるようなワインだったりするわけ?」
「うむ、人間の血液だ」
「なんか、あんたの世界って結構ホラーよね」
「もちろん全てのワインが血液というわけではないし、私の世界でもブドウを用いるのが一般的だ。でも『血液を飲む』と言うとちょっと怖い感じがするので、私はそれをワインと呼んでいたのだ」
見た目が似ているし、その方がちょっと洒落た感じもするだろうと主張すれば、師匠はどこか呆れたような顔をした。
「じゃあせっかくだし、本物のワインも飲んでみたら?」
「ちなみにどんな味なのだ?」
「未成年にそう言うこと聞くわけ?」
「酒癖が悪いとアルファが言っていたので、よくたしなんでいるのかと」
「あのガキ、いつかしめる」
そう言いつつ、ちゃっかりワイン用のグラスを二つ持ってくるあたりアルファは嘘つきではないらしい。
「一口だけだもん」
と言いつつ二つのグラスに同量のワインを注ぎ、私達はグラスを打ち合わせた。
渋く、そして穏やかな熱をもたらすその飲みものは、美味と不快の間を行き来する不思議なものだった。
同じブドウから作られたものなら、ブドウジュースの方が好みだが残すのも失礼なので、私は残りのワインを一気にあおる。
そしてその直後、私の意識は暗転した。
目が覚めると、そこは荒野の真ん中だった。
師匠の家にいたはずなのに、なぜか目の前にはROUTE66と書かれた道路標識が夕日をバックに佇んでいる。
だが店の近くではないようで、その看板を除けば立っているは遠くの岩山と、点在するサボテンくらいだ。
何が起こったのかとあたりを見回せば、私の横では師匠が膝を抱えて座り込んでいた。
「師匠、なぜ私達は家を出ているのだ? 時間も、かなりたっているようだが…」
「…自分で思い出せ、このどすけべ魔王」
なぜか、師匠は耳を夕日色に染めながら静かに怒っていた。
どうやら私は、何か大変なことをしでかしたらしい。
その証拠に、私は無傷なのに、師匠の腕や首には何か赤い痣のようなものが散っている。
「師匠、まさか私は師匠に乱暴を働いたのか?」
と側に寄った瞬間、顔面に師匠の拳がめり込んだ。
「この傷のことには触れないで」
「しかし」
「触れないで」
繰り返す師匠の声は有無を言わせず、私は黙り込むしかなかった。
沈黙は長く続き、そして終わりは見えそうにない。
どすけべとは何だろうかと考えることにも飽きてきた私は、仕方なく、先日見た映画を真似て、道に向けて親指を突き出してみる。そろそろ店の開店時間だが、どういうわけか乗りものも傍にはなかったし、まだ若干アルコールが残っているので魔剣で帰るわけにはいかない。
けれど道を走る車のヘッドライトは見えず、結局そのあと三時間ほど私達はその場に座っていた。
その翌日、師匠が家中の酒をゴミに出した。
酒は体に悪いらしいので、良い心がけだと師匠を褒めたら酷く殴られた。
どすけべの意味は、未だ教えてもらっていない。
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