AnotherEpisode3 「可哀想な子、みたいな目で見られるから話したくない」
Episode30.5話 別視点です。
「今日、ため息多いよね」
そう指摘されたのは、化学の時間のことだった。
指摘してきたのは、実験のパートナーになっている友人のチャーリーだ。
「何でもない」
「今日だけで38回だよ」
「何で分かるのよ。っていうか、いつから見てたわけ?」
「……可哀想な子、みたいな目で見られるから話したくない」
既に私の中での彼は魔王と同じ可哀想で頭の弱い子ポジションだが、それを言うと更に可哀想な顔をするので私は黙っていた。
「それで、どうしたの?」
「魔王のことでね」
「喧嘩でもした?」
「……あいつに、ひどい事してるの」
「俺だったら話、聞くけど」
思わず告白すると、実験もそっちのけで彼は私に顔を向けた。
「実はあいつに、ここ5日間レタスしか食べさせてないの」
「……予想外な上に予想以上に酷いな」
「私、先週発注ミスしちゃって……。いつもの3倍の量のレタスが届いちゃって…」
「……」
「処理しきれなくて、体のためとか言って、魔王を毎日レタス漬けにしちゃったの」
今朝もパンにレタスだけ挟んだサンドイッチ置いて来たと告白すれば、チャーリーはさすがに苦笑いである。
「私、凄く酷い事してるわよね」
「俺だったら発狂してるかな…」
「普通そうよね。っていうか気付くわよね! 大量のレタスを実際見ているわけだし」
「…あり得ないけど、あいつ抜けてるからなぁ」
「それどころか、自分の体の心配してくれてるなんて! とか感動までしてる」
「むしろこっちの心臓が痛いなそれは」
「やっぱり打ち明けるべきかな。けどさすがに今回は怒ると思うのよ、怒って見放されると思うのよ」
思わずこぼせば、チャーリーは唸る。
「言うべきだと思うよ。もし見放されても、君には俺が……」
チャーリーの言葉の途中だったが、先生がこれ見よがしな咳をしたので話を中断させることにした。
「ごめん、こんな話して」
私の言葉に、やっぱりチャーリーは可哀想な顔をした。
その日の店が終わったあと、私は6日ぶりに魔王にハンバーガーを作ってあげた。
ポテトも付けてあげたら、泣かれた。
「やっぱり、サラダだけってのもね…」
最初はそう言って誤魔化したが、心の底から美味そうにハンバーガーを食べる魔王を見ていると、さすがに罪悪感がわいてくる。
「魔王、あのね…」
意を決して告白しようとしたとき、魔王がはっと顔を上げた。
思わず身構えた私とは対照的に、彼はいつもの調子である。
「そういえば、さっき業者から電話があった事を伝え忘れていた。先週、レタスを多く納品してしまったらしい」
「私のミスじゃなかったのか、よかった…」
「え?」
「いや、何でもない」
ミスは私の所為でなくても、魔王をレタス漬けにした事実は変わらないので、手放しでは喜べない。
「余っているなら回収すると言われたが、断ってしまったのだ。殆ど残っていなかったから」
「うっ」
「も、もしかして回収するべきだったか? すまない、もっと早く確認すべきだった……」
そう言って悩む魔王に、もう一度私は覚悟を決める。
だがとことん間が悪い魔王は、またしてもハッと顔を上げた。
なぜか、その顔は先ほどよりも輝いている。
「そうだ! もし残っているなら私が食すぞ、余らせては勿体ないし」
もう、限界だった。
「ごめん!」
ついに、私は洗いざらい打ち明けた。
今度こそさすがの魔王も激怒するだろうが、あまりに純粋な彼に、これ以上嘘は付けなかった。
「……本当にごめん、あんたの発注ミスには文句言ってたクセに、自分の時は隠すなんて最低だよね」
その上レタスの処理は、全て彼にさせていたのである。
「……ごめん」
私も、今回ばかりは深く頭を下げる。
だがそんな私の頬に、突然魔王の手が伸びた。
「師匠の役に立てたなら、むしろ私は嬉しいぞ」
顎にふれた魔王の指が、私の顔を上へと持ち上げる。
「だから謝らないでくれ。今の私は師匠の物だ、師匠の好きなように使えばいい」
「あ、あんたは物じゃないよ」
私が言うと、魔王は不思議な物を見るような顔で、小首をかしげている。
「本当に物扱いしてたら、問答無用でレタスかじらせてたって言うか…。嘘ついたのは、後ろめたかったのもあるけど、あんたに嫌われたら嫌だってのもあって…」
師匠は凄い凄いと言われるのが嬉しくて、だから下手な部分を見せたくなかった。
そうこぼせば、魔王はまるで子どもをあやすように私の頭を軽く撫でた。
「師匠にも、可愛い所があるのだな」
思わず絶句するが、魔王は笑うばかりだ。
きっと他意はない。他意はないが、そんな優しげな声と笑みで言われると、嫌でも顔が火照る。
「無理矢理、褒めなくてもいいわよ」
「本音だぞ」
多分その通りなのだろう。私とは違い、彼は嘘をつかない。
「……ごめんね」
「もう良いと言っている。それに、謝罪よりも欲しい物があるんだが」
そう言って僅かに近づいた顔に胸が跳ね上がる。
まさかそんなと体を硬くして、私は深く深く、後悔することになる。
「ハンバーガーがもう一個食べたい」
「……ですよね」
「やっぱりだめか? もう一個は欲張りすぎか?」
私の落胆に、魔王は何を勘違いしたか慌て出す。
「欲しいなら2個でも3個でも焼いてあげるわよ」
「し、師匠が優しい」
「今のくだりの後で、良くそんなこと言えるわね」
「だって3個だぞ」
その言葉と魔王の真顔を見ていると、3個どころか5個くらい作ってあげたくなる。
「すぐ作るから待ってて」
「ならサラダを食べながら待っている。レタスがまだ残っていたし」
嫌味でも皮肉でもなく、そう言える魔王がほんの少しだけ羨ましかった。