Episode26 ツボ
「いらないって言ってるでしょう!」
師匠の怒鳴り声で目が覚めたのは、ダイナーの休日の朝だった。
驚いて玄関に向かえば、見ず知らずの男が玄関先でツボを片手に師匠と口論をしている。
「今ならたった百ドルですよ! 百ドルであなたの家に幸運が舞い込むんですよ」
「訪問販売お断りってステッカー見えなかったわけ?」
「お願いです、一個でも売らないとクビになってしまうんです!」
ツボの男が師匠に抱きつき何やら懇願している。危険な男には見えなかったが、執拗に師匠に触れる男に何やら不快感を覚え、気がつけば、私は師匠と男の間に割っていた。
「師匠はいらないと言っている。男なら、ここは引き下がるべきだ」
「しかし!」
往生際の悪いツボの男、仕方なく私は男からツボを奪う。
見れば、確かにそのツボは男が言うように幸運を呼び寄せる力があるようだ。
「金が必要なら、このツボを持ってメインストリートで大道芸でもするんだな!」
幸運を引き寄せる効果をほんの少し大きくしてツボを突き返せば、男は渋々家を出ていく。
「あんた、意外ときついのね」
でも助かったわと師匠は私に礼を言う。しかし礼を言う必要などない。私はただ、師匠がツボをいらないと言ったから差し戻しただけだ。
「それにアレがあの男の為だ。あんな高価なものを百ドルで手放すなんて、大金をどぶに捨てるようなものだからな」
「どういう意味…」
「あのツボはどうやら私同様異世界から来た代物のようだった。幸運を呼ぶというのはあながち間違っていないのだ」
「…ちなみに、どれくらいの幸運?」
「億万長者くらいにはなれるんじゃないか?」
そんなまさかと笑う師匠。
だがそれから一週間後、そのツボ男と意外なところで再会することになった。
『この方が、宝くじで二億三千万ドルを引き当てたマイクさんです!』
ツボ男がいたのはテレビの中。
『何と、この宝くじは買ったのではなく貰ったとのことです!』
そのときの話を伺いましょうとテレビの中のリポーターがマイクを向けると、ツボ男は笑顔で答える。
『僕はツボを売る訪問販売の営業だったんですが、その日は一個も売れなかったんです。人目につく大通りで大道芸でもやれば客が来るかなって思って……、それでやけっぱちでジャグリングをしてたら二十五セントと一緒にこの宝くじを誰かがツボの中に入れてくれたんです!』
結局ツボは売れなかったんですけど、まさかこんな幸運に巡り会えるなんて。
そう言ってテレビに笑顔を振りまくツボ男。
「この人、あのときの…」
ソファーに座り、一緒にテレビを見ていた師匠の言葉に私は頷いた。
「だから言っただろう。幸運を呼ぶツボだと」
私が得意げに言った直後、師匠はなぜだか私を殴り飛ばした。
その上、私が億万長者になれるところだったのにと悔しがっている。
「だって師匠がいらないって……」
「どう考えても普通は偽物でしょう!」
どこまでバカなんだと怒鳴られた。
訪問販売には注意すること。
私はまた一つ、こちらの世界での教訓を得た。
http://ncode.syosetu.com/n5659bl/
↑URLの先は書籍化記念の書き下ろし小説です。(本編読了後の観覧推薦)
ご興味がある方はコピー&ペーストで飛んで頂けると幸いです。(何故URLがここにあるかは12月15日の活動報告を参照ください)




