Episode23 お祝い
夏が終わりにさしかかり、ほんの少しだけ気温が下がった秋の初めのある日、店にはたくさんの客が押し寄せていた。
突然の大混雑に私が慌てている横で、師匠は少しだけ機嫌が良かった。
見れば、客達は皆師匠に綺麗な包装紙で包まれた箱を渡している。
箱の大きさは様々だが、それを貰った師匠はとても嬉しそうだった。
そして皆こう言うのだ、「はっぴばすでー」と。
客が帰り、師匠と共に箱を車に積みながら、私は「はっぴばすでー」について尋ねてみた。
「誕生日なの、今日」
「誕生、と言うことは師匠が生まれた日か?」
本当に無知なのねと笑う師匠に、私はようやく事の重大さに気付いた。
今日は師匠が生まれた日なのだ。確かにそれはめでたい。祝うほどめでたい。
「そうか、これは師匠が生まれたことに感謝する人々からの贈り物か」
「誕生日にはプレゼントを贈ったり、ケーキを食べたりして祝うのよ。パーティとかを開いて盛大に祝う人もいるわね」
だと言うのに、私は今日配膳しかしていない。贈り物もない。
「そんな、この世の終わりみたいな顔しないでよ。教えてなかったし、期待もしてなかったから」
「師匠には世話になっているのに、本当に申し訳ない」
そう思ってポケット漁るが、勿論何もない。
家に帰ったところで、プラモデル以外に私の私物はないし、そもそもあれは師匠の父親の物だ。
「心臓とか眼球なら取り出せるが、年頃の女性はそう言う物を貰って嬉しいか?」
「いや、激しくいらない」
「食べたら不老不死だと言われているぞ」
「いや、激しくいらない」
困った。完全に手詰まりである。
そのとき、贈り物に撒かれたリボンに目が行った。やはりこういう物を私も上げたい。
師匠の生まれた日を、私はどうしてもお祝いしたい。
「やはり、これしかあるまい」
私はリボンを抜き取ると、それを自分の頭に結んで師匠の手を取る。
「…もしかして、プレゼントは自分とかアホなこと言おうとしてない?」
「師匠はエスパーか」
「いらない」
「眼球も臓物も脳みそも好きにして良いのだぞ」
かつて多くの勇者が奪おうとした魔力の結晶詰め合わせである。大盤振る舞いである。
「我が相棒を貸す。だから好きなところを持って行ってくれ」
「だから、激しくいらない」
「背骨なんてどうだろう。お肌にも良いぞ、きっと」
「……もういい。想像してた展開とも違いすぎるし」
「想像?」
尋ねると、師匠は何故か少し赤くなって私を殴り飛ばす。
「好きにして良いって、内臓取り出して良いとかそう言う事じゃないでしょう普通!」
「じゃあどうすればいい? 師匠のためだったら何だって差し出すぞ」
私が引き下がる気配を見せないでいると、師匠は私の頭からリボンを外した。
「好きにして良いって言うなら、五体満足で私の側にいなさい」
「それで良いのか?」
「あとそうね、家に帰ったら私のためにバナナシェイク作ってよ」
「何杯でも作る! 100杯でも1000杯でも」
「そんないらない」
即答だった。
けれど否定しながらも、バナナシェイクは楽しみにしていると言われた。
「師匠、はっぴばすでー」
それを言うなら、ハッピーバースデイ。そう告げた師匠に、私はハッピーバースデイと繰り返した。




